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【復職エントリ】うつ病で会社に行けなくなってから復活するまで

こんにちは!ひらやま(@rhirayamaaan)です。

さて、いきなりですが、私は、2019/08/20~2019/11/12まで休職をしていました!

これが、休職に入ったときのツイートです。
※当時は1ヶ月の診断書が出たので1ヶ月と言っていますが、延びに延びて3ヶ月になりました><
※「ストリップ」と書いてありますがこの記事では一切触れませんw ご安心くださいw

口調は明るいので、時折「どうやって休職したの!?」と言われたこともありましたが、心療内科で「抑うつ神経症」と診断され、産業医から「休職指示」が出されたために休みに入ることになりました。

もちろん「うつ病」というやつになっているので元気ではなかったですw

ただ、うつ病とは言え、仕事と距離を置き、かつ独りではない状態であれば、精神は安定している状況でした。

よく会う人に、「本当にうつ病なの!?」と言われていましたw

職場でも「ひらやまは元気だ」という噂が一部で流れていたらしいですw

うつ病は種類も様々ですし、心の病なのでいろいろなタイプの方がいらっしゃると思います。

しかし、せっかく3ヶ月間も休みましたし、しかも全く同じ職場へ復帰した身として、何か少しでも世の中の役に立てばと思い、この記事を書いてみています。

もし、ちょっとでも皆さんと、そして皆さんの周りの方の心が豊かになればいいなと思っていますので、少し長いですがお付き合いいただければと思います。

うつ病になった経緯

まずは、ひらやまがなぜうつ病になってしまったのかをお話します。

きっかけとしては7月ごろでして、不幸に不幸というのは重なるもので、自分のメンタルに負荷のかかる出来事がとても多くありました。

それをうまく自分自身で消化できないまま8月に入り、そこから頭が回らなくなって8/20に休職指示という形になりました。

しかし、もともと私は、2年半ぐらい前から仕事で悩み続けていました。

一時期は、本当に会社をやめることを考えたこともありました。
そんな中、周りの手助けもあって「やめたい」という感情を脱し、なんとかやめずにここまでやってこれました。

しかし、結局それでもずっと仕事に対するもやもやが晴れることなく、休職することになってしまいました。

私の上司や同僚は素敵な方々ばかりなので、私の話を長い時間かけてたくさん聞いていただきました。

しかし、それでも私の心は晴れることはありませんでした。
自分の成長具合に焦り、苦しみ、相談していることに申し訳なさを感じ、理解してもらえず苛立ち、それに責任を感じて悩み、、、という毎日を過ごしていました。

なぜ、こんなに苦しまなければならないのか。
なぜ、周りはあんなにも幸せそうなのか。
なぜ、自分だけがこんなにも悩まなければならないのか。

このような考えに陥り、自分の気持ちに全く折り合いがつきませんでした。

そうして、私はとうとう休職に入ってしまいました。

休職に入ったときは、「あ、休んでいいんだ…」と、少しホッとした自分がいました。

しかし、それと同時に、一時停止してしまった状況に対する焦りが入り混じり、何とも言えない感情になっていました。

とはいえ、休んでしまったものは仕方がないので、せっかくもらえたこの「休職」というステータスをいかに活用するかを考えるしかないと最終的に思えました。

私がこの3ヶ月間、「休職」という状況で、どういう気持ちで、どういう生活を送り、最後どんなことを考えているかまでお話できたらと考えています。

とにかく人と会いまくる日々

私はこの3ヶ月間、とにかく人と会うことを最大の目標として過ごしてきました。

最初は特に意識していなくて、大学の友人に話を聞いてほしいな~ぐらいのテンションでした。

地方に戻っていたり、転勤していたりと、私の友人も何名か関東外へ出ているので、東京から会いに行くなら遠出することになって旅っぽくなるし、なんか楽しそうじゃない!?みたいな軽い気持ちでした。笑

そうしたらその友人が、自分が想像していた以上に感動する話をしてくれました。
「人の話を聞いて、こんな前向きになって、頑張ろうという気持ちになれるのか…!」と思わされたのです。

