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脳内ラブ

夢を見た。夢の中でわたしは高校生で、同級生の男の子がわたしに恋をしている。会ったことも、名前も知らないその子は、わたしのことがすごく好きだと言う。わたしは「へえ」と驚いたが、徐々にその気になっていた。しかし、考える。わたしはもう成人式より還暦の方が違い。だから、もしお付き合いをするなら、結婚を前提にお願いしたい。10代の彼はただの恋で終わっていいかもしれないが、わたしには先がない。そう考えると、どうして16歳で入学しなかったのか、と後悔していた。

学校の廊下を歩きながら彼が「今度、夏祭りに行かない?」と言った。なんというセオリー通りの展開。「いいよ。どこの?」と聞くと「長崎」と答えた。長崎?なんで?「ああ、俺の地元、長崎なんで」と言う。そうか。結婚するとなると、長崎での生活か…。いやまてよ、別に結婚すると決まっていないし、長崎に戻るとは一言も言ってないのだから、そこは今気にすることじゃない。

高校は文化祭のようだ。わたしは彼とは別に、自分一人で行動していた。廊下をいろんな人が行き交う。見た目は女子高校生だが中身は実年齢のわたしはベンチに座っていた。何かの順番を待っているのだが、リュックが重くて手提げもかさばっていて、歩きづらい。荷物の整理をしようと思って、中身をどんどん出していった。出てくるのは乾物やら缶詰やら、食料品がほとんど。一番大きなB4サイズくらいの袋には豆もやしがぎっしりと入っていた。もやし?腐らないかな。わたしが考えていると、横に座った女性が話しかけてきた。自分は助産師だという。「こういうの、わたし大っ嫌いなんですよ。若さを無駄にしてる」と、吐き捨てて出て行った。彼女は女優のもたいまさこにそっくりだった。

豆もやしの袋をまたリュックにしまって、わたしはドアを開ける。そこには同級生らしき女生徒が数人いた。わたしは「さあて、彼に連絡しなくちゃ」ともったいぶって携帯を取り出した。スマホではなく、テレビのリモコンに似ていた。「お昼もう食べた?一緒に食べない?」と送りたいのだが、どうやっても文字がうまく打てない。考えてみたら、彼の名前もメールアドレスも知らない。それでもわたしは彼ならきっと気づいてくれるし、お昼を食べていたとしても、会いにきてくれると信じていた。

そこで目が覚めた。わたしの脳内には、架空のラブラブ感だけが残り、それがなんとも言えない自信に繋がっている。わたしは誰かに好かれている。わたしを必要としてくれる人がいる。それだけで、すごく幸せだった。人間の体はよくできている、と思う。窮地に立たされても、夢の中でテンションを上げて、生きる意欲を湧かせるとは。いや、そういうものを求めているから、そんな夢を見るのか?

わたしはまた目を閉じた。続きだ。彼は「あ、ごめん、もう食べてしまったよ」と返事をよこした。それだけ?あれ?そうなの?そうか。期待しすぎか。わたしはその場から立ち上がり、豆もやしのぎっしり詰まったリュックを背負った。バス停でバスを待つ。これを早く持ち帰らねば。ふふふ。でも、なんとなくよかったな。夢とは言いながら、誰かに好かれているのは気分がいいものだ。と、夢の中で考えていた。

目が覚めたら部屋は静かで、隣でムスメがスースー寝息を立てていた。


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