目的の違う部屋 #はじめて借りたあの部屋

22歳。わたしにはお金がなかった。不動産屋は「この辺は1DKでも4~5万円くらいですね」と言った。「月給が10万円で、そこから税金と国民保険料を引かれます」と打ち明けたら、その人はちょっと考えて「25,000円の部屋がありますけど」と言い、「女性にはあまりオススメはしないのですが」と付け加えた。

戦後のどさくさで建ち並んだと思われる、ごちゃごちゃとした街並みにその2階建てのアパートはあった。築年数は聞かずともわかる老朽ぶりで、周囲の住宅の奥に、ひっそりと隠れるように建っていた。お風呂はなぜか2世帯にひとつ。それぞれの部屋に和式のトイレがついていた。わたしの借りた部屋は2階のいちばん奥。6畳間だったが、不思議なことに、床の間がついていた。

引越した夜、部屋を歩いていたら、下の階の人から怒鳴られた。おじさんのようだった。「こんな時間になにうろうろしているんだ!」。おまけに床を何かで突き上げられた。なんてところに引越してしまったんだ、と思った。

当然、壁も薄い。隣の人(これまたおじさん)が深夜にテレビを見ているのがわかる。わたしはこのおじさんとお風呂場をシェアしている。息を殺して、おじさんが使っていないタイミングを測る。階段も廊下もミシミシいうので、抜き足差し足だ。

ある日、気がついた。隣のおじさんがいるときには、わたしの部屋でもタバコの匂いがする。隣の部屋とは壁一枚隔ててはいるものの、柱と壁、天井と壁の間にわずかに隙間があったのだ。こちらが電気を消すと、隣のあかりがうっすら漏れてくる。もはや学生の下宿でもこういう感じのところは珍しいのではないか。

当時は本当にお金がなくて、食べ物を家にストックする余裕なんてなかった。その日の分のお弁当かインスタント物を買ってきて食べる。だから安い割り箸が100組くらい入ったビニル袋をコタツの上に置いていた。

ある夜中、カサカサ、ミシミシという音に気がついて目が覚めた。部屋の電気をつけて息を飲んだ。コタツの上に置いた割り箸の袋に大きなGが入り込んで、それをかじっている。「ひっ」と、叫び声を押し殺して、部屋を見回した。なんと、天井板の隙間から、Gがぞろぞろと部屋に入ってくるではないか。10匹はいたと思う。わたしは殺虫剤も持たず、スリッパを持って追いかける勇気もない。身の毛もよだつ地獄のひととき。

どうやってその場を切り抜けたか覚えていないが、ようやく資金ができて、引越したのは2年後だ。毎日、仕事場で辛いことが多くて、部屋でよく泣いた。明日が良いものになるかどうか、常に不安だった。

数年後、行きつけになったバーのマスターに聞いた。わたしが住んでいたあたりは、戦後「赤線」という公認の売春宿があった地域だそうだ。たった一晩か、もっと短い時間、そこで過ごす人たちのために、床の間があったのだろう。台所は、もともとはお風呂場で、そこを潰して改築したので、共同のお風呂場が外にあったと聞いた。

その部屋で、若い女性がどんな思いで過ごしていたのかと思うと、胸が詰まった。わたしとその人たちとは、全く違う目的で過ごした時間だったが、たくさん泣いて、不安だらけだったことは、きっと同じだ。彼女たちの一生がどうだったかわからないけれど、諦めきれない夢や、諦めて手放したこともたくさんあったと思う。その後、どうにかこうにか食べていけるようになったわたしは、おそらくあの部屋で暮らした、最後の女性だと思う。わたしが引越してすぐ、区画整理で、その一帯が立派なマンションに建て替わった。

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