娘の命③ー退院のはずだったー
三日目の朝。
ドクターのチェックが終わったら帰れると聞いていた。
もう荷物も纏めて、うれしくて、娘の服も用意して待っていた。
まぁ、朝と言いつつ、昼くらいになるかもだな… そうだココはアメリカだったなぁと思いつつも、
「ドクターは?いつ帰れるの?」
と、聞いてみた。
でも看護師さんの想像もしていなかった次の返事に、うれしさに満ち溢れていたわたしの心は一変し、凍りついてしまった…
「実は今朝、新たに見つかったことがあってね、あーだこーだ・・・だから今special doctorを呼んでるの。」
・・・・・え?
なに?
よくわからない…
新たに見つかった…?
なんて言ってたのか英語が全然わからない…
special doctor…?
なんのために?
今日帰れるんだよね?
どうして?なに?
一気に心がザワつく…
鼓動が速くなる…
落ちついて、気をしっかり持って、
大丈夫、
帰れる、
大丈夫、
大丈夫、
わたし、しっかりして…
大丈夫だから…
そのあと待っても待ってもspecial doctorは来なかった。
もう朝に帰れると思っていたのでお弁当も作ってもらわなかったし、落ち着くために外へ出て何度も何度も深呼吸をした。
14時…
ブラックのスーツ、ハイヒールをカツカツ言わせながら、とても美しい人がやってきた。首にはゴージャスなパールのネックレス、指にはキラキラの指輪がたくさん、ネイルもとても煌びやか。眩しかった。この方がドクターだった。深刻なときやのに、色々気なってしまう自分がイヤになる…
ドクターは両手を胸の前で合わせてお辞儀をした。
「わたしはスタンフォード大学小児科感染症の専門医です。」
スタンフォード大学の、小児科感染症専門医…?
なんでそんなドクターがわざわざ来たの?
熱も下がっておっぱいもたくさん飲むし、娘は元気だよ?
そんな状況なの?
今日帰れるんだよね…?
ゆっくり話してくれてるけど、内容が難しすぎて全くわからない。
娘の状況など色々聞かれるけど、聞き取れないし上手く伝えられるレベルでなければ、落ち着いて考えて言葉にすることも難しい状態だった。
先生も困り果て、タブレットで通訳を挟むことにした。
「熱出したときの状況は?」
「普段と何か変わったことは?」
起きてても寝ててもヴーーーと唸っていた。
腸がゴロゴロいっていた。
通訳を通して、あれこれ色々伝えた。
「首が痛そうとかわからなかった?」
首…?そんなの… わからなかった…
「すべて検査結果はネガティブだったんです。菌も見つかりませんでした。でも最後の髄液の検査で白血球の値が異常でした。」
・・・え、白血球?
「通常値は10以下。でもあなたの赤ちゃんの白血球は400を超えています。」
通常は10…
娘は400…
ドクターとわたしの間に置かれた銀色のタブレットから聞こえてくる通訳さんの声…
状況についていけないわたしの表情は通訳さんにはもちろん見えてない。
淡々と、淡々と、訳していく。
それが仕事だ。わかっている。わかっているけれど、この時のわたしの状態は、とても心を持った人間が話してるように感じられなかった… 感情移入していたら続けられない仕事だとはわかっているけれど…
テクノロジーのありがたさと、テクノロジーのつめたさを同時に感じていた…
「今からココのドクターたちと相談して抗生物質をどれくらい続けるか決めます。」
心臓がバクバクして、頭が真っ白になる。
落ちついて、落ちついて…
だいじょうぶ、
だいじょうぶ、
だいじょうぶ…
この日、娘は帰れなかった…
結局14日間抗生物質を続けることになった。
NICUを出て、旦那に電話した。
「今日…帰れないって。入院、延びちゃった。。」
それだけ言うと張り詰めていたものがプツンを切れて、涙が溢れ出し、何も話せなくなった。
「今すぐ病院に行くから。今日はみゆきの車は置いて一緒に帰ろう。待ってて。大丈夫。大丈夫だよ。」
電話を切り、娘の元へ戻る。
スヤスヤ穏やかに眠る娘を見ながらすすり泣きしていたら、看護師さんがやってきた。
後ろから力強く、ギュッとハグをしてくれた。
「大丈夫、大丈夫よ。あなたは何も悪くないわ。この子は元気だもん。大丈夫。大丈夫よ。」
背中や腕を擦ってくれ、泣きじゃくるわたしをずっと励ましてくれた。
娘の腕に刺さっていた点滴用の針は三日で使えなくなるから場所を変えるとのことで、専門の看護師がやってくる。わたしは外に出ておいてと言われた。
フラフラで泊まっていた部屋に戻り、ちょっと横になろうと思ったら、知らない人たちが寝ていた。
・・・え?誰?どうして??
看護師さんのところに戻って聞いたら、もう三日間終わったから違う人たちがあの部屋は予約している、 もう他に部屋はないわ、と言われた。
荷物取らせてくださいと、もう一度その部屋に入る。
娘に着せるつもりだった服を鞄にしまう。
娘を乗せて帰るつもりだったチャイルドシートには娘は乗っていない。
大きな鞄とたくさんの荷物とチャイルドシートを抱え、とりあえず部屋を出た。
病棟をウロウロする…
行く場所がない…
どこにいても落ち着かない…
フラフラで極限状態にいたわたしは、どこにも居場所がないように感じた…
車に戻り荷物を置いて、車の中でボーっとしてるとまた涙が溢れた。
直接薬が腸に入るように、足から血管に細い管をお腹まで通していたそうで、3時間ほど待った。
「breakさせたくないから、抱っこは勝手にしないでね。授乳のときは呼んで。」
これでbreakしてないの…?
見ているだけで胸が張り裂けそうだった…
ちゃんと管が通っているかレントゲンも撮った。
新生児に抗生物質二週間、レントゲン、血管に管を通す…
もう元気に見えるのに、本当に必要なの…?
ボーッとする頭の中で、自分を守るためにいろんなことが浮かび、そんな疑うことすら考え始めてしまっていた。
帰ってくると思っていたお義母さんもショックなはず。 もうすぐ帰国なのに生まれたばかりの孫に会うことも、抱っこすることもできない…
旦那と二人で家に帰ると、いつもは弱音やネガティブな感情も素直に出すお義母さんが、笑顔で大きな声で「おかえり!」と言ってくれ、気丈に振る舞い、息子と楽しそうに遊び、「お風呂入っておいで」「ごはんたくさん食べなさい」「横になりなさい」とずっと笑顔で接してくれた。
それがすごく沁みた。
お義母さんはわかっている。
誰よりも母親のわたしがダメージを受けていることを。産後の身体と精神状態にどれだけのショックを受けているのかを。
このお義母さんの笑顔が、わたしにすごく力を与えてくれたんだ。
せめて、お義母さんが帰国するまでに…
無事退院できますように…
循環が循環を生むのがすきです。サポートしたいただいた循環を、文字で循環していきます♡