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5年ぶりの『山羊座の友人』はやはり美しかった【ネタバレ感想】

第1刷発行が2015年となっているから、最初に読んでから本当にもう5年も経ってしまったのだと思う。私の人生の大きな大きな4分の1ほどが、こうもあっという間に過ぎてしまっていたものかと、もう全然ついていけない。

天才作家・乙一原作、少年ジャンプの鬼才・ミヨカワ将作画の青春ミステリー漫画だ。

とても恥ずかしいのだが、この漫画以外に私はまだ乙一を読んだことがない。中学生の時くらいにクラスメイトがこぞって読んでいたのを覚えてるけれど、なんだかんだ読まないままでいる。同居している友人の、乙一『夏と花火と私の死体』がずっと共用本棚に並んでいるのが目に入っているから、「私はいつでも乙一を読むことができる」という謎の安心感で(?)、いつかでいいやと後回しにしていた。同じ理由で、自殺願望がわく前に自殺する方法を調べて知っておけば「いつでも死ねるから今じゃなくていいや」と思えるそうな。

この漫画も冒頭1ページ目から自殺の話で始まる。自殺してしまった学生たちの事件が淡々とナレーション報告される。だがそのセリフの裏には決して、数年前の漫画によく見られたような血みどろのサスペンス的雰囲気はない。主人公の自室から始まるその描写は、ひたすらに空気が澄んでおり、強めの風が気持ちよく吹く。

十一月二日 男子生徒の水死体が発見された

のコマの爽快感ったらない。主人公の男の子が、風に煽られて二階のベランダにたまった落ち葉を遠くの山に向け、手を広げてぱあぁっと放ち、また風の流れに戻す。もう「この漫画はこういう空気感でいきますよ」と、グッと引き込まれる。作画のミヨカワ先生の表現力が光っている。


いじめ現場を見かけても見て見ぬ振りをすることしかできない主人公松田くん。そんな彼に気がある素振りを見せるヒロイン本庄さん。彼らの平凡だけど穏やかにすぎる日常風景は20ページですぐ終わった。

深夜、いじめられていた若槻くんに道で出会った松田くんは、彼が血や髪のついた金属バッドを引きずっているのに気づいたからだ。あっけらかんと、

これ? 金城くん(いじめの主犯)の血

と白状する彼だったが、松田くんは彼に自首を促したり、深く詮索することはなかった。(大袈裟な正義感がなくてそこんとこリアルだ。)

しかし、はたと足を止め、

まてよ

と若槻くんを呼び止めた。大袈裟な正義感がわいたのか?と疑うも、理由があったことを読み進める中で知っていく。冒頭に描写された落ち葉の他に、様々な漂流物が流れ着くという設定で、未来の新聞が流れ着いていた。その新聞は、若槻くんのした事件の犯人が警察署で自白した直後、トイレで首を吊って自殺した、という記事だったのだ。松田くんは、「ああ君だったのか」と、つい声をかけずにはいられない。だってここで声をかけなきゃ、助けなきゃ、若槻くんは数日後に死んでしまうのだから。


ラストまであらすじを説明していくのは野暮なので、あとは省くが、5年ぶりに読んだ感想は、

「こんなに青春してたっけ………………」

当たり前にあるものってわざわざ意識しない。5年前は私自身が青春真っ只中で、青春に特別意識を向けていなかったから、制服に身を包んだ彼らの同行を、今、少しだけ客観的に見ることができたような感じがした。ミステリーもファンタジーも備えた本書だけれど、軸にはしっかり学生たちの青春ストーリーを据えている。

若槻くんは結局殺してはいなかった。真犯人である片思い相手を守るために自ら罪を背負い、生贄の山羊となることを選んだ。真犯人は結局、好きな人に罪を暴かれ、警察署で自白した直後、トイレで首を吊って自殺してしまった。主人公は、一歩踏み出して見て見ぬ振りをするいつもの自分から抜け出したのに、結局助けることができなかった。(ここのミスリードが非常に巧み)

恋心は時に命までも投げ出させる。この漫画内で2人もそれを証明している。それは危うい側面の青春で、じゃあ良かった面は?と言えば、

一度は殺人の容疑がかけられた若槻くんと、主人公松田くんの友情が途切れなかったこと。

そして真犯人であるヒロイン本庄さんは、妹の自殺の復讐のためだけにこの事件を計画し、高校生活を送っていた中でも、松田くんと「ベランダの漂流物」の会話をしている間だけはその薄暗い気持ちを忘れ、青春していたんじゃないかということ。松田くんにそれを諭してくれたのは、ほかでもない若槻くんなのだが、このシーンがあるだけで後味がだいぶ軽くなる。

『山羊座の友人』では、未来予知のファンタジーというチート設定があったにもかかわらず、未来を何も変えることはできなかった。

ただ、生きているかぎりは生きていくしかないこの世の中で、若槻くんが松田くんに与えた希望的観測のように、明るい解釈を見つけながら前へ前へ、生きていくんだ。そんな力を彼らに見せてもらったような気がする。

仄かな絶望感と苦しいほどの美しさが、透明感ある漫画表現で描かれた素敵な一冊だった。

(2020/11/14)

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