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【日本酒学】第4回「水」

今回は米に並ぶ日本酒の重要原料である「水」についてまとめていきます.
日本酒検定なんて興味ないという方は「今回のコラム」だけでも読んでいただけると嬉しいです🙇🏻

<本シリーズの基本コンセプト>
読むだけで日本酒検定1級の合格に必要な知識を得ることができる
・Why/Howに関する補足を入れることで日本酒検定に興味がない方にとっても面白いと感じてもらえる読み物にしたい
・試験対策とそれ以外切り分けるため,記事は以下の構成とする
 ①試験対策 ・・・ 日本酒検定に出題される部分を抽出した解説
 ②演習問題 ・・・ 過去の試験問題を紹介
 ③今回のコラム ・・・ (試験とは無関係な)補足や関連情報など

以下は前回の投稿です.
こちらも是非お読みいただけますと幸いです.

それではやっていきましょう♬


1. 試験対策:水

(1) 水の硬度

水は人間を含む多くの生命にとって不可欠な,常温・常圧で無色透明(実際はごくわずかに青緑色)の液体です.
川など水の流れる源を水源と呼び,さらに河川など地表にあるものを表流水,地下を流れるものを地下水と呼びます.
また,地下水の中でも浅い地層を流れるものを伏流水と呼び,地層に水が染み込む過程で土や石,微生物などにより不純物などが除去され,良好な水質が得られるとされています.
水に含まれるミネラルであるマグネシウム(Mg)とカルシウム(Ca)の含有量を表す指標を「硬度」といい,酒造用水ではドイツ硬度[dH(デーハー)]が用いられることが多いです.
※アメリカ硬度[ppm]を用いる場合もありますが,日本酒検定2級以上ではドイツ硬度で出題されることが多いです.換算はドイツ硬度1dH = アメリカ硬度17.8ppm.

硬水と軟水の分類は国によって異なりますが,国税庁所定分析法による酒造用水の分類と世界保健機関(WHO)の水質ガイドラインを覚えておきましょう.

図4-1:水の硬度基準

なお,日本は国土が狭く滞留期間が短いことや,雨が多いこと,火山灰土壌が主体であることなどからミネラル成分を含有しにくいため,日本の水は全体的に軟水傾向にあります.

(2) 日本酒造りに使用される水

日本酒造りに用いられる水を酒造用水と呼び,以下のように分類されます.
一般的には酒蔵近辺の伏流水を使用することが多いですが,酒造用水の水質基準は水道水よりも厳しく設定されており,徹底した水質検査や管理を行って使用されています.
特にカリウム,リン,マグネシウムが麹菌の栄養分となること,鉄は外観の赤褐色化を引き起こし,マンガンは紫外線による着色を促進することは頻出事項のため,しっかり押さえておきましょう.

図4-2:酒造用水の分類
図4-3:酒造用水の水質基準

(3) 水質による醸造への影響

仕込水に硬水を用いるか軟水を用いるかは日本酒の味わいに大きな影響を与えます.ミネラルが酵母の栄養となることをしっかりと覚えていれば比較的整理しやすいと思います.

図4-4:酒造用水の硬度による醸造への影響

微生物による日本酒の発酵は他の菌が混入することによる腐造との戦いでもありますので,酵母が力強く発酵できる硬水(=栄養分が多い)の方が安全に醸造できるメリットがあります.
明治20年代,広島県の三浦仙三郎氏が発酵の進みにくい軟水でも高品質の日本酒を醸造できる「軟水醸造法」を開発し,広島県を銘醸地として確立させることになりました.

(4) 「灘の宮水」と「伏見の御香水」

現在の国内最大の日本酒生産地は兵庫県神戸市・西宮市ですが,最大の理由は「宮水」の存在です.
宮水は六甲山を水源とする伏流水であり,酒造用水にふさわしい多くの特徴を有しています.
江戸時代に宮水の効果が立証され,「灘の男酒」と称されるようになりました.
一方,京都市伏見区にも豊富な地下水があり,江戸時代から酒造業が盛んになり,伏見で造られる日本酒は「伏見の女酒」と称されました.

