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『映画を観る(AT LAST MOVIE)』Chapter-5


 ピピピ、ピピピ。ピピピ、ピピピ。ピピピ、ピピピ。


 目覚まし時計のアラームで、ツトムは目を覚ました。アラームを止めてソファベッドの上でむっくり身体を起こしたとき、ツトムは、自分が泣いていることに気づいた。部屋を見回すと、あたりはすでに暗くなっていた。どうやら横になって映画を観ているうちに眠ってしまったらしかった。ツトムは呆けた頭をぶんぶん振ると、指先で涙を拭った。どんな夢を見たかは覚えていないが、何か、とても、美しい夢を見たような気がする。そうして目覚まし時計を見やったとき、ツトムは飛び上がるほどに驚いた。画面には『8/31 22:41』とデジタル表示されていた。

 ——そうだ、きょうは、JUJUが閉店する日だ。

 閉店まではあと20分もない。ツトムは寝癖もそのままに部屋を飛び出すと、自転車に乗り込み、必死の形相でペダルを漕いで漕いで漕ぎまくった。まずい、まずい、まずい、まずい。閉店二時間前には店に行くつもりだったのに寝てしまうとはなんたる不覚か。まだ、まだ、ミズノに、声をかけることすらできてないのに。こんな終わり方はしたくない。こんな終わり方だけは、死んでも絶対にゴメンだ。もし間に合わなかったら、オレは一生後悔する。何としても、絶対絶対絶対絶対、もう一度、ミズノの顔を見なければならない。ツトムは汗だくになりながらも必死に自転車を漕ぎ、夜の街をフルスピードで駆け抜けていった。

 ——間に合え、間に合え、間に合え、間に合え。

 そして、閉店二分前のところで、なんとかツトムは『JUJU』へと辿り着いた。ツトムは汗もぬぐわず、肩でゼエゼエ息をしながら店内へと入った。店内ではすでに『蛍の光』が流れ出しており、客は誰もいなかった。レジカウンターの中でひとり、ツトムが入ってきたことに気づいたミズノが、レトロな丸メガネの向こうで目をキョトンとさせていた。ミズノのその顔を見た瞬間、ツトムの身体が硬直した。舌が突っ張らかり、頭が真っ白になるのを感じた。ミズノはさも申し訳なさそうにぺこりと頭を下げると言った。

「ごめんなさい。もう閉店のお時間なんです」

 その言葉を聞いた瞬間、閃光がツトムの脳裏を走った。

 オレは、いつかどこかでこれを一度経験してる。

 デジャヴなんてもんじゃなくって、絶対に、確実に、この景色を、オレは見たことがある。

 ツトムはふらふらと吸い寄せられるようにレジカウンターへ向かい、目を白黒させているミズノの前に立った。そして自分でもびっくりするぐらいスムーズに、ずっとあたためていたセリフを口にすることができた。

「……あのう、さ…探してる映画があるんですけどっ!」


 ミズノは驚いたように目を瞬かせていたが、小首を傾げてツトムに尋ねた。

「……どんな映画ですか?」

 ツトムはいま自分が何をいうべきか、瞬時に理解できた。ツトムはあらかじめ決められた脚本のセリフを言うように、そのことばを口にした。

「あのっ、えっと、ふたりの男女が、映画館で深夜のレイトショーを観てるんです。客はそのふたりだけで、そのふたりはお互いのことを知らない。そしたら上映中におおきな地震が起きる。で、外に出てみたら世界のすべてが消えてなくなっていた、っていうあらすじの映画です。そして、ふたりは、映画館で、ただひたすらに映画を観まくるんですよ。そこに蔵書されているフィルムを片っ端から全部観るんです。そして、そして……最後のフィルムを観てるとき、男は、女の手を握って、告白するんです。“好きです”って。そしたら女はこう答えるんです、えっと……」
“知ってます”
「……え?」
「女性はそこで“知ってます”って答えるんですよね」


 ミズノはビー玉みたいに澄んだ目を向けながら、小さな鈴を転がしたような綺麗な声で言った。ツトムはその返答に驚き、面食らいながらも、それらしく大げさに頷いてみせた。


「そうっ、そうですっ。その映画。アレ、ここに置いてないですか?」
「……実は、その映画、私もずっと探してるんですよ」

 ミズノの意外な返答にツトムは少々面食らった。

「え、そうなんですか?」

 ミズノはこくんと頷くと、きれいな声でつづけた。

「はい。タイトルも役者さんも覚えていないんですけれど、いつか、そんな映画を観たってことだけが、ずっと心に引っかかっていて。でもまさか、お客さんがあの映画を知ってるなんて思わなかったです。いつもいらしてくれてますよね」
「え、あっ、お、オレのこと、覚えてて、くれたんですか?」
 ツトムが驚きながら尋ねると、ミズノはちいさく、ふ、と笑って答えた。
「だってほとんど毎日来て、そのたびにたくさんビデオ借りていくんですもん。そんなの、覚えるに決まってます」
 そしてミズノは店内を眺め回しながら言った。
「……私がいうのもおかしいですけれど、いいお店ですよね、ここ」
「うん、お、オレもそう思いますっ! こんな最高のビデオ屋、ないですよっ!」
「はい、アルバイトの募集の張り紙を見てここに入ったとき、本当にびっくりしました。これまで名前しか見たことないような映画がたくさん、あるんですもん」
「そっ、そう! そうなんですっ! 宝の山ですよっ、こんな品揃えの店、なかなかないですよ!」


 ミズノがじぶんと同じ気持ちを抱いているということが、ツトムにとってはたまらなく嬉しかった。そして何より、この数ヶ月、ずっと恋焦がれながら一言もことばを交わせずじまいだったミズノと、こうして普通に会話しているということがとても信じられなかった。ツトムは舞い上がるような気持ちだった。

「しかもここ、従業員は旧作なら月三十本までただで借りられるんです」
「ウワッ、う、うらやましいっ! なんてすばらしい職場だ!」
「ふふ。でも、ぜんっぜん、観きれなかったなぁ……」
「あの、えっと、じゃあその……こ、こ、このあと、お時間とか、あったりしませんか?」
「え?」
「どっか、そのう、ふぁ、ファミレスとか行って、え、映画の話、しませんか? そしたら、も、もしかしたら、思い出せるかもしれない。オレたちの探してる映画が、見つかるかもしれない」


 ミズノは驚いたようだったが、やがてくすぐったそうに笑うと、こくんと頷いた。


「……いいですよ」
 そしてミズノは懐かしそうに目を細めて言った。
「……ふふ。なんか、映画みたい」
「え、な、何がですか?」
「いま、この状況が。だって、閉店間際に最後に訪れたお客さんが、自分がずっと探してたものを、自分とおなじように探してたことがわかるんですよ。そんなの、なんか、始まりそうじゃないですか……まるで、まるで映画のオープニングみたいじゃないですか」
「たしかに、映画みたいな話ですけど……でも、本当に起こりうることだから映画になるんですよ。少なくとも、オレはそう思います」

 そしてふたりは見つめ合い、笑いあった。店内では『蛍の光』が厳かに流れ続けていた。



 THE END!!!!!!!!!!!!!!

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第1回ジャンプ恋愛小説大賞で銅賞。中華一番というヒップホップクルーで踊りつつ、ヤングラヴというソウルバンドで愛を語り、そのスキに文章を書き連ねています。 連絡→yamatsukarikimaru@gmail.com