これをきっかけに、「会うの緊張するな~」とか「断られたらどうしよう~」という気持ちを封じて、とにかく会って会って会いまくることにしました。

そんなこんなで、都内を飛び回りながら、静岡、福島、台北、大阪に行きまして、最終的には3ヶ月の間に約80名の方とご飯に行ったり、遊びに行ったりさせていただきました…!本当にありがたく思っておりますmm
(まさかこんなに多くの方と会えているとは思っておらず、本当にびっくりしていますw)

なので、人と会うことが私の休職生活のベースでした。
これだけ多くの人と会えたからこそ思えたことがたくさんあり、そこからさらに「もっとこうした方がいいな」と思えたことがたくさんあるので、それを綴っていこうと思います。

「人と話す」ことの大切さ

私がうつ病になってしまった要因として、「過労」という要因も大きく関係していました。

もちろん過労は良くないことなので肯定はしないですが、とはいいつつも、仕事内容に納得感持っている状態であれば、多少の負荷に耐えられるんだよね~という方も多いと思います。

しかし、その負荷に耐えている状態がずっと続いていると、ふと気づいたときに自分を見失ってしまうことがあります。

私が2年半の間悩み続けた理由が、この「自分を見失った」ことにあります。

私は、「自分を正直に見つめる」というのがとても苦手です。

当時、休みの日にしっかり休んでいても、自分の本質的な感情には向き合っていなかったので、精神的に休めていないという状態が多かったのだと思います。

そうこうしているうちにガタがきて、気づけば周りに置いてけぼりにされている感じがあり、その状況を打破しようとしても、もうその時にはどういうアプローチをかければいいのかさっぱりわからない状態になっていました。

そんな状態の私は、職場の人に対して「妬んだり憎んだり恨んだり」するようになり、多くの人に対して「卑屈な考え」を持ち、その卑屈な考えを持っていることに対して「自責」をし、落ち込むことによってまた周りに負の感情を向けて…というのを繰り返していました。


「視野」の拡張
これを打破するために、まずは「職場以外の人と会う」というのを心がけていました。

自分とは全く違う世界で輝いている人と出会ったり、
自分とは違う環境なのに似たような悩みを抱えている人と出会ったり、
自分と同じ悩みを乗り越えている人と出会ったり、
ただくだらない話をして笑いあえる人と出会ったり、、、

これを繰り返していくうちに、視野が広がる感覚があり、徐々に心が豊かになっていく感じがしました。

「人と会って話す」というのがここまで「自分にフィットした元気になる方法」だったとは思いもしなかったです。

この経験には本当に助けられたので、どうしてよかったと感じられたのかをお話していきます!


「ポジティブさの認知」の実践
まず、ただただ「笑う」というのは本当に重要です。

下ネタとかで爆笑するのでもいいですし、友人の惚気話で微笑むのでもいいんです。
そういうポジティブな感情が自然と表に出るように心がけるのは本当に大事だなと思いました!

心がなくなっている状態だと、いつの間にか「苦しんでいるのが標準の状態」と思いやすくなってしまいます。
ですが、「楽しい」とか「うれしい」と素直に思える感情はあるはずなんです。

このように「ポジティブな感情を認知すること」は、元気になるうえでとても重要だなと私は感じました。

ただ、もちろん、この認知することは「人と会わなくてもできる」ことです。

余談にはなりますが、私が他にポジティブな感情を認知するためにやったことは、アロマを炊く、YouTuber(特にこんびにこさん)を見る、寄席に行く、自然と触れる、というようなことをやっていたので、ぜひお試しあれ!笑


「説明」による自己理解
それ以外にも、人と話すことの良さはたくさんあります。

「誰かに話をする」というのは、「自分の考えをまとめるきっかけ」になったり、「自分では気付けなかった考えや気持ちに気づくきっかけ」になります。

基本的に私は休職している状態なので、人に会いに行くと「何があったの?」と聞いてもらえる状態にありました。
自分の状況を説明したり、今どういう風に考えているのかを説明することが多かったのです。

そうすると、自分が相手にわかりやすく説明しようとするので、自分で「なるほど~」と思うことができるのです!