図4-5:「灘の宮水」と「伏見の御香水」

2. 演習問題

それでは,実際に日本酒検定に出題された過去問を見てさらに理解を深めましょう.

問4-1(準1級)
世界保健機構(WHO)の分類基準による”軟水”の硬度規定を選択肢より一つ選べ.
1:0dH以下   2:1~4dH未満   3:4~8dH未満   4:8~12dH未満

問4-2(1級)
酒造用水の水質基準において鉄分の含有許容量を選択肢より一つ選べ.
1:不検出   2:0.02ppm以下   3:0.05ppm以下   4:0.3ppm以下

問4-3(1級)
酒造用水中の不必要な成分の説明として正しいものを選択肢より一つ選べ.
1:蒸米に吸着する重金属類は一定基準以下で許容される
2:有機物の含有は水道水の基準と異なる
3:鉄分は紫外線による着色を促す
4:マグネシウムは不快な香味を生じさせる

問4-4(準1級)
灘の宮水の説明として誤っているものを選択肢より一つ選べ.
1:鉄分が非常に少ない
2:採集場所が海に近いため適度なナトリウムを含んでいる
3:地層内の濾過効果で不純物が取り除かれる
4:リンやマグネシウムを多く含んでいる

問4-5(準1級)
伏見の「御香水」が湧き出る井戸はどれか.
1:岩井   2:佐藤清水   3:白山井   4:黒菊井

過去問解答・解説
問4-1 2:1~4dH未満
WHOの分類基準は以下の通りです.
1~4dH:軟水,4~8dH:中硬水,8~12dH:硬水,12dH以上:非常な硬水
問4-2 2:0.02ppm以下
鉄分とマンガンの含有許容量はどちらも0.02ppm以下です.
問4-3 1:蒸米に吸着する重金属類は一定基準以下で許容される.
重金属類(鉄,マンガンなど)は基準値は低いものの一定基準以下で許容されています.
・有機物の含有許容量は水道水と同じ
・紫外線による着色を促すのはマンガンです.
 鉄分は赤褐色化を促し不快な香味を発生させます.
・マグネシウムは酵母の栄養として働きます.
問4-4 2:採集場所が海に近いため適度なナトリウムを含んでいる
文意としてはナトリウムではなくカリウムが正しいです.
その他は正しい説明文です.

3. 今回のコラム

さて,今回は日本酒の重要原料である「水」について見てきました.
コラムでは酒造用水における鉄による影響と軟水醸造法について触れてみたいと思います.

(1) 酒造用水中の鉄による影響

水は日本酒の約80%を占める成分で,酒造用水の水質が酒質に与える影響が大きいことは前述のとおりです.
微生物の発酵や酵素反応は水を介して行われ,これらに必要な無機塩類は酒造用水または原料米から供給されるため,酒造用水中に含まれる無機塩類は発酵だけでなく熟成や呈味にも影響を与えることになります.

酒造用水における不要成分は前述しましたが,とりわけ鉄は日本酒の異常着色を引き起こすため,許容量は0.02ppm以下と水道水の基準値(0.3ppm)と比較しても非常に厳しい基準が設けられています.
鉄は酒造用水以外に醸造設備や配管等からも混入する恐れがありますが,鉄が混入すると麹菌が生成するデフェリフェリクリシンという物質と反応して褐色の着色物質(フェリクリシン)を生成します.
また,糖とアミノ酸によるメイラード反応を促進させる触媒としても働き,日本酒を褐色化させるとともに甘く焦げたような香りを呈するソトロンなどを生成し,香味にも影響を与えます.
鉄は酵母の生育においても必要な成分ではあるものの,酵母が必要とする鉄量は原料米から十分供給されるため,酒造用水には極力含まれないことが望ましいとされています.
そのため,酒造用水中の鉄含有量が高い製造場では,鉄の存在形態に応じて気曝や砂濾過,接触酸化などによって除鉄した水を用いることもあります.

