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amラジオの掛かっている化石みたいなタクシー

幼いころ、父親は仕事で遅くなることが多かったのでほとんど毎日タクシーで帰ってきていた。

遠くでカギが開く音がしてしばらくすると、するりと引き戸が開いて、何かを確認してから居なくなる。

夢枕に見ると、どこかかっこいいような、でも寂しいような気持ちにさせられた。

そんな家だったが小学生位までタクシーに乗ると言うのはトップレベルで珍しいイベントのうちの1つだった。

旅行に行って、持ち切れない位の荷物を持ってチェックインする時とか、電車ですごく遠出した帰り、バスがなくて1駅手前のターミナル駅で降りたときとか。


とても特別なことがなければ乗らなかった気がする。


決まって乗るのは、今では珍しい灰皿付きのちょっとたばこ臭いタクシー。

両端を挟まれて座り、背が小さいのでろくに車窓も見えないからずっと運転手登録証の顔写真と左後ろからの顔貌を見比べていた。

それに飽きるとタクシーメーターが上がっていくのをずっと見た。


今でこそ少なくなったような気がするが揃いも揃ってamラジオがかかっていた。

多分トンネルとかビルのそばでも受電しやすいと言う理由でamだったんだと思うんだけど、あのざらざらしていて何を言っているかわからない音質と、お世辞にも快適とは言えないセダンのタクシーを今でも思い出す。


ちょっとガラが悪そうでホスピタリティのホスピくらいまでしかない運転手と車両たち。


いったい彼らはどこへ消えてしまったのだろうか。


今でもまれに、すごく古い車両でAMラジオをガラガラ流しながら営業している化石みたいな運転手がいる。

そういうタクシーに出会うと、あの日乗った煙草臭いタクシーにもう一回、みんなで乗りたいななんて思ったりする。


3人で後部座席に並ぶと、もう狭そうだな、なんて思って。

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