リハビリつれづれ 13

 本日の臨床業務を無事に終えて、疲労が蓄積している脳みそを叩き起こしながらカルテを書いているところに、 “お疲れ様ですー!”と顔を出したのは、言語聴覚士の町田恵美さんである。
 町田さんは臨床十年以上のベテランである。横浜緑野総合病院には言語聴覚士(ST)は二人いるのだが、一人が現在産休でお休みをとっているため、この病院のST業務を実質一人で行っているというとんでもないお方である。
 STは主に飲み込みや、コミュニケーションの障害を有する人に対して介入を行うリハ職である。PTやOTと比べて新しい資格で、第一回国家試験が実施されたのは1999年のことである。そのため、PTの約19万人(2021年現在、※23)、OTの約6.2万人(2020年3月現在、※24)と比べてSTの有資格者数は約3.6万人(2021年現在、※25)と少ないリハ職である。
「町田さん、お疲れ様です。今お時間大丈夫ですか?」
「お疲れー!どしたー?」
「山田さんの嚥下ってどうですか?」
「山田さんねー。やっぱりとろみつけた方がいいかなー。もう何回か誤嚥性肺炎で入院してるしね。看護師さんにもご家族が来た時にとろみを付けるようにお願いはしたけど、ご本人の認知機能と、奥様も高齢であるからどうかなーって感じかな。娘さんがいるうちは大丈夫だと思うんだけどね。」
 とろみをつけるとは、普段飲んでいるお水にとろみ剤を混ぜてとろみを付けることで、呑み込みの時に気管に入らないよう、いわゆる誤嚥をしないようにすることである。ただ、言語聴覚士の方が“とろみが必要”と判断したとしても、それが実際に家庭で実施できるかは、ご本人の意識や家族の介助量に依存する。言語聴覚士の人々も、頭を抱えながら肺炎にならないようにととろみをつけるように指導をしたのに、退院後蓋を開けてみたらとろみがついていなかったというのは寂しい話であろう。これは理学療法士も同じことであり、その人にとって続けられるように運動を指導する必要がある。
「なるほど。ちなみに山田さんの嚥下機能の低下って何が原因なんですか?」
「山田さんの場合は全身やせ細っちゃってるからね。サルコペニアの患者さんだよね。飲み込みの筋肉も相当萎縮しているんだと思うよ。機能改善させようと思ったら栄養をしっかり取って、長い期間で嚥下訓練する必要があるかな。でも、病院の機能上そんなに長くは入院できないから現実的に帰るにはやっぱりとろみかな。難しいよねー。」
「そうなんですね。ありがとうございます。」
「ほーい。山田さんとてもいい人よね。毎回名言を教えてくれるし。」
「私もいろいろ教えていただいています。”雨ニモマケズ”は暗記できそうです。」
「“日照りの時は涙を流し”ってやつでしょ?山田さん“雨ニモマケズ”好きよね。話を聞くと山田さん岩手県の出身で宮沢賢治も岩手県出身なんだって。定年してからそのことを知って宮沢賢治に興味を持ったんだって。」
「へえー、そうだったんですね。知らなかった。」
「山田さんのリハの時は少しほっこりしちゃう。忙しいときの安らぎって感じ。」
「やっぱりSTさん一人は大変ですか?」
「大変なんてもんじゃないよ。いまST一人だから回ってないわよ。漕ぎ人が少なくなった船を同じスピードで漕げなんて言われたってできないことはできないでしょ?まあ、そんなこと言ったって患者さんが減るわけじゃないからね。もう一人くらいST欲しいよね。」
「あれ、うちの病院求人出してるんですよね?」
「出してる出してる。でも全然来ないんだって。」
「それはつらいですね。」
「つらいよー。仕事量もそうだけどね、一人で働くって相談や愚痴も言えないし意外と大変なのよ。」
 職場の人間関係というものは気を遣わなければいけない部分もあるが、同じ資格を持った人が誰もいないというのも不安を抱えるのでだろう。
「町田さんは一人じゃありません。ここの職場はリハスタッフがたくさんいます。」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。ありがと。そしたら中原君は患者さんの嚥下の姿勢しっかり評価できるようになってね。」
「分かりました。勉強します。」
「お疲れ!今日は早く帰りなよー!」
「お疲れ様です。」
 その後私は今日のカルテをなんとか書き終え、余った缶コーヒーを一気飲みしてリハ室を後にした。病院を出るとちょうど救急車が入ってくるところであった。私は救急車を横目にみながら帰路に就いた。

※23 統計情報|協会の取り組み|公益社団法人 日本理学療法士協会 (japanpt.or.jp)
https://www.japanpt.or.jp/activity/data/ 参考
※24 一般社団法人日本作業療法士協会:2019年度日本作業療法士協会会員統計資料
https://www.jaot.or.jp/files/page/jimukyoku/kaiintoukei2019.pdf 参考
※25 会員動向 | 日本言語聴覚士協会について | 一般社団法人 日本言語聴覚士協会 (japanslht.or.jp)  https://www.japanslht.or.jp/about/trend.html 参考

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