罪滅ぼしのステーキ:965文字

ジューと焼ける音がする。
カチャカチャ、ナイフとフォークが聞こえる。
談笑する内容が混じり合って、聞いたことの無い言葉が耳に入ってくる。
雑多になったファミレスで私は一人で奥のソファに座っている。
当然私の向かいのソファはカランとしている。

私が入店した時は大きな店内にチラホラとサラリーマンと奥様方がいた。
チラホラとだ。
好きな席にお座り下さいと店員さんが言った。
普段は慎ましく慎ましく生きているつもりだが、このタイミングで魔が差した。
1人であの大きなソファに腰掛けたら気持ちいいんじゃないかと。
ファミレスの中の王様になった気になれるに違いないと好奇心に躍らされた。
席に着いた後、店員さんに軽くメニューの説明されたが腹痛に襲われたのでドリンクだけ注文しお手洗いの場所を聞き駆け込んだ。
10分程苦しんだのちに扉を開けたら、別世界に来たかと思った。
降って湧いた様な人の群れ。
奥の方では少し泣きそうに帰っていく子供となだめるお父さんが見えた。
私は駆け足で席に戻ったがこれも間違いだった。
正しくは立っている店員さんに席の変更を申し出るべきだった。
席に戻ってこのアイデアを思いついた時にはもう遅い。
カウンターでは1名の来店が断られていた。
1席もこの店内では空いてない。
1席もだ。
私の目の前にポツンといるデキャンタのワイン。
主張の強いその形は私の業を表している様に思えて仕方なかった。
とにかく今は早く店を出なくては。
ワインを水つもりで飲んでいくが一向に減らない。
本当の水を口に流し込みながらメニュー表で量を調べる。
ワイン4杯分。
危うく片手水溢れて余計に事態が悪化するところだった。
数字に圧倒されながらもガバガバと飲む進める。
やっと空になった。
恐らく5分程度の出来事だったのだろうが、酔いも回ってか感覚とはしては20分は悠に超えてる。
アルコールか否か汗が止まらない。
伝票を丁寧に透明の半円柱からむしり取りレジに持っていく。
レジスターの前で俯いて言う。
「すみません、テイクアウトって出来ますか。」

酔いと焦りと申し訳なさで家にどう着いたか余り覚えていない。
ただ目の前には4000円のファミレスステーキが鎮座している。
箸で乱雑に切り分けて口へ運ぶ。
数回咀嚼すると、肉がジワジワと体に溶け出していく。
罪悪感の塊であったはずのステーキは美味しい。
素直にそう思った。

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