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【理系が書いた3分小説】1.脳内文字起こし装置

「お疲れ様です。」
今日もバイトを終え、駐輪場へ向かう。
腕時計を見ると、ちょうど21:14。
なんだか、7で割れそうな時間だ。
裏口から出た僕は、さっそく自分の自転車にまたがった。

バイト先から下宿の家までは自転車で5分ぐらいで、途中に下り坂がある。
僕はいつもここを、位置エネルギーをなるべく無駄にしないように下る。
ブレーキは基本握らない。
もちろん、抵抗は最小限にするために身をかがめる。
こうして、位置エネルギーが僕をボロアパートまで運んでくれるのだ。

家に着いて、ドアを開ける。
"Hello World."
返事は帰ってこない。
いや、それどころか、僕の部屋は環境構築すらできていない。
エントロピーが高い部屋の中をかきわけ、いったん座る場所を作る。
そして、何も考えずにTwitterを開きかける。
おっと、危ない。風呂に入ろう。

僕は頭を洗うのが下手で、耳に水が入る。
耳の中がゴロゴロ言って気持ち悪い。
耳の中の水滴を出すために、耳を下にして頭を振り下ろす。
頭を自由落下と同じぐらいの速度で振り下ろしたと思うと、ピタッと止める。
これにより、水滴だけが慣性によって自由落下してくれる。
どうやらこの風呂の中でも、物理は通用するようだ。

体をキムワイプで拭く。これは嘘だ。


「ふふふ。実にくだらないね。理系大学生はこんなことを考えているのだね。」
「いえ、所長。こいつは文系学生です。」
「なにぃぃぃ?一体どういうことなんだ?」
「ですから、文系学生にこっそり脳内文字起こし装置の試作機を仕込んで、その様子を観察しているんですよ。」
脳内研究所長は困惑していた。
「この装置が完成したら、所長の素晴らしい脳内もすべて研究所内で共有できるんですよね!」
研究員たちは目を輝かせていた。

次の日、所長は改めて昨日の学生の行動記録を見てみることにした。

「お疲れ様です。」
今日もバイトを終え、駐輪場へ向かう。
腕時計を見ると、21:14。
中途半端な時間だ。
裏口から出た僕は、さっそく自分の自転車にまたがった。

バイト先から下宿の家までは自転車で5分ぐらいで、途中に下り坂がある。
僕はいつもここを、思いっきり風を切りながら下る。
ブレーキは基本握らない。
もちろん、何かあった時のためにブレーキに指を掛けてはいる。
こうして、風が僕をボロアパートまで運んでくれるのだ。

家に着いて、ドアを開ける。
「ただいまー。」
返事は帰ってこない。
いや、それどころか、僕の部屋は基本的な家具すらない。
ゴミが散らかった部屋の中をかきわけ、いったん座る場所を作る。
そして、何も考えずにインスタを開きかける。
おっと、危ない。風呂に入ろう。

僕は頭を洗うのが下手で、耳に水が入る。
耳の中がゴロゴロ言って気持ち悪い。
耳の中の水滴を出すために、耳を下にして頭を振り下ろす。
だが、何度振り下ろしても水は出てこない。
水が自然に蒸発してくれるのを待つしかない。
どうやらこの風呂の中では、どうしようもないようだ。

体をバスタオルで拭く。


ここまで見て、所長はハッとした。
昨日のくだらない文字起こしは、自分が脳内でさらに変換したものだったのだ。

その後、脳内文字起こし装置の開発は突然中止された。


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