桜と神様と千年の恋(57)

「⋯⋯いない」
 灰色のどんよりとした空で、カラスが虚しく鳴いている。ひんやりとした風が辺りを包み込んでも、咲耶が姿を見せることはなかった。足元で、仔猫が鳴く。コイツもここに住み着いていたのか。この前に見た時よりも、幾分か大きくなっている気がした。
「勝手なやつだよな⋯⋯」
 それは自分の事なのか、咲耶の事なのか。何でこんな時に限って姿が無いのか。
「⋯⋯なんで、居ないんだよ」
 いつもは、探しても無いのに⋯⋯フラリと出てくるじゃね―か⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯」
 まさか、フ―ドの男に殺されたりなんか――――。

「キミ、何してるの?」
「!」
「咲耶⋯⋯」
 そこには捜していた人物が立っていた。
 しかし⋯⋯。
「お前、その傷⋯⋯」
 咲耶は痛々しいほどの傷を負っていた。肌が見えている部分はたくさんの擦り傷があり、所々で血が滲んでいる。
「ちょっとミスっちゃってね。でも、だいぶ追い詰めたから」
 そのボロボロの姿とは対照的に、ケロッとした返事。傷はどれも浅いようだ。
「やっぱり、刀が折れたから⋯⋯」
「そんな事ないわ。ちょっと間合いが変わっただけよ」
「そんなわけあるかよ⋯⋯」
「気にしないで。刀はともかく、この桜の木がある限り、私は大丈夫なの」
 そう言って桜の木に寄り添うように額をつける。すると咲耶の身体が、緑色の淡い光に包まれていく。身体中にあった傷が、みるみる癒えていくのが分かった。
「いつもこの木に、ちょっとだけ生命力を分けてもらっているの。他の御神木でも良いんだけど、結局ここに戻ってきちゃう」
「この木に、何かあるのか?」
「何か⋯⋯そうね」
 咲耶は少し考えて。
「思い出、かしら」
 そう言って愛おしそうに桜の木を見上げる。
「で、キミはどうしてここに?」
「いや、えっと⋯⋯お前のこと、捜してた」
「え、どうして?」
「⋯⋯⋯⋯」
 理由を訊かれると困る。気合いを入れて来たものの、いざ自分の気持ちを伝えようとすると、この関係を壊してしまうのが怖くなる。
 ⋯⋯告白するって、すごいことなんだな。
「なによ、わざわざこんなとこ来なくても、人間は人間同士、仲良くすれば良いじゃない」
「ぐ⋯⋯」
 歯に衣着せぬ咲夜の言葉に、心が折れそうになる。
「え、ちょっとどうしたのよ⋯⋯。なんか元気ないじゃない? 変なものでも食べたの?」
「いや⋯⋯」
 俺が言葉に詰まっていると、何を思ったのか咲耶は軽く手招きをする。
「⋯⋯こっち」
「え⋯⋯」
「こっち来て、ちょっとお話しましょ」
 咲耶の言葉に導かれ、二人で桜の木の下に座る。
 直接地面に腰を下ろしたため、尻が少しだけひんやりした。
「キミは相変わらず分かりやすいわね。何をそんなに落ち込んでるのよ」
 顔を覗き込んでくる。元気ないの、顔に出てたのか。
「失恋でもしたの?」
「う⋯⋯」
 近いところを抉ってくる⋯⋯。
「あ、違うか。あの子がキミのこと誘ったんだもんね。ってことは、告白でもされた?」
「ぐ⋯⋯」
「あはは、当たり。相変わらず顔に出て、分かりやすいなぁ」
 ⋯⋯まただ。また俺のこと、知っているような口ぶりだ。なんでそんな懐かしそうに目を細めるのだろう。
「なあ⋯⋯お前、俺と逢ったことあるのか?」
「え⋯⋯」
「前に逢った時も、そんな口ぶりだったよな。相変わらず、とか⋯⋯」
「そ、そうだったかしら?」
「ああ。何度か言われた気がするぞ」
「それは⋯⋯」
 咲耶は何か口にしようとしたが、言葉を続けることはなかった。そして静かに目を閉じ、意を決したように。
「⋯⋯ないわ。キミとは逢ったこと⋯⋯一度もない」
「そう、か⋯⋯」
 俺の、勘違いか⋯⋯。既視感を覚えたのも、何かの間違いで⋯⋯。
「⋯⋯この時代では、ね」
「え⋯⋯」
 咲耶はゆっくりと立ち上がり、もう一度桜の木の横に立った。
「⋯⋯っ」
 まただ。またあの頭痛⋯⋯。なんなんだ⋯⋯これ⋯⋯。
「また記憶が⋯⋯消えてしまったのね⋯⋯」
「記憶⋯⋯?」
「私ね、ずっと昔からこの世界を観てるの。キミたちが教科書で習うような時代からずっと」
 そこで咲耶は言葉を切る。
「ねえ、人間の魂って、死んだらどうなると思う?」
「え⋯⋯」
 思いもよらない質問だった。
