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「ホタルノヒカリ」~ 想いに添えて

シソにも実りの季節があったとは。

大葉の鉢が急に枝を伸ばすのに驚いていたら、可愛いらしい蕾や花や実をつけた”穂ジソ”だった。

刺身のツマに付いてくる小房。こんな小さなものにも実りの季節があって、都会のベランダに秋の贈り物を届けてくれる。ささやかな律儀に感謝しつつ、さてどうやっていただいたものか?

ある日友人から”重大事件”が伝えられた。頼りにしていた近所のスーパーが近く閉店するという。友人にとっては日々の買い物、私は遊びに行くたび”家呑み”の買い出しでお世話になった。

何軒か買い物する店はあっても「さん付け」で呼ぶスーパーはここだけ。「お魚やお肉は絶対○○さん」だった。店内で仕上げる刺身は色よくツヤツヤと食欲をそそる。3パック1,000円の薄切り肉だって隅までウソがない。

「ここのお刺身には“愛”があるよね。美味しく食べて欲しいのが伝わってくる。」 繰り言してはお酒が進んだ。

私は時々、古着屋の店長さんの言葉を思い出す。

「職人さんは、美しい糸はいい織物に仕上げたくなるし、美しい織物は丁寧に縫いたくなる。いい服に変なボタンは付けられないし、決して雑には扱えない。だからお店は大切に売りたくなる。そうやって美しい洋服になって行くんですね。」

商品も作品も、関わった一人一人の想いと手間によって作られてゆくのだという。

──しかし、”愛ある刺身”のスーパーマーケットは、この週末ついに閉店の日を迎えてしまった。

最後の買い物を終えた私達はサヨナラレコードが流れる店内をうろうろし、同じ思いの多くのお客さんが閉店を見送ろうとレジの回りにたむろする。

そして最後のご挨拶。店長さんが時々声を詰まらせ、パートさんやお客さんがマスクの目元に指をやる。”刺身愛”あふれる高校生男子の「お客様の声」には、思わず笑いが漏れた。

丁寧な切り身を、たっぷりの剣(けん)にフンワリ盛り付け、見栄え良くケースに並べる。

そんなひと手間ひと手間が美味しいお造りを届けてくれたことを、ここに集まったお客さんは皆憶えている。

世田谷の住宅街のごくありふれた、だが”普通の中”にこそ愛があったスーパーマーケットの閉店風景。寂しいけれど不思議に心温まる時間が流れていた。

友人と二人の「お別れの宴」。この日のお造りに私はベランダ直送の穂ジソをたっぷりと添えた。朝摘みの青い蕾を小皿にこそげ落とすと、ハッとするような爽やかな香りが立ち上がり、私たちは何か新しい気持ちに押されるようにビールのグラスを上げた。

「ありがとうございました!」

「これからも頑張って下さい。」

いなげや桜新町店さん、ご馳走様でした。明日からも皆様どうぞお元気でありますように。

【連載】余白の匂い
香りを「聞く」と言い慣わす”香道”の世界に迷い込んで十余年。
日々漂う匂いの体験と思いの切れ端を綴る「はなで聞くはなし」
前回の記事:「金木犀」 〜 思い出でもないくせに

【著者】Ochi-kochi 
抜けの良い空間と、静かにそこにある匂いを愉しむ生活者。Photoギャラリーはじめました。「道草 Elegantly Simple」
編集協力:OKOPEOPLE編集部

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