図4-6:フェリクリシンの構造
(M.Tadenuma and S.Sato, Agr. Biol. Chem., 31, 12(1967))

また,鉄が味わいに影響を与える例として酒と魚介類との相性があります.
例えば,魚介類に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)等の脂肪酸が酸化した過酸化脂質に2価の鉄イオンが作用すると生臭い不快臭を呈する(E,Z)-2,4-ヘプタジエナールが生成するため,鉄分を多く含む赤ワインなどは魚介類との相性があまりよくない一方,日本酒は鉄を極力排除しているため,魚介類との良好な相性をもたらすことが多いと言えます.

もう一つ,酒造用水における鉄に関する話として宮水にも触れておきたいと思います.

宮水の発見は1840年(天保11年)に遡り,協会1号酵母が分離された櫻政宗酒造の酒造家である山邑太左衛門(やまむらたざえもん)が西宮と魚崎の酒蔵で醸した日本酒を比べ,西宮の方が常に優れていると気付いたことに始まります.
この差異を検証するために同じ米を用いて醸したり,杜氏を入れ替えたりしたそうですが,西宮の日本酒が優れている結果は変わらなかったことから水に注目し,西宮の水を魚崎の蔵に運んで仕込んだところ優れた酒ができたことにより,水が酒の品質を決定していたことに至り,魚崎の酒蔵でも西宮の水を使うようになったと言われています.
その後,昭和に入ってから行われた科学的な解析により,宮水は主に夙川の戎伏流に含まれる酸素が鉄分を酸化して水に不溶な酸化鉄を生成し,それが地層中の貝殻層で濾過されることにより鉄分がほとんど含まれない酒造好適水が得られることがわかりました.

(2) 軟水醸造法

前述の通り,酒造用水中のミネラル分は酵母の栄養として働くため,一般的に硬水の方が酵母の発酵が活性化して雑菌の繁殖を防止することにより安全に醸造できるとされています.

広島地方の水は硬度3 ~ 4dH程度の軟水であり,江戸時代から比較的腐造リスクを抑えたアルコール濃度が高い辛口酒を代表とした銘醸地として栄えていましたが,明治維新以降,灘や伏見の酒が流入したことにより需要が減少し,広島県の酒造業は衰退の危機を迎えました.
そんな中,三浦仙三郎氏をはじめとした現地の酒造家が軟水による醸造法の改良研究に努め,明治20年代に軟水醸造法を完成させ,明治31年に改醸法実践録を編纂・配布して普及に努めました.
山廃酛や速醸酛の開発より20年近く前で微生物に関する知見も十分ではない環境の中,当時としては画期的な醸造法の基礎理論をまとめあげました.
例えば高精白の原料米使用,仕込配合の改良,製麹・酛・醪の低温管理,容器や酒造用具の適切な管理による酒質の劣化防止など,現在の長期低温発酵を主体とした酒造りや酒蔵内の衛生管理にも繋がるものが多く,腐造防止を目的とした発酵制御のための製麹や酛立てに関する並々ならぬ努力が窺えます.

なお,改醸法実践録は国立国会図書館のサイトで原版が公開されています.

本書では特に麹室の重要性が述べられ,麹室を地下から地上へ移して通気性をよくすることで雑菌の少ない清浄な環境を構築するなど,現在の麹室設計にも大きな影響を与えています.
衛生的な環境で製麹を行うことで雑菌汚染を防止することが酵母の健全な増殖に重要であることをいち早く見出していると言えます.

これにより広島酒は全国新酒鑑評会においても多くの賞を受賞することとなり,戦前に頒布された協会酵母1~5号のうち,実に3~5号が広島県の酒造場から分離・頒布されることになりました.

どんどんマニアックになっていますね.
大丈夫でしょうか? 笑

次回はついに日本酒の原料の中枢ともいえる「微生物」についてまとめていきたいと思います.
今後の更新も是非チェックしていただければ幸いです.

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