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【教育学論文2】なぜピアラーニングを導入すべきなのか:他人と比較をする児童生徒たち

 前項では,友人関係が学習効果に与える可能性に触れた。本稿では,友人(ピア)と自分を比較することが学習効果に与える影響を述べていく。

 自分と他者を比較することは心理学の用語で社会的比較と呼ばれる。Festinger (1954)によれば,①人間には自分の意見や能力を評価しようとする欲求があり,②評価のための物理的・客観的手段がないときは自分の意見や能力を他者と比較することによって自己評価しようとし,➂比較する相手としては自分と類似した他者が一般的に好まれる,という三つの仮定を挙げている [1]。

 それをふまえて,まずは発達的側面について。自己評価を伴わない広範な意味での社会的比較は4歳前後の幼児にも認められるが [2],自己評価を伴う社会的比較は小学校4年生以降に生じるとされる [3]。とはいえ,大学生と比較すると小学生による社会的比較はいくぶん少ない例数であり [4 -5],社会的比較の発達的変化が推察される。小中学生が社会的比較する相手は「同じクラスの人」や「仲のよい友人」であり,彼らが「自分と同じくらい」の学業成績や運動能力であることを認めている[4, 6]。

 次に,社会的比較の過程について。学業成績が優れた友人と比較する中学生はその優れた友人をしのごうとする強い向上性のために比較するといった自己向上の機能が作用していることが多いため,学習に対する動機づけが高まり,その結果自身の学業成績が向上しやすい [7]。しかし,社会的比較を行った結果,自分がそれに対して「もっとがんばろう」だとか「相手に負けたくない」と感じられれば学習に対する動機づけが促進されるが,「相手が憎い」だとか「落ち込む」ことがあると学習に対する動機づけは減少するとされる(外山,2009)。特に自身の学業に対する有能感が高ければ学業成績の向上はみられるが,有能感が低ければ学業成績の向上はみられない [8 - 9]。このあたりは,みんな経験的におわかりいただけるのではないだろうか。

 最後に,男女について。女子は男子よりも社会的比較の結果,自己卑下的な感情を抱きやすいほか [6],親や先生といった他者から比較されるときにも同様の感情を抱きやすい [10]。女子の場合は,自ら比較する場合も,他者から比較される場合もネガティブな感情に陥りやすくなるということだ。

 以上,みてきたように,ピア(友人)との社会的比較は学業成績に影響を与えるが,それはポジティブにもネガティブにも働きやすい。単に社会的比較といっても,過去の自分と比較するよりもピアと比較する方が有能感が低下するという報告もある [1]。生徒に対してただ競争を煽るのは,当然ながら得策ではなく,教師は心の状態をよく観察しながら(あるいは心の状態に関するデータを測定しながら)学級をつくっていく必要があるだろう。


参考文献
中谷 素之・伊藤 祟達 (2013).  ピア・ラーニング ―学び合いの心理学― 金子書房
引用文献
[1]. Festinger, L. (1954). A theory of social comparison processes. Human relations, 7(2), 117-140.
[2]. Mosatche, H. S., & Bragonier, P. (1981). An observational study of social comparison in preschoolers. Child Development, 376-378.
[3]. Ruble, D. N., Boggiano, A. K., Feldman, N. S., & Loebl, J. H. (1980). Developmental analysis of the role of social comparison in self-evaluation. Developmental Psychology, 16(2), 105.
[4]. 高田 利武 (1992). 他者と比べる自分 サイエンス社. 
[5]. 外山 美樹 (1999). 児童における社会的比較の様態 筑波大学発達臨床心理学研究.
[6]. 外山 美樹 (2006). 社会的比較によって生じる感情や行動の発達的変化 パーソナリティ研究, 15(1), 1-12.
[7]. 外山 美樹 (2006). 中学生の学業成績の向上に影響を及ぼす社会的比較 東京成徳大学臨床心理学研究, 6, 10-22.
[8]. 外山 美樹 (2009). 社会的比較が学業成績に影響を及ぼす因果プロセスの検討 パーソナリティ研究, 17(2), 168-181.
[9]. 外山 美樹 (2006). 中学生の学業成績の向上に関する研究 教育心理学研究, 54(1), 55-62.
[10]. 外山 美樹・伊藤 正哉 (2001). 児童における社会的比較の様態 (2)―パーソナリティ要因の影響―筑波大学発達臨床心理学研究
[11]. Marsh, H. W., & Peart, N. D. (1988). Competitive and cooperative physical fitness training programs for girls: Effects on physical fitness and multidimensional self-concepts. Journal of Sport and Exercise Psychology, 10(4), 390-407.

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