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独白集

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エッセイ集
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永遠のさよならの前に

永遠のさよならの前に

 温かな空気がほのかに残る夕暮れ時、仕事を終えた帰り道、泣きたい気分でGRAPEVINEを聴いていた。保育園の花壇にはチューリップやパンジーが咲き誇り、春の訪れが感じられる。春、出会いと別れの季節だ。
 私が泣きたい気分だったのは、とても好きだった人にきちんとお礼ができなかったからだ。その人は職場の上司の、その上司のような関係で、直接一緒に仕事をすることは少ないものの、時に殺伐とした空気にもなる部

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「ふつう」を捨てる

「ふつう」を捨てる

 「30になって心境の変化はあった?」と聞かれた時、微酔いで「恥ずかしながら、今更人付き合いって大切だなと思うようになったよ。」と即答した自分がいた。学生の頃の私だったらあり得ない発言だ。他人からの評価ばかり気にしていたあの頃の私にとって、人付き合いは恐怖でしかなかった。端的に言えば、私には社会性というものが欠如していた。周りの人たちの「ふつう」を知らなかったし、「ふつう」ではない自分に対して、気

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「いい子にしていてね」

「いい子にしていてね」

 最近、息子の瞬きが多い。もしも音が鳴るなら、パチパチ、という可愛らしい音ではなく、ギュッ、という痛々しい音がすると思う。両目をつぶるのと同時に、口元がギュッと上がるのだ。
 チックじゃないかと疑っている。チック、とは自分の意思とは関係なく体の一部が動いてしまう精神的な病気だ。子どもに多く、神経質な人がなるらしい。ストレスが原因になるという説もあるし、そうではないという説もある。
 もしもストレス

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眠りについて

眠りについて

 眠りに悩まされる人生だ、とつくづく思う。この頃は、若い頃の睡眠不足を埋め合わせるように、長く長く眠る日々が続いている。眠れないのも、眠りすぎてしまうのも、困ったものだ。

 昔は眠るのが苦手だった。寝つくのに時間がかかったし、夢の中でも嫌な思いをすることばかりだった。高校生の頃は受験のために寝る間も惜しんで勉強し、眠っている時間をムダだと思っていた。するといつからか毎晩のように金縛りに遭うように

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死と生について

死と生について

 子どもの頃、死ぬことが怖くてよく泣いていた。このトンネルを抜けたら、事故に巻き込まれて死ぬのではないか。眠っている間に大きな地震が起きて、明日の朝には死んでいるのではないか。いつもそんなことを想像していた。しかし「その時」は今日まで来なかった。もうすぐ私は30になる。
 何度も「死ぬのではないか」と恐れて、結局死ななかった。このまま100歳まで生き延びて、現実も夢も区別がつかなくなった頃に、気づ

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ある日のさよなら

ある日のさよなら

 10年ほど前に嫌な別れ方をした人からもらったものを捨てた。
 正確に言えば貸してもらったのだが、返す前に相手から連絡手段を完全に断たれたので手元に残ってしまったものだった。これも俗に言う「借りパク」にあたるのだろうか。
 傷つけられた悲しみと、他人のものを返すことができない罪悪感。

 なんでずっと持っていたのだろうと思いつつも、なんとなく捨てるのは躊躇われて、一度ゴミ箱に入れたものを取り出して

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教え育むことについて

教え育むことについて

 保活、という言葉を知っているだろうか。
 子どもを保育園に入れるための活動、略して「保活」である。私は自分が子を持つまで知らなかった。
 人口の多い都会に暮らす親たちは、保育園の「椅子取りゲーム」に勝利すべく必死に情報戦を繰り広げている。近年はコロナウィルスのせいで預け控えの傾向があったり、子どもの人数自体が減ったりしているために、以前と比べたら待機児童は減ったそうだが、それでも希望する保育園に

