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【まらしぃ】愛と光とピアニスト【大宮】

自身最大規模の幕張メッセワンマンライブからおよそ5ヶ月。

彼の大好きなものを存分に混ぜ合わせたまらしぃのライブは、幕張メッセを終えて更なる進化を遂げると同時に、それでもいつもと変わらぬ安心感だった。

定刻を少し過ぎた、暗転したステージ。客席が期待に張り詰める中、まらしぃが1曲目に選んだのは『うらめし太郎』だった。彼が鍵盤を叩くと同時に、ステージ後方から青白いレーザーが飛び出す。初っ端からピアノコンサートの常識を覆す演出に、会場からはざわめきが起こった。曲中盤のアドリブでは低音を中心にこれでもかと鳴らし、直後で一気に音量を落とす。
目まぐるしい客席へのレーザーとステージ床を彩る照明、勢いを増す演奏。続く『Love Piano』でもその勢いは更に増し、芯のある低音の上を繊細なメロディーが駆け巡った。

「こんばんはー!」のやり取りを3回ほど行ったあと(彼は「まだ声出るでしょ?」と言って挨拶をやり直すのがお気に入りだ)、彼はこの日の会場である、大宮ソニックシティの思い出を語り始めた。
曰く、「10年くらい前に、歌ってみた、演奏してみました界隈の新人が出るイベントに出たことがある」という。「その時は1曲だけ弾かせてもらったんですけど、ここで1人でライブができるようになりました!」と嬉しそうに語った。

ボーカロイドが好きなんです、と前置きをすると、ボカロメドレーを演奏。ジャジーなアレンジが施された『シャルル』から、青緑の照明が初音ミクを彷彿とさせる『初音ミクの消失』、『メルト』、『六兆年と一夜物語』、『アスノヨゾラ哨戒班』と、雰囲気も速さも異なる曲たちを見事に繋げていく。『アスノヨゾラ哨戒班』では、星を思わせる照明が会場の壁にまで映し出される。ピアノ1台で奏でられる音と光の演出、聴覚のみならず視覚をも刺激する。包み込まれるような感覚は、圧巻だった。

贅沢なメドレーの後に、それまた贅沢なメドレーを配置するのが彼らしい。アニメも好きなんです、と嬉しそうに言うと、最近投稿したばかりの一時間を越えるアニソンメドレーから掻い摘んだアニソンメドレーを披露した。
『残酷な天使のテーゼ』をしっとりと、それでも熱を秘めた様子で弾くと、曲名を裏切らない力強さの『お願いマッスル』を繋げる。紅い照明に包まれた『紅蓮華』は、繊細な高音をそっと奏でたかと思えばサビの叫ぶような迫力で一気に聴くものの心を掴む。力強いオクターブが切なく響く『名前のない怪物』、疾走感を増して激しく駆け抜ける『コネクト』。構成は間違いなくメドレーなのだけど、観客の手拍子を惑わすような緩急の激しさも、一瞬にして纏う空気を変えてしまうほど1曲として完成された演奏も、それは流れるようなメドレーというよりも、1曲の組み合わせで構築された、とても贅沢な演奏だった。

続いてボーカロイドでの新曲、『霖と五線譜』をピアノソロバージョンで披露。ステージ後方のスクリーンには先日公開されたPVが映された。

「音ゲーと呼ばれるゲームをやるのに、週7でゲーセンに通ってたことがあるんですけど…生息してました」というMCで笑いを誘ったまらしぃは、続けて音楽ゲームに使われた楽曲を4曲連続で披露。
星のような光の演出がグランドピアノ、ステージの上や横の壁までにも瞬いた『stella=steLLa』を繊細な音と丁寧な間により紡ぎ、一転してサクランボの形の照明とピンク色の光がキュートな『Chelly spLash』を間髪をいれずに奏でる。さらに月と螺旋の光が幻想的な演出の『moon stone』、猫と猿の光の演出が可愛らしい『夢ハ夢ノママデ』を連続で演奏した。拍手の間も挟まない、次から次へと展開する演奏。それぞれ特徴的な光の演出が盛り込まれる。柔らかい響きを帯びつつも、少し尖った彼らしい音色が会場を夜に包んだ。

