桜と神様と千年の恋(59)

「あら、そこでボケっと突っ立ってらっしゃるのは、留年太郎様ではないですか」
「⋯⋯⋯⋯」
 その失礼極まりない名前で呼ぶのは一人しかいない。肉まんの入った包みを抱えた、西園寺家のメイドだった。
「留年様、こんなところで何をしておられるのです?」
「いや、お前こそ⋯⋯」
 辺りを見回すと、そこは商店街だった。公園からの帰り道、知らぬ間に歩いて来てしまったらしい。金曜の夜だけあり、煌めくネオンの下で酔っ払いがあちこちを千鳥足で歩いている。
「ワタクシは、バイトの帰りでございます。蘭丸様に頼まれ、仕方なく商店街の肉まん屋に寄ったのです」
「また肉まんか。つ―か、こんな深夜に店やってんのかよ」
「蘭丸様は社長の御子息ですよ? そのお方が食べたいと言っているのですよ?」
「⋯⋯⋯⋯」
 無理矢理店を開かせたのか。なんてブラックな経営者なんだ。
「あ、おひとつ如何です?」
「いや、いい⋯⋯。てか、それ頼まれたヤツなんだろ」
「大丈夫ですわ。お腹を空かせて倒れていた、留年太郎様にあげたと言っておきます。留年様なら、蘭丸様も笑顔で許してくださるでしょう」
「そうか⋯⋯」
「⋯⋯あら?」
 メイドはわざとらしく、オ―バ―に首を傾げる。
「あらら? いつもと違って張り合いがないお返事ですね。頭の具合でも悪いのですか?」
 不躾に人の頭をコンコン叩いて来る。
「おかしいですね。ワタクシが存じている理由が原因だとしたら、落ち込むのは貴方では無いのですが」
「⋯⋯⋯⋯」
 メイドが知っているのは俺が西園寺をフッた事までだ。確かに俺が落ち込むのは御門違いだろう。
「良いですか? 貴方は西園寺家の御令嬢である蘭子さまの告白を無下にしたのですよ? それなのに、自分は好きな女に告白しないつもりですか。とんだチキン野郎ですね」
「⋯⋯いや、フラれたんだ」
「まあ、そんなこともありますよ。ドンマイです」
 グッと親指を立てる。なんて切り替えの早いやつだ。
「それにしても、食欲が増すお話ですねえ⋯⋯」
 メイドは持っていた紙袋から肉まんを取り出すと、ぱくりと食べた。お使いの品じゃなかったのか?
「で、なんでフラれたんです?」
 単刀直入に訊いてくる。
「それは⋯⋯」
 コイツにどう言ったらいいのだろうか。
「えと⋯⋯なんていうか⋯⋯アイツとは、住む世界が違うというか⋯⋯」
「⋯⋯ふむ。まあ訳ありなのはなんとなく承知していましたが。一つ言わせてください」
 そう言うとメイドはビシッと人差し指を俺に向けた。
「そもそも、障害のない恋などつまらないではないですか。どんだけ少女漫画で家柄だの年の差だの乗り越えるシナリオが多いと思っているのです」
「⋯⋯⋯⋯」
 そりゃ、架空の話だからで⋯⋯。
「事実は小説よりも奇なりという言葉がありますでしょう? 常識を過信し過ぎてはなりません。例えばワタクシの様に、人の心を読める人間も存在するのです」
「⋯⋯⋯⋯え?」
 なんだって⋯⋯?
「草薙様」
「だから、名前くらいちゃんと――――え⋯⋯お、お前、今、ちゃんと名前⋯⋯」
「先程、海岸線が何やら騒がしく感じました。何か良くないものが集まっているのかもしれませんね」
「!」
メイドはそう言って長い睫毛を伏せる。
「⋯⋯お前、えっと⋯⋯もしかして、霊感みたいなのあるのか?」
「はい? そんな西園寺家の当主みたいなアホな事、ワタクシが信じるとお思いで?」
「⋯⋯⋯⋯」
 雇用主に対してなんたる暴言か。
「まあ⋯⋯そうですね。かといって、ワタクシが信じなければ存在しない⋯⋯というものでもないのです、こういうのは。残念ながら、ワタクシが世界の基準では無いですから」
「まあ⋯⋯そうだけど」
「どんなに科学が進歩しても、世の中の全てを解き明かすことなど不可能でございます。幽霊や妖怪⋯⋯そして神。世界各地に散らばる痕跡から、それらが存在することを主張することはできても、絶対に存在しないと言い切ることは出来ないのです」
「⋯⋯⋯⋯」
「昔の人々は、なんとかそれらの世界に繋がることが出来ないか、様々なことを模索してきました。日本にも伝承や祭などがたくさん残っていますね」
  メイドにしては珍しく、饒舌に言葉を紡いでいく。
「現代になり、神の存在こそ希薄になりましたが⋯⋯。それでも、存在を信じるものたちがいる限り、それを否定する事は出来ないのです。昔から人類は、地震、不作、疫病⋯⋯その他、数え切れないほどの不可視の災いと戦って来たのですから」
「なあ⋯⋯メイド」
「はい」
 見えない敵⋯⋯それがアイツの言う厄災だったとしたら。もしかして、俺にも⋯⋯アイツを助ける事が出来るのだろうか。
「それじゃあ昔の奴らは、具体的には⋯⋯どうやって、その見えない敵と戦ったんだ?」
「⋯⋯作ったのですよ。邪悪や神、我々とは違うモノたちに触れることが出来る物――――祭りを、神殿を、巫女を。そして⋯⋯武器を」
「!」
 そうか。咲耶の折れた刀⋯⋯。それは神が触れることができる物だったのだ。その刀は神も人間も触れることが出来る神具⋯⋯。だからコンクリ―トに当たって壊れてしまった。
 太古の時代から受け継がれた、神具さえあれば、もしかしたら⋯⋯!
「まあ、それらが市場に出回っている事は稀ですね。何しろ、本当に力があるものは、現代では国宝級の代物ですから」
「う⋯⋯」
 そう、だよな。そんな大昔の物、あるとしたら博物館だ。あるいは、特殊な職業の人間か⋯⋯。
「くそ⋯⋯」
 お手上げか⋯⋯。
「何か、お探しの物があるのですか?」
「いや⋯⋯」
「ありますよ」
「え?」
「きっとそれは、草薙様が探しているものだと思います」
 メイドは強く言い切り、そして不敵に笑った。

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