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連載小説「おっさんJCりーりのブルース」第2話(約2400字)

02:友情諦念賛歌

 ん、そうこうしている内に授業が終わる。面倒な時間の到来だ。私もね、決して争いごとを好むような人間ではないのです、ただただ疑問に思うのです、何故一緒に便所に行かにゃならんのか、机くっつけてメシ食わにゃならんのか、とかな。つまり俺にとっての休み時間とはこれ即ち授業中、うん。

 あっはっはーい早速お友達の何々さんと誰々さんがママお手製の弁当持って俺の机に向かってくるぜ! いや便所、便所とか行きてえ。食堂でもよい、購買可、校舎裏応相談、保健室、は、行きすぎるとガチで心配されるが故にそれはそれでまた面倒。

 でもな、俺も分かってんの! 
『そんなに嫌ならひとりで行動すりゃいいじゃん』
 っつー意見。いや、や、過去に実践しましたよそりゃ、ね?
 するとだよ、

「あの子、いつもひとりでかわいそう」といった同情、
「あいつ、ひとりで気取ってるよね」という勘違い、

 極めつけは、

「あの人、裏で色々ヤバいことしてるらしいよ」

 とかいうあらぬ噂、噂、噂につぐ噂! いいねぇこの日本人特有のこの陰湿さ! もうちょっとドライに行って欲しいと思うのは俺だけか、嫌ならハッキリそう言え、ひそひそとしか言えねーならハナから言うな、なんじゃいおまえらそろいもそろって偏差値上げる時間あるなら品性を磨け! 

……なんてね、品性が割と粉々に砕け散っているこの俺が言うのもアレですがね、それでも言いたくなるんだから人間という生き物はまったくトリッキーなもんでございます。
 
 何の話だっけ?

 ああ、そう、友達、フレンズ、オトモダチ、もちろん私にもね、そういった類の存在はおるよ、でないとなかなかこう、生きていくのが困難の極みだからね。
 しかしまあ、これがリアルライフにはまるでおらん。これはもうね、諦念、諦めておるよ、ボクは。少女マンガの王道の如く、美少年が転校してきて隣の席に座っちゃう確率のレベルで諦めてる。
 だっていねーもん、少なくともこの学校や、俺の生活範囲内には。

 じゃあネット上か、と問われるとその通りなんだけどね、スマホ、SNS全盛のこの時代に、私は中学受験成功を条件に親に買ってもらったタブレットとBluetoothキーボードをベッドに持ち込んで夜な夜な何らかのメッセンジャーアプリでちまちま『彼ら』と文字でやりとりをしている。

 90年代か! というツッコミが聞こえるがそんなことは気にしない。名前も外見も年齢も容姿も不問で、あるところにはまだあるんぜ的なチャットルームや掲示板、そこで気が合うと思った相手とはメッセンジャーに移って一対一でチャットする、というのが私の友人の作り方。
 信じなくてもいいし、こっちも偽っていい。なんてピースフル!


 英語力は落としたくないので、たまにNY時代の友人とビデオチャットをしたりもするが、何つーかこう、徐々に眩しくなってきちまってるんだよな、あいつら。
 幸い私には白人も黒人もオリエンタルもヒスパニック系も平等に友人がいたけど、今でもやりとりがあるのは同じグレードで家が近所だったユダヤ系女子・ジョアンヌと、アフリカン・アメリカンのキーシャだけ。よく三人で喋ると、マンハッタンの街並みの目まぐるしい変化と共に、彼女らも一緒に変わっていっているように感じるのだ。

 見ている景色が違うのだ。当たり前だけど。

凛々りり、戻ってきたらビックリするよ!』
『ソーホーとか超変わったしね、ガイドするから!』

 彼女たちは悪意なくそう言う。私は少し悲しくなる。
 それは一緒に遊んでいた二人が体格的に日本人である俺よりも遙かに早い成長期に突入し、胸やら何やらが膨張していっている、という可視の問題でもあり、また、俺が東京のように『アウェイ』と感じるのではなく、まあ『ホーム』はこの地方都市ではあれど、それでも『二つ目のホームタウン』と信じてやまないNYCニューヨークシティが俺の許可なく、俺のあずかり知らんところで、着実に変化している、という『置いてけぼり感』がね、こう、圧倒的なんでございますよ。あー、ロンサムロンサム。

 
 裏字うらじ>でもそれは仕方ないことだろ。嫌なら高校からNYに戻りゃいいんじゃね?

 この妙なスクリーンネームの自称男性と出会ったのは今はもう無くなってしまった某プロバイダのチャットルームだった。阿呆なガキが阿呆なことを言いだしたのでそれを煽って面白がっていたら、裏字から『そいつ、タチ悪い荒らしだから相手にすんなよ』と個別メッセージが来たのが最初。

 年はおそらく二十代、職業は、俺の推測だと在宅のプログラマーとか株ニートとか、とにかく四六時中PCを触れる環境にいて、まあもしかしたらノマドとかかもしれんが、何だか妙に馬が合い、主に平日の夜によくテキストでやりとりをしている。

 りり>俺もそうしたいのは山々っつーか、んーと、そうしたいけど、まず親の問題があるし、経済的な問題があるし、何より小生、学校で進学のスコアに大きくに作用する部活動が……、まあ、前途多難だし、ビザ取るのもの……いや、分かんねぇ。

 裏字>なんだ、めんどいのか。

 りり>だから分かんねぇんだって。

 裏字>おまえ自身がめんどいよ。じゃ、俺寝るわ。Gute nacht.
 

 どういう理由かは知らんが、裏字はいつもドイツ語で『おやすみ』を意味する言葉を最後にチャットを終える。私はそれが好きだ。正確な発音は分からんし、裏字自身もドイツ語が流暢なわけではないようだが、日本語、つまり母語で『おやすみ』と言われると、しかもそれがつるつるしたディスプレイに活字として表示されると、何だか俺にはダイレクトすぎる。

 アイスランドの歌手ビョークは、アイスランド語では絶対に歌わない、何故ならネイティブ・ランゲージは自分に近すぎるから、と語ったらしいが、私にはその気持ちがちょっと分かる。ような気がする。寝る。

(第3話に続く)

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灰崎凛音
作品の価値は金銭やその額では決してありません。しかし、もし貴方の心なり脳なりが少しでも動いたり震えたり笑けたりしたら、是非ともサポートを願います。