まらしぃはその後用意されたキーボードに移動。スクリーンに映し出されたのは、孫悟空を模した猿と、その仲間たち。スクリーン下部には彼の弾くキーボードの鍵盤部分がそのまま映されていて、弾いた鍵盤の上部には光の演出が映される。プロジェクションマッピングと鍵盤をあわせたような技術だ。猿が主人公のRPGのような可愛らしい映像にあわせて『風来』が演奏される。観客の手拍子も相まって楽しそうな様子を見せるまらしぃは、異国風のリズムを跳ねるように奏で、オクターブで派手に彩る。可愛らしい映像と鍵盤を滑る楽しげな指の動きに、観客のボルテージが高まった。

ピアノプロジェクションの映像を利用し、お馴染みとなった『Happy birthday to you』で誕生日の観客を祝うと、突然「僕、お腹がいっぱいになると満足しちゃうんでライブやレコーディング前はご飯食べないんですよ」と話し出す。
この話がどう繋がるかと首を傾げる観客をそのままに、彼はこう続ける。「だから今日も―これが終わったら打ち上げに連れてってもらえると信じてますけど―そこで食べるの朝ごはんなんです。でも、僕だけお腹すかせてるって不平等じゃありません?みなさんもお腹すかせて帰ってくださいね」
言いがかりのような気もする不思議な前置きをしたまらしぃは、自身も属するバンド、logical emotionの楽曲『ラーメンデュエル』をソロバージョンで披露。ドラムとベースパートをピアノで網羅する、複雑な構成が力強く奏でられる。圧倒的なキレの良さと、1台のピアノのみからなるとは到底信じられないほどの迫力。ピアノプロジェクションが映されるスクリーンでは、当然のようにラーメンのイラストが描かれ、鍵盤から麺が伸び、ラーメンのどんぶりの内側には五線譜が描かれ、ときに具材が飛んだり跳ねたりする。理解できないかもしれないが、本当だ。『ラーメンデュエル』という名の凶暴なまでの飯テロ――彼は本気だ。

さて、飯テロを存分に楽しんだ彼はグランドピアノに戻ると、『ちょっとつよいエリーゼのために』をかなり強く奏でる。鍵盤の上を行き来する指が激しく疾走感を生み出し、緩めることを知らない力強さで駆けていく。いつの間にか隣には猿の肖像画―来月発売されるアルバムのジャケ写のあれだ―が置かれている。どうやらあれは「油絵の人に描いていただいた、マジモンのやつ」らしい。思わず会場がどよめく。
そんな絵を傍らに、さらに同じ画像がスクリーンに映され、『ちょっとつよいトルコ行進曲』を演奏する。聴きなれたメロディーとまらしぃ流のつよさが組み合わさる。芯のある鋭い音色によってハイペースな行進が展開される。スクリーンに映された猿の肖像画はと言うと、増殖したり拡大されたり左右が反転したりと、やりたい放題だった。クラシックと言うと取っ付きにくい印象を抱く人も多いというのに、そして彼はクラシックによい印象を抱いていなかったというのに、ここまで遊んでしまうのは、ピアノへの思いと実力のある彼にしかなせない技である。

グランドピアノの屋根が上げられ、「マイクをオフにして、ここのスタンウェイの音をそのまま、皆さんに届けようと思います」と言って演奏したのは『アマツキツネ』だった。
様々なコラボのきっかけにもなった彼にとっては思い出深い曲だ。マイクを通さずに響かせる正直な音は、もちろん少し小さいながらも凛としていた。少しの緊張がただよう会場に、響き方を確かめるように丁寧な、存分の抑揚をもった柔らかい音色が満ちる。