「フィードバック」による自己理解
また、話をすると、相手から反応をもらえることもできます。

他者が疑問を投げかけてくれれば、自分だけでは考えられなかったことをさらに考えるきっかけになります。
他者が納得してくれれば、その考えに対して自信を持つことができ、さらに考えを昇華するきっかけになります。

こうして、他者との対話を通すことで、自分の考えをより深めるきっかけをたくさん得ることができます。
これは、「人と話す」というのが一番手っ取り早いのではないかなと、個人的には思っています。


「会う」ことの勇気
とはいえ、なかなか「会う」に至るのが難しいと感じるかもしれません。

私も、自己肯定感が著しく下がっていたので、休職する前とかは、「どうせおれなんかと会ってくれる人なんていないんだろうな…」と考えていました。

しかし、絶対に誰かしらはご飯に行ってくれます!

そもそも「どうせ」という考えは、自分を保護するための道具でしかないそうです。

やっぱり怖いじゃないですか。断られたら傷つくし、ドタキャンされたら悲しいですし。。。
だから、「どうせ」という言葉を使って、自分が危険な状態に晒されないように守っちゃうんですね。

かといって、やってみないとわからないのも事実なのです。
超厳しいしつらいんですけど、やってみるから進めるんです。

私が通っている心療内科の先生にこんなことを言われました。

「本当に変わりたいのであれば、もう変わろうとしているはずだよ。」

これは本当に胸に刺さりました。何も言い返せなかったです…
言い返そうとするなよって話なのですが…笑

なので、変わりたければ、えいやと会っちゃうのは手です!
(これが難しいんですけどね…)


「意味づけ」への一歩
ただ、勇気を出して会いに行って、その人と一生懸命話したとしても、もしかしたら何もプラスになることがなかった…となんてこともあるかもしれません。

そうなったとしたら本当に悲しいですが、もしそう思ったとしても、その会った出来事に対してどういう意味付けをするかで大分変わるよなと、最近は思うようになりました。

今まで、私は何度も何度も「どうせ」と思い、ヘイトを撒き散らしながら地団太を踏んでいましたが、最近は前よりもそう思わずに済むようになってきました。

「どうせ無駄だ」と思ったら無駄になってしまいまいますが、
「無駄じゃない」と思えば、無駄じゃなくなります。

なので次は、どのように無駄じゃないと思えるようにしてきたかを綴っていきます。

※2020/5/1 追記
上記で散々会いましょう!と言っていますが、現在は新型コロナウイルスの影響で人と会うのは控えなければなりません。

ただ、逆手に取れば、ちょっと外に出るのが億劫な人も、手軽に zoom で人と飲むことができてしまいます!

本来であればちょっと遠方まで足を運ばないといけなかったり、飲み会はちょっと…という方も、フレキシブルにいろいろな形で会話することができます。

新型コロナによるリモート文化の発展は、むしろ「人と会う」という点では益々しやすくなったのではないかと思います。

家に居続けてしまうと確実にメンタルを病みます。ただ外に出られる状況でもありません。
なので、少しでもインターネットを活用して、人と話しまくって元気になっていけたら最高だなと思います!

「自分と話す」ことの大切さ

多くの人会っていく中で、やっぱり合わないな~と感じてしまうこともありました。

とても楽しかった出会いは、とてもポジティブな気持ちになれます。

しかし、今日はなんか微妙だったな~と思っちゃう日は、ネガティブな気持ちにもなりやすいです。

しかし、その合わなかった出会いにも、その対話の中に必ず自分のためになることが眠っているはずなのです。

逆に言えば、とても楽しかった出会いにも、楽しかったという体験以上の、自分のためになることがあるはずなのです。

そのために、私は「書く」ことを意識してやっていました。


「書く」ことへの抵抗感

そもそも、先ほども述べたとおり、私は「自分を正直に見つめる」というのがとても苦手です。

ですが、実情はそれよりも恐ろしく、「自分を正直に見つめられていないという事実」からも、目を背けている状態だったのです。

上司に相談に乗ってもらっているときに、よく「とりあえず書いてみなさい」と言われていました。

ただ、どうしても書くことに抵抗がありました。

どこかで「おれは別に書くなんてことをしなくても、自分のことなんかわかっているし、今まで通り書かないまま解決できる」と思っていたわけです。

「解決できていたかどうかもわかっていないくせに」です。

とはいえ、悩みまくっているので試しに書いてみるわけですが、「書いたところで結局答えなんて出ないじゃないか」とも思っていました。

ですが、そんなことをやっていたから休職してしまったわけですねw

誰がどう見ても自分を見失っているのは間違いないですし、見失っているからうつ病になってしまっているわけなので、もう治すために書くしかないなと思いましたw

これも、心療内科の先生が言っていた、「本当に変わりたいのであれば、もう変わろうとしているはずだよ。」という言葉がぴったり当てはまりますねw


「本」との出会い
そんな中で、以下の本に出会えたのはかなりよかったです!

