喜びは2倍、悲しみは半分
人と話をするときに、「喜びは2倍に、悲しみは半分になる」とよく耳にします。
思春期真っ只中、中高生の私はそれをずっと否定して過ごしていました。
悲しみが半分になるわけないでしょう。自分の悲しみを他人にも押し付けているだけだよ。と。
だから、中高生の私は、誰にも弱音を吐かずに過ごしてきたなあとしみじみ感じます。
負けず嫌いの性格もあって、頼られるのはともかく、人に頼ることを悪としていたなあと。
未熟な私よ、そんなことなかったよ。
本当に苦しいとか、悲しい気持ちは人に話したら軽くなったよ。
案外、他人の悲しみはそんなに自分にはのしかからない。
大丈夫、出していいよ。結局、人は一人では生きられない。
たくさんの人に支えられて生きているのよ。
大学4年生になり進路や教育実習で心がずたずたになった時、
夜中に友達にLINEをしました。
私の異変に気付いた友達は、「今すぐ会おう」と車を走らせて会いに来てくれました。
その時に今不安なこと、しんどいことをとにかくすべて吐き出しました。
とても心が軽くなったのを今でも覚えています。
ああこれが、「悲しみは半分になる」ってことなのね。
私は1/1の悲しみを人に話したら、その人にも1/1を背負わせてしまうと勘違いしていました。
私自身が感情移入して他人の1/1を背負っていたからかもしれません。
そんなにしょいこまなくてもいいのにね。
あの瞬間を境に、弱音も吐けるようになりました。
それでも、私はのび太君のように、
『人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人』に
なりたいなとしみじみ思います。
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