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【感想文】アラビアン・ハードSF『商人と錬金術師の門』

読み始めました。テッド・チャンの短編集の『息吹』
その中のひとつめ、商人と錬金術師の門についての感想文です。
ギィイィィイーーー!!!めちゃくちゃ面白い!


魅力的な舞台、完全なSF

舞台は中世アラビア世界。カイロとバグダッド。
なのにハードなタイムトラベルSFなんですよ。魔法のランプも絨毯も出てきません。

人がくぐれるほどの円形の真っ黒な金属が直立している。右から左へ輪をくぐると20年後に、左から右へ輪をくぐると20年前に行ける”歳月の門”。

現代の言葉に直すとタイムゲートなのですが、そんな無粋なことはテッド・チャンは言いません。あくまでアラビアン・ハードSFなんです。

これこれこれこれ・・・!
この味!これがテッド・チャンやー!!

フェアリーテイルに入り込んでいくSF

主人公の商人は門の持ち主から、門を使った人物の話を3つ聞きます。

・最初の話は「未来の自分のアドバイスを聞いて幸せになった男の話」
・2つ目の話は「未来の自分の財産を盗んだ男の話」

中世アラビアというエキゾチック感も相まって、教訓めいたなにかのおとぎ話にも聞こえるんですが、3つ目の話から、様相が変わってきます。

・3つ目の話は「最初の話の男を救った妻の話」

おとぎ話は他の話と絶対クロスオーバーしないので、これは実際の話だぞということがわかってきます。

そして4つ目の話。3つの話を聞いた主人公が門をくぐる話

この主人公が門をくぐるとき、3つ目の話の妻を実際に目にします。これによって、主人公も物語の一部に飛び込んでいることが分かります。そして主人公はこの短編で再三語られる事実を目にすることになります。未来は過去と同様に変えられない。このへんは実際に読んでほしいです。

ガジェットがかっこいいわ!

中世アラビアの科学といえば錬金術。空想上の錬金術の話なので、これは間違いなくSFなのです。

そしてガジェットの”門”が素晴らしい。門の仕組みがシンプルですごくかっこいい。引用すると・・・

現実の被膜には、樹木の虫食い穴のような小さな孔が開いている。そういう穴を見つけ出したら、ガラス細工師が溶けたガラスの一滴を長い煙管に変えるように、孔をひっぱって長く伸ばすことができる。その片方の口から時間を水のように流し込み、反対の口ではそれを糖蜜のように濃くする……。

電気やまして魔法なんか使わない
中世アラビア風タイムゲート〜錬金術の風を添えて〜

完璧じゃないですか?これ!

想像力を掻き立てる、丁寧な展開

”歳月の門”を見せる前に、”秒の門”を持ち主は主人公に見せます。手だけを門から出し入れして、20秒の行き来を使った”手品”を主人公に見せるのですが、これは読者に対する練習問題なんですよね。

「これはタイムトラベルの話だ!」って理解させることと、
「タイムトラベルのルール」を理解させるための。

踏まえて「”歳月の門”を人間がくぐるとどうなるでしょうか?」と読み進める手をちょっと止めて考えさせるための。このワクワクこそSFの醍醐味のひとつなんですよ。

((ちょっと持論))

持論として、SFをハードに書きたかったら、タイムマシンなりAIなりの存在にあわせて社会形態(世界観)は必然的であってほしいのです。通常、強力なガジェット(タイムマシン・ロボットなど)を出せば、すぐ破綻するものなので、パワーセーブが必要になります。(破綻してても面白いSFはもちろんあるけどね)

勘違いしないでほしいのは「光線銃の光速のはずの弾道が目で追えるのなんで?」とかっていう、習いたてのティーンの言い出しそうな(ティーンのみんなごめんね)重箱の隅の話というよりは、世界観の隅をつつく話です。

たとえば、鉄板を貫通するライフル装備が一般的な現代の戦場で、西洋の中世の甲冑は着ないし、電子タバコが一般的になった世界でライターを使ってスプリンクラーを作動させたりしないはずだ、というような。

ぬかりなくパワーセーブ

ダラダラ話しましたが、技術が強力であればあるほど、それが社会を大きく変えることになるじゃないですか。火薬然り、インターネット然り。

タイムゲートが中世アラビアにあった場合、すぐに発展して、中世アラビアでいられなそうじゃない?それをパワーセーブしてるのが「過去も未来も変えられない」という根幹だなあ、と。

おかげでアラーの話も、錬金術師の存在も、キャラバンも全部違和感なく描かれている。これがすごいのよ。たった40ページにさ!

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