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書かなければならないから書きたいへ

書かなければならないから書きたいへ

 随分前に作ったまま放置していたはてなブログに文章を載せていこうと思った。これまで長い間noteに投稿していたが、それをやめるつもりはない。ただ、はてなブログユーザーの方とも交流したくなったのだ。要は自分の書くものをもっと沢山の人に読んでもらいたくなった、というわけだ。

 noteは、様々な作品が入り乱れてタイムラインを流れてゆく感じがある。それはそれで面白いのだけれど、はてなブログは、昔からあ

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社交不安障害(SAD)について(後編 私に苦痛をもたらしたもの)

社交不安障害(SAD)について(後編 私に苦痛をもたらしたもの)

 SADの症状に苦しみ、半引きこもりのような生活を送っていた私も大学生となり、上京して親元を離れなければならなくなった。眼科に一人で行くのも辛いのに、知り合いのほとんどいない都会で暮らさなければならないと思うと、怖かった。
 当然、初めは失敗続きの日々だった。思い出すだけで恥ずかしくなるような出来事が沢山あった。アルバイトの面接にも、何度落ちたか分からない。

 しかし、東京の人混み自体は何故か居

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社交不安障害(SAD)について(前編 私の体験した苦痛)

社交不安障害(SAD)について(前編 私の体験した苦痛)

 「SADは、悲しい病気です」、と全校生徒の前で言ったのは、校長先生だった。私はその言葉を聞いたとき既にSADの存在を知っていたから、おそらくそれは高校の離任式での出来事だったはずだ。
 SAD。Social Anxiety Disorder、社交不安障害のことである。
 社交不安障害とは、かつて対人恐怖症やあがり症と呼ばれていたものを包括する概念である。社交不安障害を持つ人は、他者に「見られてい

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「勉強」について(後編)

「勉強」について(後編)

 大学生になって、もう勉強なんて真面目にしないぞと思っていたのに、気づけば私はものすごく真面目な学生になっていた。
 受験勉強に必死になりすぎて忘れていたけれど、そういえば私は元々勉強が好きだった。一人で部屋に籠って新しい知識を吸収すると、世界が広がるようで楽しかったのだ。
 大学の授業は、一人で勉強するよりもますます面白かった。自分の興味のある授業を選択できるし、ちょっと変わった教授たちが、冗談

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「勉強」について(前編)

「勉強」について(前編)

 人には、元々持っている知能水準、俗に言う「地頭」よりも極端に高い学業成績をおさめてしまうタイプと、元々能力が高いにもかかわらず、成績が伸びないタイプとがいるらしい。前者をオーバーアチーバー、後者をアンダーアチーバーという。
 私は確実に前者だ。オーバーアチーバー、よく言えば頑張り屋さん、悪く言えばガリ勉タイプである。

 学歴はその人が社会に役立つ人間か否かを証明するものだと思っている人は未だに

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子どもを愛するということ

子どもを愛するということ

 子どもの頃の私は、親が私に向ける愛情に敏感だった。いや、今でもそれは変わらない。こんなことを言われて傷ついた、あれをしてもらえなかった、と文句を言い出せばキリがない。程度の差こそあれ、きっと誰だってそうだ。親に「正しく」「十分に」愛されたいと願ってしまうのは、人の本能なのだと思う。

 お産を終えて吐き気を催しながら病室に戻ってきた私は、ベッドに横たわり、身体中の痛みに耐えながら天井を見上げてい

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結婚指輪と薄化粧

結婚指輪と薄化粧

 出産後、久しぶりに1人で服を買いに出掛けた日、結婚指輪をつけてゆくのを忘れた。
 薬指に指輪がない。ただそれだけのことで、私は自分がとてもみすぼらしくなったような気がした。育児に追われてろくに髪もとかしていない。化粧も薄く、服もよれよれだ。「私は今、道行く人からどのように見えるだろうか?」と考えた。指輪さえしていれば、多少身なりがみすぼらしくても、「ああこの人には家庭があって、子育てに必死なんだ

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