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気の利くレストラン−たった1分で読める1分小説−

「お客様、指輪のご用意は大丈夫ですか?」
 レストランで、ギャルソンの小泉が武史に尋ねた。

「ええ、もちろん」
 武史がパカッと箱を開けると、キラキラと光るダイヤモンドの指輪があった。給料半年分の指輪だ。

 今日は武史が、彼女の陽子に結婚のプロポーズをする日だ。
 絶対に告白を成功させたい。そこで武史は、この店を選んだ。
 このレストランは味はもちろん、そのホスピタリティーが高く評価されていた。通称、『世界一気の利くレストラン』だ。

 ギャルソンの小泉と一緒に、綿密な打ち合わせとリハーサルをこなした。
 そして本番を迎えた。最高の料理で陽子が上機嫌になったところで、小泉が合図を出した。

 今だ! 武史が勇気を出して、指輪の箱を開いた。
「俺と結婚してください」
「えっ、無理無理。絶対無理。マジありえないって」
 陽子が笑顔で、あっけらかんと断った。

 一時間後、武史は椅子に座っていた。魂が抜け落ちたような姿だった。
「すみません小泉さん。あんなに協力してくれたのに……」
 小泉が肩を落とした。
「私こそ力不足でした」

 しばし二人で沈黙すると、小泉がおずおずと訊いた。
「お客様、その指輪はどうされますか?」
「どうって、何がですか?」
「当店ではふられたお客様のために、指輪の高価下取りをさせていただいているのですが」
 武史が泣きながら、心の底から声をこぼした。

「さすが世界一気の利くレストランだなあ……」



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