【本のご紹介】関口涼子 「ベイルート961時間(とそれに伴う321皿の料理)」
関口涼子 「ベイルート961時間(とそれに伴う321皿の料理)」 (講談社 2022年)
著者の関口氏は、作家・詩人・翻訳家。日仏両語で作品を発表し、さまざまな賞を得ているという。本書も、仏語で出版したものを、著者自ら日本語に訳し直し出版したもの。私自身は、昨年末の朝日新聞の書評特集で知った本である。
レバノンの首都ベイルートに、2018年4月6日から5月15日まで滞在し、料理を手掛かりに街と人々、歴史を描写する。時に著者自身の過去の記憶も回顧され、街と人々へのまなざしと混ざり合う。
奇しくも著者の滞在の直後、レバノンでは積年の鬱積が爆発するように反政府デモが頻発、コロナ禍や港湾施設での大爆発などもあり、混沌とした情勢となっていうという。しかしその地で暮らす人々はたくましく寛容だ。著者も先々で歓迎されたようだし、食べることに愛着が強く、戦下でむしろ肥えた人もいるという。
著者が描くカタストロフィ前夜のベイルートは、タレントのタモリ氏が「戦前」と表現し、つい10年ほど前に別の大きなカタストロフィを経験した日本のあり様とも重なり合う。
読み始めは茫洋としてつかみにくいメッセージも、次第に像を結んでくる。著者の言葉をそのまま借りれば、その人のために作ったものを両手で差し出すような暮らしを、心がけたい。そして差し出された手もまた受け入れたい。ベイルートの人々がそうだったように。
(おわり)
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