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アルケミスト〜僕の星は誰にも奪えない〜#5

第五話〜電車からの窓〜

【五枚目のカード・ペンタクルのクイーン】

それは、正午を過ぎた列車の中。
僕は気になっていた本を一冊読みながら揺られていた。

風は夏の匂い。麦わら帽子を被った子供が窓を開けるとその帽子は遠い空の向こうへ飛んで行った。僕はふと、海が見たくなった。

カルサーがくれた五枚目のカードはペンタクルのクイーン。列車の中にそんなイメージの女性が座っている。お腹の大きな女性は急に一人泣き出した。どこか具合が悪いのだろうか。

本を読みながら、気になりながら、何と声を掛けるべきかを考えているうちにその女性の隣に座ったおばさんが僕よりも先に声を掛けた。子供は麦わら帽子をとられたショックで窓をガタンと閉めた。

「アラ、あなた妊婦のようネ、お腹の子がビックリするわヨ。」おばさんが差し出したハンカチを受け取った女性は救いにすがるように話し始めていく。
「悪阻が…酷くて…でも誰も助けてくれないんです。助けてって言ってるのに…。出産が上手く行くか上手に産めるか、死んじゃったらどうしようって…怖いんです。母親になる事も、産む事も、育てる事も。」「アラ、みんな初めての事は怖いよね。ワタシも怖かったヨ。でもみんなちゃんと産んでるし、育っていくわヨ。」「こんな風にどんどん体型が変わるのも…怖いです。」「そっか。でも、窓の外を見てごらん。ドンドン流れて行くでしょう。

列車に乗ったら、もう進むしかない。戻れないのよ。ワタシも、アナタも。

ワタシも戻りたいよ。でも、流れて行くの。」

時に変容(アルケミー)は強いられる。大人になりたいからなるんじゃない。周りが、世界が、時が僕らを変容(アルケミー)させる。

僕は本から視線をずらした。
もしかしたら人生は映画のワンシーンのようなものかもしれない。あの日に戻れたら、と思う事がある。でも、そんな事出来る訳もなく、僕らは移動して行く。どこが終着駅なのかも判らずに。

窓の外は真っ暗、トンネルの中。

僕らは迷っている時いつもトンネルの中にいる。そしてその時間は永遠に続くと錯覚を起こしてしまうから人は弱く、もろく、小さいのだ。この銀河系の中の一つの星の中の小さな小さな人間たちは、今日もその小さな身体一杯に悩んで、迷って、もがいていく。

窓を見ていた子供が「ワッ」と声を上げる。
列車はトンネルを抜け、海が見える。季節は夏。この季節は永遠ではないけれど、今を精一杯楽しめたらいいんだと思う。

お腹の大きな女性は海を見た。自身が大きな海になるかのように。

「今は不安で一杯でも、楽しい事もあると思うヨ。子供は可愛いからネ。」

海の匂いがした。

波は形を変えていく。僕らも形を変えていく。永遠に同じ波がないように、僕らは変わっていくのだ。

僕は本を閉じた。貰ったタロットを栞にして。

カードから、カルサーの声がした。

「シシシッ!変わりたくて変わるんじゃないヨッ!変わっちゃうんだヨッ!シシシシシッ!!!」

僕らはいつも、変わりゆく時の中で。

〜次回〜
#6「悪い男」
お楽しみに!

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