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2023年3月11日

みなさん、2023年の3.11はいかがお過ごしだったでしょうか

『12年前も今日くらい暖かかったらどれほど良かっただろう』
どこか悔しく、胸が痛くなるそんな1日の始まりでした。

今年は神戸で3.11を迎えました。
東北には行けなかったけど、神戸から祈りを捧げる経験もまた
私に新しい気づきを与えてくれました。

高校の友達を誘って、
ともしびプロジェクトのブルーキャンドルを一緒に灯して、
三宮の東遊園で行われてた陸前高田との同時プロジェクトに参加しました。

神戸という町は、
今も神戸で地震という言葉に怯え、愛する人を失った悲しみで震える人や
自分の生まれた街に使命感を燃やす人たちが
遠く、遠くに住む誰かのために祈る町でした。
私も自分の居場所から出来ることを
ひとつずつできるといいな

 14:46
みんなが1日でも多く心安らかな日を過ごせるよう
神戸から祈り、黙祷を捧げました

1日1分だけでも静かな音に耳を傾ける時間を設けることが
こんなにも豊かさを生み出すんだね。
また、キャンドルともそう。

今日、福島で被災された方のお話をお伺いしました。

福島の人は、2度殺された。
一度は地震と津波に。次は人に殺されたんだ。
今でも殺され続けている。
私たちの大切な人を、街を奪った東電に責任はないと最高裁がそう言った。
私は「鎮魂」や「安らかに」という言葉ではなく「怒り」としてこれからも向き合っていく。
私たちが怒るから、あなたの代わりに伝え続けるから、と。

12年前の経験は、どんなに時が経っても安らかになんてできない。
今も傷癒えない日々を過ごしてる方がいる。
今も家に帰れず、心休まる場所を思い続ける人がいる。
なのに、どこにもぶつけられず、法にも社会にもこの思いを否定される。
どれほど苦しく、光見えない日々だろう。
味方をしてくれる人は、遠くにいってしまった。
私は、その感情を真に理解することなんてできない。
想像することもできない、共感なんて烏滸がましい。

でも、だけど、

今、苦しみに耐えながら生きる人たちが
少しでも心安らぐような社会にしていけるのは
私で、他の誰でもない。
何が正しいかわからないなら、ジャッジできるまで知るべき。
もっともっと、知らなきゃいけないことがある。

1人でも多くの人と、もっと自分の世界を広げ、
自分だけでない誰かを思い、発信していける人になれたらいいな。
きっとそれが、自分の力にもなるから。

ここから先、震災を知らない世代がどこまで学べるんだろう。
そしてきっとまた、誰かの傷が増える時がきっとくる。
その時、また同じことを繰り返すのかな。
どこまでいっても安全なんてことなくて、
明日生きてる確証なんてない。

だから
今の苦しみを取り除く社会が必要だと思う。
3月11日は、過去を思い返し、今を見つめ、未来を語る日。

大好きなみんなが、今日も明日も暖かい布団の中で眠れますように。
おやすみなさい


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