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選択の余地

 
 眠いなあと席でぼんやりしていた午後、協力会社の人が訪ねてきた。

 その方は昨年比較的稀な種類のガンになり、しばらく療養していた。幸いにも手術はうまくいったようで、今は前と同じ職場に戻っている。表向きは手術前と変わらない笑顔で働いているが、実際には心中穏やかならざるものがあったに違いない。病状から受けている処置から副作用から、結構あからさまにしていたので、それだけを見てとんでもない女傑だと思っていた人もいるかもしれない。しかし中身は乙女そのもののピュアな方だ。何故そう思うかといえば、私も似たようなところのある人間だからだ。とはいえ私は乙女でもピュアでもないんだけれども。

 そのご両親が、この度ネコを飼うことにしたという。聞くと最近長年飼っていた犬が死んだらしい。ご両親も高齢なのでなるべく世話に手間が掛からず、そして何より散歩がいらない動物がいい。その時点で犬を再び飼うことはなしだ。そしてフェレットでもイグアナでもアナコンダでもなく、順当にネコを手に入れるということに落ち着いたらしい。

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 ネコが欲しいという時、まずどこに行くだろうか。ペットショップ。まあそれは普通にあり得る。しかしどんな種類にせよ決して安いものではない。しかもその流通の背景を調べたりするとげんなりする人もいるかもしれない。ブリーダーさん。これも有力だ。現にウチの場合、どうしてもメインクーンを一生に一度飼ってみたかったので、専門に繁殖させている人を探して譲っていただいた。特定の種類のネコが欲しい場合にはまずこれだろう。もっともブリーダーさん探しにも「目」が必要なことは、ペットショップの場合と変らない。

 しかしそれらと同じくらい、実は身近にネコを手に入れられるところがある。それは保護猫をもらってくることだ。

 動物病院に行くと、診療日のカレンダーやワクチン接種のお知らせなどと一緒に、保護猫の譲渡会のお知らせが貼られていたりする。あるいは市井の篤志家の方などが野良猫の保護や里親探しを行っていることもある。勿論行政絡みの施設で保護されている場合もあるだろう。いずれにせよ、野放しになったネコを保護して、それを希望者に譲渡するシステムは各地にある。それを利用して入手するのだ。

 ウチのもう一匹の茶トラも、福岡のほぼボランティアで野良猫を保護している方から譲り受けたものだ。こちらとしては最低限の検査を済ませた和ネコが手に入り、且つ行き場のない動物を少しでも救うこともできる。血統書付きじゃないと持病がーとか性格がーとか、そういうこともない。果して茶トラは今や毎日私の膝に乗って眠る典型的な日本猫として立派に成長した。

 協力会社の方のご両親も同じような考えだったらしい。しかしその後の展開が我々の場合と違った。私たちは個人の方から茶トラを1匹譲っていただいただけだったのだが、ご両親とその方は保護センター的なところに出向かれたのだった。

 「ああ、それは……難しいでしょう」
 「そうなんですよ!わかってもらえますか!」

 彼女は目を見開いて大きくうなずいた。

 「選べないですよね」
 「そうなんですよ!この黒白は良くてあのサバトラは違うとか……」
 「言えないですよね」
 「言えないんですよ!何故そんな風に区別できるの?って」
 「そういうことじゃないんですけどね」
 「ないんですけどね……」

 これは動物を保護している施設を訪れた際の最大の試練だ。目の前にいるのはネコでありながら、最早ネコではない。「命」そのものだ。なのでたとえ自分は黒猫が欲しかったとしても、じゃああの茶トラやこのキジトラはこのままでいいのか?ということになる。「全部まとめてウチにおいでっ」と言いたくなるが、そんなことをしたら今度はこちらが保護される番だ。それに保護施設は全国に、そして世界中に無数にある。それらに収容されている動物を「全部」引き取ることができるのか?

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 結局自分たちができることといえば、自分たちの枠に収まったネコはしっかり世話をして、且つそのような活動を続けている施設や団体を微力ながら支援するくらいかと思う。我々と同じく命を授かった動物たちが、少しでも苦しみのない一生を送ることを願うばかりだ。

 なんてことを考えていると、やっぱり私は単純な人間だなと思う。乙女でもピュアでもないんだけれども。

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