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弱小野球部哀歌。#4

↑↑↑前回のお話↑↑↑

 前回最後の方でしれっと入部届にサインしたことを書いたけど、そこまでにも話がちゃんとあったのを思い出したから書いてみる。


 あの日、心神喪失状態のままホイホイと野球部員について行ってしまった私。遥か昔、知らない人にはついて行ってはいけないと親から教育を受けていたにもかかわらず、だ。

 心が弱っている時こそ警戒を怠ってはいけない。これは後の人生の教訓となったが、この時点では時すでに遅しと言わざるを得なかった。恐ろしいことに気が付いたら仮入部期間が始まっていた。今となっては記憶が殆ど無い。
 仮入部の活動は至ってシンプルで、学校指定のジャージを着用したままの体力作り。ランニングとストレッチがメインでグラウンドにも顔を出さないため和気藹々としている。
 下級生担当として先輩が2~3人が現場監督に付いているが、厳しさは特に感じられず気さくに話してくれる。絶賛傷心中の私は先輩に問うてみた。

 「先輩、野球部ってモテるんですか?」

 「人によると思うが結構モテる部分はあると思うで」

 今思えばこんな他愛ない話一つ、どうして鵜吞みにしたんだろうか。傷心で頭がおかしくなっていたとしか思えない。ちなみにこの先輩にはその後も浮いた話はなく、モテない部分の方だったのは言うまでもない。どうしてこんなに自信をもって受け答えしたのか今でも問い詰めたい。


 仮入部期間、同級生は15人くらい居たと思う。中でもクラスが一緒だったのが2人いた。カツとカズだ。授業が終われば声を掛け合う。

 「部活行こうぜ」

 「おう」

 ぶっちゃけこの程度のやり取りで救われていた。なんせ私はこの高校に友達がいない。およそ友達と呼べる代物と言えば百歩譲ってライトノベルくらいだ。授業で教科書を読み、休憩時間にラノベを読み、帰ったら漫画を読む。そんな生活の私が他人と接する機会はここしかない。小中学生時代との落差に落ち込むこともあるくらいだった。


 仮入部期間も終わりに近づいたころ、正式な入部届が配られた。あと入部に必要な物のリスト。平たく言えば野球道具の内容だ。スクールカラーで統一しなければならないから黒のアンダーシャツとオーバーソックスでないといけないとか、なるべく急ぎで硬式用グラブの用意、などがつらつらと書いてある。なるほど、これらを用意しなければならないのか。
 また同時に入部するにあたっての最重要事項が伝えられる。髪型は坊主頭。繰り返す、髪型は坊主頭。

 数日後、カツとヒロを連れて街中に出る。こいつら同じ中学らしい。特段仲が良かったわけではなく、中心街に一番近い私が案内をさせられただけなのだがなんとなく胸は躍っていた。いつだって新しいことを始める準備は楽しいものだ。

 アンダーシャツを買うときに少々会議が始まった。新作に手を出すかどうか、だ。ちょうど我々が高校の頃にミズノのバイオギアやアンダーアーマーが一般に普及し始めた頃で、その店では新作のバイオギアが買えたのだ。
 これらが普通のアンダーシャツと何が違うかというと、とにかく体に密着する。厚手のタイツを着るような感覚で、従来のアンダーシャツより圧倒的に動きやすい。背筋が伸びるような状態で肌にピタッと吸い付く。

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 ↑↑こんな感じ。

 従来のものは普通のシャツに通気性の良さが加わった程度のもので、手首や肘など関節周りがダブつく。冬場はいいのだが夏場はストレスがすごい。汗で濡れた部分が張り付いたり離れたりとても気になる。

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↑↑こんな感じ。


 ちょっとした話し合いの末、まぁ両方いくつか買っておこうという安パイに落ち着いた。「まぁええじゃん、新しいのいっぱい買ったら」などと言い切る私に対し、一時のテンションで新しいものに全てを委ねるのは良くないというカツの判断だった。こいつクレバーだな、と思った。


 さらに数日、入部前夜。高価なグラブを除いた必需品を揃えて、後は入部するだけの所まで来た。いや、訂正しよう。毛を刈らねばならぬのであと一歩だ。
 別に髪型にこだわるわけではないが刈り取ってしまうにはなんとなく惜しい。そんな気持ちを振り払うように1000円札を一枚握りしめ最寄りの駅前へ。

 「どんな感じにしましょう」

 「野球部入るんで3mⅿの坊主で!一思いにやってください!」


 真ん中から刈られた。

 人生初の逆モヒカンに笑いが止まらなくなった。”これが……私?”って心の中でよくわからない問答をしていた。わかっていたけど気が動転していたんだと思う。それもそのはず、鏡の向こうの私は三島平八みたいな髪型になっているのだから。
 副産物的なものだが、失恋したら髪を切る人の気持ちが少しわかった気がする。まぁ、気がするだけで、私失恋する機会も与えられてない不戦敗なんですけどね。もう忘れようね。


 入部の準備が整ってしまって迎えた当日。入部届を持参した上でミーティングに参加となった。部屋に入るなり最上級生の視線が刺さる。無言の圧がすごいし空気が重い。いつも気さくだった先輩達も一切表情が無い。何もしていないのに一年坊主どもにとっては初日から針の筵である。
 居心地の悪さに耐えながら数分。監督が入室する。その瞬間一斉に先輩が立ちあがり挨拶を始めた。一瞬遅れて我々もそれに倣う。あれ、ここ軍隊か何か?

 入部届を回収されただけなのに、何かヤバい契約書を握られたような気持ちになった。早くも後悔の念が押し寄せる。
 名前、出身中学、希望ポジションと一言挨拶を済ませ、正式に野球部員となった。そして、優しい先輩がほぼ全員消えた。

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 客から奴隷に格上げ(?)された我々だったが、解放されてから気が付いたことがある。そもそも一年生同士で入室に若干のタイムラグがあったため、気付きようも無かったと言えばそれまでなのだが、15人いた仮入部員が既に10人になっていた。5人消えた。1/3の純情な感情が空回って入部の一言が言えないでいるんだね、まぁいぃ…………はぁぁぁぁああああ????


 こうして人生で一番鮮やかな灰色の三年間が始まった。(当然だけど)翌日以降も消えた者たちは戻って来なかった。

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