見出し画像

フローの旅 第二章<青森>上

五日目 函館‐青森

函館を午後2時に発つ。青函連絡船はだいぶ空いていて快適だ。冷たい潮風を浴びながら港の岸壁を見ていた。
いよいよ本州へ。一日休んで足の痛みもだいぶ引いてくれたようだ。

ちなみに朝食は函館朝市、茶夢での海鮮丼。四日間歩いてきたと話すと小鉢やら刺身やらいろいろとサービスしてくださった。「いっぱい食べてここからも頑張って」と励まして頂き、心身ともに力が湧く。どうもありがとうございました。

画像1

津軽海峡と言って思い浮かぶのは演歌界の名曲中の名曲、石川さゆりは「津軽海峡冬景色」。その航路を僕は逆に進むのか。
冬から春へ向かう少しぬるい曇り空の下、ただ何故か脳内に流れていたのは、彼女のもう一つの代表曲、「天城越え」のほうだった。
なんでやねん。

船旅には独特の情緒があると思う。湿った潮風と錆びた鉄のにおい、船窓からの水平線、ゆらり揺られ、ゆっくりと流れる時にいつか眠り込んだ。

画像4

青森港へ着いたは6時を回り、もうとっぷりと日が暮れたころ。まだ少しふらつく足取りで上陸。
驚いたのは道端にまだ雪の残っていたこと。北海道ではもう溶けたというのにまったく不思議なことだ。
ヘッドライトと街燈を頼りにあてもなく市内へ向かう。

どう道を間違ったか青森市の南側に出た、のでひとまず方向転換。「青森に行くなら銭湯には入らないと!」と函館で聞いたので、近くに風呂屋を
探してみる。迷宮のような夜の住宅街の中に見つけたのは沖舘温泉。まさに地元民の浴場といった体で、晩時に家族連れやお年寄りで賑わっている。
ここの銭湯、素晴らしいのが「温泉」だということ。どうも青森市内の銭湯は温泉なのがスタンダードのようだ。
素晴らしすぎる。

サウナで汗を流し、25℃ほどのぬる湯につかる。これぞ極楽。
風呂上りには番台でアイスを買い、火照ったからだを冷まして、毎日来るというお爺さん二人と歓談。驚き且つ嬉しかったのは、僕と話すときはまだ大丈夫として、お互いに話すときには超絶な方言でまったく聞き取れなかったこと。日本にもまだこんな場所があるとは、ワクワクが止まらない。
かくして休養日、十分に休ませていただきました。

六日目 青森‐狩場沢

昨晩雪が降ったよう。寝袋カバーの上にうっすらと積もっていた。相変わらず野宿はしばれる。
太平洋側、八戸に向かう道はどこも雪まみれ。さらに朝からカンカンの太陽が射して、溶けては足に纏わりつく。靴は諦めたとして進むには難儀だ。

画像3

青森市街を抜け、浅虫温泉へ。ここは去年の夏にも訪れた。夕日の丁度沈むのを浴場の窓から見たのを覚えている。
今回は浅虫駅前の足湯につかるのみ。まだ日は高い。激熱の湯にすっかり汗ばんでまた歩き出す。

ほどなくして平内町に入る。平内という地名を見てまず思い浮かんだのが稚内や神恵内などの北海道の地名。アイヌ語で「飲めない水の川」の
ような意味だと聞く。いまから何百年も前、当時蝦夷と呼ばれた人々がこの地に住み、名付けたのだと思いを馳せる。数百年後にそこを歩く旅人の
僕を見たとしたら、彼らは何を思うのだろうか。

画像4

「あずましい」ということばがあるようだ。昨日の沖舘温泉でも見たし、先ほど通り過ぎた選挙のポスターにも「あずましいまちづくり」と書かれていた。多分「美しい」とか「きれいな」という意味だろうが、なかなか趣があって良い。使い方が間違ってそうだが、
「あずましく」行こうじゃないか。

野辺地にたどり着く前に力尽きた。歩道のない夜の国道ほど危ないものはない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?