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とうもころし

オットはとうもろこしが大好きだ。今頃の季節になると「そろそろ阿蘇に食べに行こうかな」と言い始める。阿蘇山をドライブすると、ところどころにとうもろこし売りの露店が出ていて、若くてキラキラした女性がニコニコしながら手を振っている。目が合うと、自分に手を振ってくれているのだから車を止めて買わなければならない、という錯覚に陥るらしい。オットは車好きだから、若い頃からよくドライブに出かけたそうだが、わたしは行ったことがなかった。

ムスメがまだ2歳にもならない頃、一度だけ連れて行ってもらったことがある。カーブを曲がるごとに、ミニスカートの髪の長いスラッとした女性をはじめ、とにかく「かわいい」とか「きれいな」人たちが手を振っているのだ。「どこで買うの?」わたしはどこでもいいじゃないか、と思っていた。オットは「ここでは買わない」と言った。運転しながら食べるわけにも行かないし、道端では落ち着いて食べられない、というのだ。

草千里に到着した。阿蘇山観光をする人は、たいてい立ち寄る場所だ。お土産センターの一角にある露店で、黙々ととうもろこしを焼いているおじさんが目に入った。オットはムスメの手を引いてそこまで行き、「食べるか?」と聞いた。ムスメは「?」という顔をしたが、わたしが「きっと食べるよ」と言うとオットは「2本ください」とお金を出した。

ムスメにハイと渡すと、やはり「?」という顔をした。「ここをあむあむしてごらん」一口かじると夢中になって食べ始めたので、その様子をオットはせっせと写真に撮った。「おいしい?」と聞くと「うん。これなに」とムスメが聞いた。「とうもろこしだよ」と教えてやると「とうもころし?」「いや、とうもろこしだよ」「とうもころ…?」「いや、と う も ろ こ し」「と う も こ ろ し」何度言ってもダメだったが、ムスメはとうもろこしが大好物になった。

ちなみにこの時、オットは2本しか買わなかった。1本は自分が食べ、もう1本はムスメに渡した。わたしの分はないのですか、と言ったら、ムスメが1本食べ切るわけがないだろうと言った。ところが意外にもムスメはペロリと食べてしまい、わたしには不器用に噛み残したボロボロのとうもろこしが渡された。まあそれでも食べられる部分はあったので、わたしは「おいしいね」と食べた。オットも気の毒に思ったのか、自分の食べかけのとうもろこしをハイと渡してくれたので、それを一口か二口かじって返した。あ〜、もう少し食べたかったな、と思ったけれど、たらふく食べるよりも、あともう少し食べたかったなと思うくらいの方がいいのだと自分に言い聞かせた。

その後、毎年、とうもろこしの出回るシーズンには、必ず毎週のように買って、蒸したり茹でたり焼いたりして、醤油をかけたり塩を振ったりBBQでは焼肉のタレを塗ってみたりして、楽しんだ。家では、一本丸ごとではなく、3〜4切れに切ってから出す。3本あれば9〜12切れのとうもろこしが皿に盛られるわけだ。最初の一切れずつを自分の皿に取る。しかしわたしが次を食べようと思った時には、ムスメもオットももうずいぶん食べ進んでいて、わたしがふた切れ目に手を出す頃には、彼らは3つも4つも食べ終わっている。

早食い競争でもやっているつもりなのか。それともわたしがとうもろこしをあまり好きではないと思っていて、あなたの分も食べてあげますよ、みたいな気持ちなのだろうか。

食べ物の恨みは怖いと言うが、わたしはとうもろこしを一人で一本食べ切る日まで、このモヤモヤを抱えて生きていくのだろうか。

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