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傲慢と善良

本を読んでいて、自分とは明らかに違う視点に度々驚かされる。「ああ、他人が見ている世界はこんなにも違うのか」と。

日常生活での他者との食い違い。思い違い。噛み合わない。あって当然なのだ。本来の意味で噛み合うことの方が、きっと稀だ。そう思って、なんだか諦めのような、救いのような気持ちが沸き起こる。

そうだとすれば、この世界で僕自身が感じること、思うこと。それが僕にとっての紛れも無い答えであり、逃れようもなく総てなのだと、強く思い知る。

そう思っていいのだ。


フィクションなのだけど、ノンフィクションにすら感じる。恋愛小説とはいえ、考えさせられることが隅々まで多い。まるで婚活や結婚、恋愛などにおいての親子関係や男女関係の有り様を覗き見ているような。

娘に過干渉な親や地方独自の狭義的な世界、公務員とフリーランス、人の根底に根付く学歴やカーストなど、生い立ちや職業に至るまで(もっと言えば名前にまで)言いたいことを伝えるために分かりやすいほど極端な設定に、「これはやはりフィクションだな」と(当たり前ながら)感じたけど、それがきちんと「ハマって」いる。

結婚や人生の岐路を「いざ」目の前にすると人は普段とこうも変わるのかといった本質を目の当たりにするようでもある。こうした文化ややりとりが現代に実際に存在しているものだとしたらなんて前時代的だろうとは思うと同時に、何度もぞっとするようでもあった。(それを当人たちが望んでいたとしても)。

ドキリとするようや台詞に思わずペンで線引きしてしまうほど(Kindleなのでマークだけど)。


至極当然のことですが、人の価値は生まれた土地や容姿や学歴職種や家族遍歴、恋愛遍歴などで決まるわけではない。まして自分の価値観を振りかざして他者をマウントする理由など微塵にも存在しない。

自分を卑下しているのは他者ではなく実は自分自身であることはないだろうか。自分の立ち位置と他者を比較して、勝手に傷付く前に自分を卑下することで予防線を引いている。そんなことすら思った。それは古くからの価値観や生まれ育った環境によって植え付けられたものかもしれない。

ただそんなものに縛られる必要は全くない。同時にそこに甘えるだけでは今以上のものは何も切り開かれない。そして、結婚に囚われず、幸せの基準は人それぞれであるだろうと。本書を読んで自分の中に湧いて来た感想。


読書し終わって毎度思うことなのですが、一冊本を読むだけで、世の中の見方がこうも変わるものなのかと、新鮮な発見をくれます。この本も例外ではありませんでした。

世代、性別、都会住み、地方住み、既婚、独身。置かれた境遇によって受け取り方は違うかもしれませんが、ミステリー要素もある作品なので、引き込まれるように読めると思います。

P.S.女って残酷で理解不能で怖ぇ。とすら思う箇所もありました。。。(鈍感男子の心のコエ。

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