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「オリビアの死」をくり返さないために

ワクチン不安により、またひとつ、失われる必要のなかった命が失われたというニュースがあった。

ヨーロッパは今年、ワクチン不安を背景とする、麻疹(はしか)、水ぼうそう、おたふく風邪を防ぐMMRワクチンの接種差し控えが相次ぎ、近年にない麻疹の流行を経験している。ルーマニアで、生後6か月の赤ちゃんが麻疹で死亡。ルーマニアでは、この子が37人目の死者となる。

ヨーロッパでの麻疹流行については、先日連載が終了した、東洋経済社のママ向けサイト「ハレタル」に、「ロアルド・ダールの古い手紙が読まれている理由」と「判断を誤らせる理由なき不安」という2本の記事に書いているので読んでほしい。

ロアルド・ダールの古い手紙が読まれている理由
https://haretal.jp/zatsugaku/pz2017071301/

判断を誤らせる理由なき不安
https://haretal.jp/zatsugaku/pz2017072001/

この2本の記事は「希望という名の魔法を信じる私」という、代替医療の魔力とも言うべき問題について書いた関連記事とともによく読まれた。

希望という名の魔法を信じる私
https://haretal.jp/zatsugaku/pz2017062901/

「ハレタル」での連載はこれまで、ブック・レビュー(書評)の体裁をとりつつも、子宮頸がんワクチンに関するマウス実験を捏造と呼んだことに対する裁判を起こされ、執筆の場を失った私に、好きなことを書かせてくれる唯一の媒体だった。

そもそも「子育てママ向けメディアで科学物の書評」という企画は、既存の女性向けメディアの常識に添わない。しかし、私は子育てという、この世でもっとも創造性を要求される仕事に忙しい女性ほど、社会とのつながりや知的な刺激、正しい情報を必要としていると思う。時にそれは、保育園がどうのとか、家事の手抜きのやり方とか、パパが子育てに協力してくれないといったこと以上に切実だ。

連載終了と書いたが、「ハレタル」の編集部が無くなり、今年いっぱいでサイトの更新をやめるという事情による。9か月という短い間ではあったが、この無謀な企画をやろうと言ってくれた元編集長の堀越千代さんに、改めて感謝したい。

科学の本は一般に難しい。そう言い切ってしまうのもよくないが、順を追って科学的事実を理解・解釈するのには時間がかかるし、難しいところがあるのは事実だ。そんな科学の本の書評を、片手で子育て、片手でスマホを見て記事を読むママたちのために短く分かりやすい文章で書くというのは、思ったよりも時間のかかる難しい仕事だった。もちろん、取り上げる本はじっくり読まなくちゃならないし、書評で取り上げる本を選ぶために関連書籍も色々と読む必要がある。でも、仕事に直接関係するわけではない本をせっせと読み、ともすれば、仕事に関係ないからと狭めてしまいがちになる読書の幅が広がったりしたのは、本当に素晴らしい経験だった。(どこかでまた書評連載くれないかな)

「ハレタル」での最後の記事を書き終えた、年の末も末、冒頭であげた悲しいニュースが舞い込んできた。

ルーマニアで37人目の死者
http://outbreaknewstoday.com/romania-reports-37th-measles-death-18324/

犠牲者は生後6か月の赤ちゃん。基礎疾患があり、ワクチンを接種できなかったという。幸い昨年末から続いていたルーマニアでの麻疹流行は終息傾向にあるというが、先週も、首都ブカレストでは、新たに11例の新規患者が報告されたという。

「ルーマニアで麻疹」「1歳以下の子どもが麻疹で亡くなった」と書くと必ずと言っていいほど出てくるのが、ルーマニアは医療制度が整っていないから、MMRワクチンの接種は6か月からだから、その話とワクチン不安は関係ないという、読者や反ワクチン運動家からの意見だ。

でも、それは違う。

ルーマニア政府はこのワクチンを定期接種に定め、対象年齢の子どもたちに接種する予算を確保している。事態を重く受け止めている政府は、ワクチン接種を拒否する親たちに対し、子どもにワクチンを接種させなければ学校に入学させないなどの法改正を行っている。今回の流行による欧州全体における麻疹患者の47%は15歳以下の子ども。

