見出し画像

第1章_#04_堀内誠一が好き

少し脱線する。今日は堀内誠一について書く。日本が誇るアートディレクター、エディトリアルデザイナー。日本の出版物にフランスの風を吹かせた最初の人。フランスと日本を語る上で欠かせない人だ。

1932年東京生まれ。1987年没(享年54歳)。1974年にパリ郊外のアントニーに移住。そこで、パリ在住日本人向けミニコミ誌『イリフネ・デフネ』(日本在住日本人でもフランス好きなら知らぬ者はいないあの『OVNI』の前身)の創刊に携わる。パリ在住中も、82年の帰国後も、日本とパリを行ったり来たりしながら、素敵な雑誌や絵本をたくさん作った。(氏の詳細な経歴は端折る。ご興味ある方はお手数ながら各自でお調べ頂きたい。)

そしてこの『イリフネ・デフネ』を単行本化した『いりふねパリガイド』(草思社刊)に出会い、絵の素晴らしさ(というか凄さ)、視点やアイデアのユニークさ、文章の面白さ、情報誌としてのクオリティーの高さ、気取りのない洒脱さ等々に一目惚れしたのが20代の頃。初めて堀内誠一なる人物を知るのだが、その頃はもうエディトリアル界・グラフィック界ではレジェンド級の有名人だったこともその時知った。後付けで、平凡出版~マガジンハウス社の超人気雑誌『anan』『POPEYE』『BRUTUS』『Olive』などのロゴも氏の手によるものだと知り、えらく感動したものだ。

『anan』という雑誌は今では何やら芸能雑誌みたくなっているけれど(あくまで表紙から受ける印象で、もうここ10数年ページをめくっていないので実は内容はよく知らない)、もともとは1970年に「新しい女性のライフスタイルマガジン」として創刊され、90年代の途中くらいまでは間違いなく「日本を代表するファッションマガジン」という位置づけだった。氏がアートディレクションと編集に関わったこの雑誌、最初は『ELLE』のライセンスマガジンとして『anan ELLE JAPON(アンアン エルジャポン)』として創刊された。パンダのロゴの由来は分からないが、いま見ると改めてパンダ人気に沸く70年代の時代感に胸がときめく。

上のイラストは創刊当時の表紙を模写したもの。

一番左が創刊号。当時の日本の「女性誌(この呼称も今の時代はアウトかもしれないが)」の表紙というのは、判で押したように、お人形さんみたいなフェミニンな美女・オーダーメイドのやや古風な衣裳・こってりお化粧・にっこり笑顔...みたいなのばかりだった。しかしこれはどうだ。美人か不美人か判別しづらい顔立ちのモデル、シンプルだがモードなスタイリングとメイク、文句でも言いたげにこちらに強い目線を向けている。そう、新しい美意識。

真ん中のは6号目の表紙。一番好きな表紙。黒と白のスタイリングが秀逸。いま表紙から抜け出てそこら辺を歩いてもたぶん格好いい。いつもは誌面右上くらいに鎮座しているパンダが、この号では袖のところにアップリケになってくっついている。なんという愛らしいアイデア!

一番右は、私の大好きなセルジュ・ゲンスブールと当時のパートナー、ジェーン・バーキンが表紙を飾る号。ネットの写真を資料にしたから文字が不鮮明で発行年が分からないが、71年の来日の頃だろうか。

創刊当時、私はまだ小1くらい。リアルタイムの記憶はない。ずーっと後にデザインやアートに興味を持つようになって時おり古本屋や喫茶店なんかでバックナンバーに出会い、遅まきながらその美しさ格好良さに気づく。誌名とほんの少しの必要な情報以外、ほとんど文字がない。本当にきれい。

さて、堀内誠一が移住前に初めて渡仏したのは1960年のこと。雑誌「ku:nel」(マガジンハウス発行)2006年1月1日号のパリ特集の巻頭に素敵なエッセイが掲載されている:
『東京から予約してあったホテルは四つ星。当時は円の持ち出しが制限されていたからずっとは泊まれない。安ホテルに移るまでの策として、朝食で出てくるパンやバターやジャムで昼の弁当を作って1食浮かそうと、威厳あふれる老ギャルソンの目をかすめてサンドイッチを作る。ひと安心して、ガイドブックに目を通し、メトロの駅へ向かっていると、「ムッシュー!ムッシュー!」と叫ぶ声がする。振り向けば件の老ギャルソン。手には置き忘れてきた弁当が。走って通りを渡って届けにきてくれたのだ。全てを理解した上で。』

ああ、素敵なエピソード!読んでいて映像が浮かぶ。こういう日々の楽しかったりシンドかったりの出来事を積み重ねて氏の引き出しの中身は豊かになっていったのだろうか。

そして、この老ギャルソンのようなフランス人の「プロ意識」と「人情」にもホロリとさせられる。そう、これがフランスなのだ。あ、こういう話はまたずっとずっと後の方に綴ることになろうから、今日はこのへんで。

次は、もう一度映画の話を。À bientôt!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?