ちっぽけな小説を作ってみた。

水中、それは苦しい 「農業、校長、そして手品」

この曲を何回も聞くうちに、歌詞からのいんすぴれえしょんで、お話を作る事ができた。

自分の為に作った。

なんだか女女した話になってしまったけど、時間を潰せる事ができて楽しかった。

素敵な歌詞とメロディーをありがとう。水中、それは苦しい 凄いなあ。

================================

『農業、校長、そして手品。』


朝。

男子大学生が病室に突っ立っている。彼と仲の悪かったお父さんが死にそうだ。
主治医は愛犬が事故で死んだという一報を先程知った。そのせいか、患者への注視が少し足りない。

程なくして、男子大学生のお父さんは魔法のように全部が消えた。
音が小さくなって、空っぽになった。息子は、他人に教えてもらいながら、形式的に死を認め合う確認作業に徹した。どうもピンとこなくて、1人になったタイミングで涙が絶え間なくポロポロ落ちてきた。
2年前から不倫相手になりさがったナースは、患者の死より、愛する医師の靴下に可愛いウルトラマンの刺繍があることがストレスで仕方なかった。「何よあのダサい靴下。」

そんな看護師とかつて援交していたロリコン校長先生は、昨年天下りで専門学校の校長先生になれた。歴史を中学校で教えていた彼にとって英語で卒業式のスピーチをしなければならないことは不可能に近い様で、とても焦っている。


あなたのことは一生許さない、とずっと旦那に心で話しかけるおばさんは、朝からお菓子を貪っている。ワイドショーを見たり近所の目を気にするそのおばさんは校長先生の奥さんで、3階で学校の支度をする長男の希死念慮には気づかない。彼は部活の顧問にパワハラを受けている。


近所のイチゴ農家では今日も朝からランナー取りが忙しい。最近育成不良が目立つ。
積み立てのイチゴはパック詰めされたもののさばき先がなくて、仕方なく儲けにならないスーパーに運ばれた。
初めてのバイトで初めての配達を経験する元引きこもりの少年。

スーパーの店長は昨晩婚約者と致したからか機嫌がいい。鼻歌まじりに揚げ物を揚げる。
吃音の惣菜部リーダーはそれが気に食わない。運び込まれたいちごは白いところが所々あって全く美味しそうじゃない。

スーパーが開くと同時にポイント券回収日だと張り切り入ってくる異臭漂うおばあさん。
引いてくる小ぶりのキャリーカート内は雑多としていて、とても汚い。吃音の彼は無言で接客を済ませた。
そのおばあさんにはとても若いお嫁さんが最近出来た。彼女は、お姑さんが大嫌いだ。
大量に冷蔵庫に並ぶヨーグルトをみて怒り狂う。娘は乳製品が合わない体質だ。
それを訴えられても旦那は何も出来ない。
嫁の連れ子の高校生は今日も遅刻して学校に向かう。気怠くペダルを漕ぐのが彼とって一番クールな自分の演出である。帰宅部の彼の目には朝練をする友人らがとても滑稽に映る。

聞いてもいない姑の愚痴が丁寧に書き込まれた連絡帳を読む保育園の先生は、手を止めて昨晩のSMプレイでついた胸元の縄跡を愛おしそうに覗き、熱いため息を一つついた。

彼女の園児たちが遊ぶ隣接した公園のベンチでは、座下駄を履いたロン毛の男が座っている。
そういえば息子にそろそろ入学祝いを送らなければ。
マスクをしない彼を園児たちは非難し始めた。彼の持論は園児には伝わらない。不審者に警戒した先生は、慌てて連絡帳を投げ捨てて公園の園児たちの方へ駆け寄ってきた。心配は杞憂に終わりホッとする。と同時になんだかあの男にムラムラする。が、別の男で事足りると思い直す。




夕方。

下手な英語のせいで立場がなくなった校長のスピーチに顔をしかめ、ようやく卒業式が終わった専門学生は、その足で大学生の彼氏の家に寄った。中絶費用の回収を詰め寄る。
淡々と金額を確認し手渡す彼。この男にとって中絶は殺人ではなかった。父親の死、そんなもの知るか。

ティッシュにくるんで捨てるのと何が違うの?