ワクチン接種率が高く維持され、社会に麻疹ウイルスが循環していなければ、ワクチンを打つ年齢に達していない赤ちゃんや、病気を理由にワクチンを接種できない人が麻疹にかかることはなかった。これは「集団免疫」といって、社会の中に免疫を持つ人を増やすことによって「社会全体を病原体から守る」という、ワクチン学や公衆衛生学では基本となる考え方である。

ワクチンには、自分を病気から防ぐためだけじゃなく、家族のため、大切な人のため、社会のためにワクチンを打つという考え方がある。

子宮頸がんワクチンの話をすると、ほとんどの女性は子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピローマーウイルス)に男性から感染する。だったら、女性が自分を守るために打つだけではなく、男性が大切なパートナーをがんにさせないためにワクチンを打つという考えがあってもいい。もちろん、子宮頸がんワクチンには、肛門がんや咽頭がんなど男性もかかるがんを防ぐ効果もある。しかし、女性の命、ひいてはお腹の赤ちゃんの命をも脅かす病気の原因となるウイルスを男性からうつさない、社会に広げないというもっと大きな目的があり、子宮頸がんワクチンは、現在、世界11カ国以上で男子にも定期接種となっている。

わたしのジョン・マドックス賞受賞が発表されてからのこの1ヶ月、「男だけど自分もワクチンを打った」と突然アピールを始めた男性議員や男性医師が相次いだ。しかし、彼らはどのくらいこの「集団免疫」を理解しているのだろうか。

さて、ここで最初に紹介した2本の記事の1本目の記事「ロアルド・ダールの古い手紙が読まれている理由」に改めて注目して欲しい。記事を読んでもらえば分かるとおりる古い手紙「オリビアの死」は、麻疹ワクチンが出来る前の年に愛娘オリビアを亡くした、イギリス人作家のロアルド・ダールが、オリビアを亡くした直後ではなく、何年も経ってから出したパブリックレターだ。私は何年も経ってから娘の死とワクチンの話を語り始めたダールの手紙に、大きな喪失と悲しみを見る。

先日、私がnoteから発表した、ジョン・マドックス賞受賞スピーチ「10万個の子宮」が広く読まれた。密かに大作家ロアルド・ダールの書いた「オリビアの死」のようだと喜んで、手紙やスピーチなど小さなメディアの持つ力に感激もした。

ただの書き手であればそれだけでもいいのだろうと思う。でも、私は医者でもある。今日、ルーマニアで、失われなくてよかったはずの37番目の命が失われたのを知って、それだけで終わって欲しくないと心から思った。ワクチンに対する科学的根拠に乏しい不安や憎しみは根強く、繰り返し湧きおこり、失われる必要のなかった命を奪い続ける。

行政もメディアも子宮頸がんワクチン問題に関する真実を知りながら、責任を回避し続け、変わることが無ければ、日本人女性はこれからもワクチン接種を差し控えるだろう。そして、10年もすれば日本は、世界でも珍しい「子宮頸がん大国」の先進国となるだろう。そうしたら私のスピーチ「10万個の子宮」は、ダールの古い手紙のように、古いスピーチとして再び読まれるのだろうか。「先進国」とわざわざ書いたのは、このワクチンは非常に高価で、まだまだ恵まれた先進国の人しか広く使用することのできない「贅沢品」だから。

私は10年も経ってから、スピーチ「10万個の子宮」をもう一度読まれたくなんかない。だからこそ「いま」このスピーチを読んで欲しい。10年もしないうちに「10万個の子宮」のことは、書かれたことすらみんな忘れてしまうように。

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スピーチと同名の書籍「10万個の子宮――あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか」の表紙デザインのラフもできてきました!年明けには書影をご紹介できる予定です。みなさま良いお年をお迎えください。

© 2017 Riko Muranaka  photo by Vishal Banik

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