これは超有名な本ですね!

この本は、ただ単に「メモ取ったほうがいいよ~」と書いてあるわけではありません。

この本には「事実」から「抽象化」し「転用」することの重要さが繰り返し書かれていて、それの前田さん流の実践法と、実践へのハードルが下がる演習問題が詰め込まれた本です。

「事実を抽象化し転用する」というのをこの本で言われて、ハッとしたのを覚えています。
自分が、無意識のうちに「なんか今頭が回っているな~」と感じるのが、このフローをたどっている時だと気づけたのは大きかったです。

しかも、それを「メモ」という方法を意識的に使って実践しているのを知り、「とりあえず、思ったことを書くところからだけでもいいから真似してみよう!」と刺激を受けた本です。


「感情の認知」の実践
最初に取り組んでみたことは、飲み会などで会話をしているときに「重要そうだな」と思ったことは、スマホでさらっとメモを取っていました。
メモの内容は相手の発言だけでなく、自分の発言もメモしていました。

そのメモした内容を翌日とかに見返して、なんとなく日記のようにその時の気持ちを思い出しながら書き綴っていました。

「○○さんはおれの話を聞いてくれてうれしかった。」とか、
「△△さんにいろいろ指摘されて少し悲しかった。」とか、
「☆☆さんはいろんなこと考えてすごいな。」とか、
自分が何を思ったのか、どういう感情だったのかをだらだらと書いていました。

大したことはしていないのですが、当時の自分には大変効果がありました。

そもそも、今までは自分の感情がどういう状況なのかがよくわかっていなかったんだなーと思えました。

Twitterで裏垢を作って、そこに負の感情を書き殴っていた方がまだ良かったのかもしれません。

自分が何を感じているかを外に出す術をもっていなかったので、ツイートしている人よりも自分の感情をキャッチできていなかったのだと思います。
(ただ、他人を傷つけてしまうので人が見るところに書かない方がいいとは思います。)

なので、自分が今何を思っているのかを素直にノートに書いていったのはとてもよかったです。

「思考のループ」の罠
また、うつ病の状態のときに悩みまくってしまうと、どうしても「思考のループ」にはまってしまいがちです。

「あー○○ができなかったなー。おれはどうしてできないんだっけ? できるようになるにはどうすればいいんだ?」

と考え始め、ここまではまだ良いのですが、続けてこんなことを思い始めてしまいます。

「いやでもどうせおれって××だもんな。無理だわ。できるわけないわ。それに比べてできる△△さんはいいよなー。うらやましい。 そもそも△△さんとはベースが違うもんな… おれにはできるわけないわ。」

というように、自分では熟考しているつもりなのですが、知らない間に「自責」をしてしまっていました。

これは、すでに「相手が上回っている」という外的要因によって、自分が傷ついている状態です。

にも拘わらず、思考のループにはまっている場合は、傷ついている自分自身を「さらに傷つけている」状態なので、これは「重複して責めている状態」なんだそうです。
(心療内科のカウンセラーの方に教えていただきました。)

もちろん、重複して責めるなんてどう考えたって辛すぎるので、この状態はすぐさま抜け出した方が良いです。


「思考のループ」からの脱却

この辛い状態から抜け出すためにも「書く」という作業はとても効果がありました。

なぜなら、ループしているのが目に見えるからです!

ノートに手で書いていくと矢印を引っ張ったりしやすいのでよく矢印を引くのですが、その矢印を辿ると、ずっとぐるぐる回るときがあるんですw

それはもう誰が何と言おうとループしているので、そういう時は、茶をしばいたり、アロマ炊いたりと、穏やかな気持ちになるようにした方がいいとのことです!

