首斬り役人ーたった1分で読める1分小説ー
矢切六兵衛は首切り役人だった。
首切り役人とは死刑執行人のことだ。囚人の首を刀で斬って落とす。先祖代々それを生業としてきた。
その技量は、首の皮一枚残して首を斬れるほどであった。
街を歩きながら、六兵衛は己の手のひらを見つめた。シワだらけの手が、見えない血で染まっている。
一体この手で、何百人の命を奪ったことであろうか。役目とはいえ、これではまるで死神だ。わしの人生は、人を殺すためだけのものだったのか……。
歳をとったせいか、近頃漠とした陰鬱な気持ちに包まれる。その時、女の金切り声が聞こえた。
何かの拍子で興奮したのか、馬が暴れている。その馬が、若い町娘に突進していた。
六兵衛の体は自然と動いていた。刀の鯉口を切り、流れるような動作で刀を振るっていた。
納刀する音が聞こえると、ドサリと馬の首が落ちた。しかも、首の皮一枚だけを残して……。
馬の太い首を、何の造作もなく斬る。その神業に、周りの人々は一瞬言葉を失ったが、数拍置いて、大きなどよめきが起きた。
我に返った娘が、六兵衛に礼を言う。
「お武家様ありがとうございます。命が救われました」
感極まったように、六兵衛が刀のつかをなでた。
「礼を言いたいのはこちらの方だ。
はじめて人の命を奪うのではなく、救うことができた。そなたのおかげだ」
「……ありがとうございます」
娘はきょとんとした。
六兵衛は晴れ晴れとした表情で、その場を立ち去った。
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コイモドリ 時をかける文学恋愛譚
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