「生きていた頃の記憶が消えて、新しく生まれ変わるの。輪廻転生って言えば分かりやすいかしら。人間たちはみんなそうやって、またこの世界に戻ってくるの」
「⋯⋯⋯⋯」
「でもね。たまにいるのよ。記憶が残ったままこの世界に戻ってくる魂――――」
 咲耶は、すぅと息を吐く。
「――――それが、キミよ」
「え⋯⋯」
「今のキミは記憶が無いみたいだけどね。もしかしたらそのうち取り戻すかもしれない。前の時代も、そうだったから」
 そうか⋯⋯。それは、あの白い部屋でずっと見ていた夢。呪いのように、俺の脳裏に訴えかけてきたあの夢。あれは、この時代ではない出来事だ。俺の脳内が創り出した、破茶滅茶なものだと思っていた、しかしそれは――――。
前世の俺の姿だったのか⋯⋯。
「どうして⋯⋯俺の魂は、記憶を持ったままなんだ?」
「元々⋯⋯いわゆる、霊的な力が強かったみたいね。以前はその力を認められて神職についていたのよ。そして、私と出会った。その辺は割愛するけど⋯⋯問題はここから」
「え?」
「キミは生まれ変わっても記憶を持ったままだった。そして、何度も私の前に現れた。文字通り、時代を超えてね」
「どうして⋯⋯」
 はあ、と溜息をつく。
「さあ、どうしてかしらね」
 ちらりと目があったが、咲耶は再び目を伏せる。
「でも⋯⋯生まれ変わるたびに、キミはその力を失っていたの。転生すればするほど、私の事を思い出すのに時間がかかるようになったわ。まあ、それでも⋯⋯深層記憶には残ってるみたいで、夢で見たり既視感を覚えたりすることがあるみたいだけど」
「それじゃあ俺が、お前と出会ってしまったのは⋯⋯」
「もしかしたら、深層記憶のせいかもしれないわね」
 あの夢で見た、黒髪の女⋯⋯それが、咲耶だったのか。だから、俺はコイツに惹かれるのだろうか。深層記憶のせいで⋯⋯?
「私ちちは、一千年前からずっと⋯⋯恋人同士だった」
「⋯⋯はぁ!?」
 い、今⋯⋯コイツ、なんて言って⋯⋯。
「だから、迷っていたの。このまま、転生を繰り返しても恋人同士を続けて良いのか⋯⋯。記憶が消えたキミは、もう今までのキミとは別の人間だから。この世界でキミと逢えた時はとても嬉しかったけど⋯⋯。でも、もう私の記憶が無いのなら、思い出さないまま、新しい人間として生きれば良いって思ったの」
「⋯⋯⋯⋯」
「だから、今⋯⋯キミに彼女が出来たのなら丁度良かったわ」
「え⋯⋯?」                                                              「今度こそ、幸せになりなさい。人間は人間同士結ばれるべきなのだから。もう、キミはほとんど力を失っているわ。次に転生したら、普通の人間に戻れるの。これでやっと⋯⋯」
「ち、ちょっと待ってくれ」
「何よ」
「俺がいつ彼女が出来たなんて言ったんだ?」
「え⋯⋯? だ、だって告白されたって⋯⋯」
「いや⋯⋯受けたなんて一言も言ってないぞ」
「⋯⋯ん―?」
 この間、十秒。
「⋯⋯え、ええ⋯⋯っ!?」
 ようやく結論に達した咲耶は、茹で蛸のように真っ赤になって混乱している。
⋯⋯そりゃそうだ、ある意味自爆しちまったんだからな。
「な、なんで断ったのよ! 可愛い子だったじゃない!」
「なんでって⋯⋯」
 こんなに取り乱した咲耶を見るのは初めてだ。喜怒哀楽を素直に表現する姿は、人間と何も変わらない。そう⋯⋯何も変わらないのだ。
「⋯⋯なんでって、他に好きな奴がいるからに決まってるだろ」
「へ?」
 きょとん、と。動きが止まる。言うべきか、言わざるべきか⋯⋯。
 そんなの⋯⋯決まっている⋯⋯!
「咲耶⋯⋯お前が、好きなんだ⋯⋯」
「な⋯⋯っ」
「さっきの話⋯⋯俺は、昔の記憶でお前を捜し当ててしまったかもしれない⋯⋯でも。現代(いま)の俺だって、俺自身でお前に惹かれてるんだ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「悪い、こんな時に⋯⋯でも俺は本気で⋯⋯」
「ありがとう⋯⋯とても、嬉しいわ。というか、前世からの契約が有効であるならば、私達はまだ付き合っているの。恋人同士だって言ったでしょう?」
「咲耶⋯⋯! それじゃあ⋯⋯」
「大和」
 咲耶は哀しげに微笑みながら、真っ直ぐに俺を見た。
「今日で⋯⋯お別れしましょう」

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