何か白いフラッシュが彼女の眼底で焚かれた。続いて冷たい何かが両手の甲とみぞおちの少し上辺り奥の方にきんっと鳴った。
おめでとうの文字が挟まれた小さい花束を自販機横のゴミ箱に捨てた彼女は真っ直ぐ、遠くに向かって足速に消えていった。吃音の彼はカートを片付けながら、花を棄てた瞬間の彼女の表情を目撃していた。


変なおばあさんがゴミ箱から花束を拾って帰る。
花束を渡された息子はまた怒られちゃうよ、と肩を落とす。
今日はもう最後なんだから今晩はみんなで焼肉を食べに行こう、離婚届を脇に挟んで彼は言う。



夜。

いちご農家のビニールハウスでは、元引きこもりの彼が今朝世話をしたレーンのいちごがみるみるとまあるく大きく真っ赤に育っていた。
彼はいちごを育てる才能に長けていたのだ。


公園では保育園の先生が露出プレイを楽しんでいた。
彼女の肩にいちご農家からやってきたミツバチが止まり、驚いて騒ぐ。
彼女の”先生”は、騒ぐと余計に刺されるぞ、と彼女を蜂から庇うように腕を振りその場を移動した。


蜂は、彼女に自慢の苺の花粉をプレゼントしたかっただけだった。変態の彼女に惚れ込んでいたのである。


偶然にも遊具の中から一部始終を覗いていた下駄の男にはそれが分かった。そしてそれをSNSに呟いたのだが、そんな彼のタイムラインは今日昼間に近所の高校の屋上から飛び降りて死亡した男子高校生の話題で持ちきりで、誰の目にもとまらぬまま、言葉の海の奥底に沈んでいった。


売れ残ったいちごは夜には色づき、でもやはり味は悪かった。
雇われ店長は婚約者と一緒に洗ったいちごをつまんでいる。

モルディブなんて良いかもね。
いつになることやら。

顔も合わせずにたわいのない会話がぽつぽつ進む。

これ味ないね。
でもよく食べるね。
なんか体調悪くってさ。
大丈夫?
うーーん………………………...平気。



夜のナースステーションで看護師は、今朝の靴下の不満を医師にぶつけた。笑って流した医師の頭は亡くなった愛犬のことでいっぱいだ。
もう三日も家に帰っていない。こんな日ぐらいは早く帰りたい。

別の階では泣き叫ぶ母親と、胸に花をさしたままの校長が呆然と立っていて、長男は台の上に硬く横たわっていた。





翌朝のいちごは、素晴らしかった。
昨日の質と比べ物にならないものがパック詰めされた。
元引きこもりは早々に自分の手柄と気づいたが、周りが気づくにはまだあと3日かかる。

そのいちごはスーパーではなくケーキ屋さんに運ばれた。
おめでとう、と書かれたチョコプレートを早朝から準備し続けている術後二日目の彼女はこんなバイトに何を思っているのだろう。
おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめでとう、おめで...

とすん、と元引きこもりが彼女の脇に苺の入ったカゴを3段積み置く。
店長がいちごの箱に駆け寄る。
わあ素敵な苺が来ましたね。
今日は…全体的に少し大振りのものしか取れなくて….ノジマさんがすみませんとのことです…..。

彼女はこの会話に入る気が一切ない。

でもちょっとこの苺は大きすぎね。
今日は半分にカットして使おうかしら。
誰かやってくれる?

彼女はいち早く名乗り出てその役を得る事ができた。

彼女といちご作りの天才がお互いを少し意識するにはまだあと5日かかる。





蜂はこの日、天命を全うし、遂に命が尽きることになっていた。

然しどうも人間たちのあれこれが面白かったので、ふと目に留まった赤毛の柴犬に続きを観察しておいてはくれないか、と頼みこんだ。

柴犬は、一度は断ったものの蜂が執拗に頭を下げてくるので最後は折れて引き受けることにした。
「こんなあれこれを面白がって、悪趣味な奴め」
そういう柴犬も書き留める人間のあれこれは時間潰しにもってこいだった。
飼い主の片方に疎まれ、もう片方に愛された柴犬。
「やれやれ、最期に仕事が見つかるなんて。僕だってもうそんなに長くは無いんだぞ。蜂に比べりゃそりゃあ長いだろうけども。」
人気の無い空き家の中庭に無理やり繋がれたボロボロの柴犬は、空腹で意識が朦朧としながらも、その命が尽きるまでその町の人間のあれこれを書き留め続けた。


その書物は、人間の体では書き込むことも読むことも出来ないが、次の世界に言ってしまえばそれが可能ならしい。

蜂は、次の世界で柴犬に沢山お礼をするつもりだ。
柴犬は、全くそんなこと期待していない様だけれど。

==================================



終わりぃ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?