そして彼はパズドラのキャラをイメージして作ったという『Mille』『Hera』『KARIN』を続けて披露。スクリーンには、ガンホーから借りたというイラストが映し出された。
メドレーといい、音ゲー曲といいパズドラ曲といい、この日のまらしぃはまとめて披露します、という口実とともにとんでもない曲数を目まぐるしく演奏する。たしかに同じジャンルの曲ではあるのかもしれないが、曲調や雰囲気の異なる曲たちを、その曲の個性を強調しながら弾いていく彼の技術たるや。

『千本桜』が奏でられると、ライブも終盤である。
桜色の花びらの照明が散る中、激しく展開していく。勢いを緩めることなく突っ走るかと思いきや、落ちサビ直前で手を止めた。客席を向き微笑み、ペットボトルのお茶を飲み、再開――せず、にやりとするとタオルで顔を拭き、挙句にメガネまで拭き始める。壮大な溜めっぷりに観客は笑みをこぼす。無事に再開を遂げた『千本桜』は手拍子を置いていく勢いでスピードアップし、我先にと駆け抜けるように弾き終えた。
満足そうな彼は「次が最後の曲です!」という宣言をする。観客の惜しむ声の大きさに満足しつつ、『千本桜』の終盤からやり直すと、もう1度同じやりとりをやり直し、笑いを誘った。

終始緩んだMCであったが、彼は最後に少しだけ真面目らしく「この曲が無かったらピアノを再開していなかったかもしれない」と大切そうに語る。本編最後に選んだのは『ネイティブフェイス』。
ビビッドなレーザー演出と、愛でるような抑揚をつけた指が鍵盤の上を踊る。

最後の一音を伸ばしたペダルを勢いよく離すとき、彼はいつものような、本当に楽しそうな笑みを浮かべていた。

鳴り止まない拍手がアンコールを求める手拍子へと変化する。

再び姿を現したまらしぃはアンコールへの感謝を述べると、台座に載って運ばれてきたV-pianoを出迎える。彼がいつも自室で配信するのに使うV-pianoの上には、クリプトンから貰ったという初音ミクを始めとするボーカロイドのフィギュアで賑やかだ。彼が座る椅子の代わりには、まらしぃがいつも配信をしている時と同じように、ベッドが置かれている。

嬉嬉としてミクフィギュアの自慢をしたのち、まらしぃはV-pianoで『ナイト・オブ・ナイツ』メドレー、いわゆる「お散歩ナイツ」を弾き始めた。『ナイト・オブ・ナイツ』を弾きます!と言いつつも始発と終点がそれなだけで、中身はほとんどメドレーだということはいつものことである。観客も思い思いに手拍子をしたり聴き入ったり、生放送のときと同じように伸び伸びと楽しむ空気が生まれていた。

グランドピアノよりも少し硬い、生放送で聴きなれた音色で東方Project、ボーカロイド、米津玄師の楽曲まで幅広いメドレーを繰り広げる。無事にお散歩を終えると盛大な拍手が贈られた。
グランドピアノの傍に戻ったまらしぃは、自室セットが回収されそうになるのを止める。「…そのベッド、グランドピアノの前に置けませんか?」

そうしてスタンウェイの前に椅子としてベッドが置かれるという異様な光景が完成した。自分で提案しておいて楽しそうな彼は、スタンウェイとベッドの組み合わせを写真に納める。自由だ。

そうしてベッドに腰掛けた彼は、転じて少しかしこまった調子で最後の曲のタイトルを口にした。

それは5か月前の幕張メッセ公演で最後の曲に選ばれた楽曲だった。彼が初めて作ったボーカロイドの楽曲。『夢、時々…』。
今回のレーザーや照明演出も、幕張メッセでのそれを意識したものであったと言う。
グランドピアノとベッドという前代未聞な、しかしこれ以上ないほど彼らしい環境を、降り注ぐ光の粒が囲う。幕張メッセを回想するような幻想的な空間。『夢、時々…』が作られた当初は未来を見るものだったであろう夢が、過去の文脈を得た瞬間だった。

それは、観客とともに丁寧に思い出を揺り起こすと同時に、それを携えて未来へ向かうという意思の表明だった。

marasy collection piano live tour 2019 、これにて完走。

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