一旦リセットして、ポジティブな状態にしてから考えた方が一歩が踏み出しやすいとのことでした。


「ツッコミ」の実践

そんな感じで書くことに慣れていくと、
「そもそもなんでこれこんなこと思ったんだっけ?」とか、
「それはどう考えても偏見が強いだろ」とか、
自分の当時の感情に対してツッコミを入れられるようになってきました。

矢印を引きながら書いていくと、徐々に「セルフツッコミ」ができるようになってきます。
すると、最初は汚い考えがさらけ出されている状態なのですが、頑張って進めていくと、そこからより深い、本質的な思考や感情が見えてくるようになります。

この深い感情が見えてきたときは、自分を知るのが怖いという感情よりも、とんでもないことに気づいたのでは!?というワクワクの方が強くなりますw
ドMなのかもしれませんw


「内省」への一歩
みなさんは、人と会話しているときに、その人との共感度が高く、次々に自分の中に発想が湧き出てきて、自分がとても流暢に話しているという経験をされたことはありますか?
趣味の話でも、恋の話でも、仕事の話でもなんでも良いのですが、そのように感じたことがある方は少なくはないのではないかと思います。

私は、深い感情が見えてきたワクワク感は、この感覚にとても似ているなと感じます。

一旦自分の感情や思考をノートに預けて、それを読み直したときに新たに何かを感じるというプロセスは、ノートを介した、自分と自分との対話なのだと思います。

こうすることで「内省」が徐々にできるようになっていくのだろうなと思えました。

内省ができていれば、否定的に感じていたことが分かっている状態になれるので、さらに「なぜ?」と問いかけられます。

そうすれば、自分が「嫌だ」とか「つらい」と思える原因を、客観的に理解できるようになります。

ここまで来れば、自分がストレスに感じないことを事前に防ぐ対処法を考える術を得られるわけです。

書くからこそ、否定的に思っていたことに意味づけをして、自分の糧にすることができたわけです。

書くって侮れないですね…笑

「社会と話す」ことの大切さ

いろいろな人と話したり、その話した内容を振り返ったりして、自分を客観視していくと良さそうというお話をしてきました。

しかし、「この人すごいな!」と思える人と話していると、「この人はもともとすごいだけで、おれとは違うからな…」と、すぐに盲目的な考えに囚われてしまうことがあります。

確かに人はそれぞれ違うものを持っていますし、劣等感からそう思ってしまうのはわかります。

しかし、会社の先輩にこんなことを言われたことがあります。

「自分の悩みって大抵他の人も悩んでるのよ。その悩みを解決したいと思っている人が本を買うから、ベストセラーになってるわけじゃん。だから悩んでいるぐらいだったら本を読んだ方がいいよ。」

この言葉はかなり刺さりました。
自分の考えを大きく変えた言葉でした。


「社会の悲鳴」への入り口
自己啓発本って、なんか抵抗感ありませんか?

自己啓発本を読むことで、その本の考えに陶酔してしまいそうな恐怖感があったり宗教感があったりして、私はもともと、自己啓発本を読んでいる人自体をなんか否定したくなっていました。

なんなら「そもそもそういう本を読むぐらい自分が見えていないんだな可哀想~」ぐらいに思っていました。
今考えると心が腐りすぎていますねw

ただ、先輩が言っていた通り、ベストセラーってみんなが読んでいるからベストセラーなんですよね。

つまり、自己啓発本でベストセラーになっているものは「社会の悲鳴に対しての答え」なのだと思います。

実は、盲目的に「この人すごい」と思っている人が、そのベストセラーの本を読んでいるかもしれません。

むしろ、そのベストセラーの本を読んでいる人だからこそ「すごい」と思えるのかもしれません。

なので、私は「本を通じて社会の悩みを知り、そして学ぼう」と感じました。

もし仮に、昔の私ほどではないにしても「自己啓発本な~なんかな~」と思いながらも「今めちゃつらい…!」と思っている人がいたら、一度「社会と話す」という気持ちで読んでみてほしいです!

「メモの魔力」以外に、私が休職中に読んで本当によかったと感じた本を紹介させてください!


「怒り」への対処

私は「怒り」に対してはもともとうまくコントロールができずにいて、今もなお悩み続けています。

「怒り」を通して、どれだけの人を傷つけてしまったか、そしてどれだけの人が離れて行ってしまったかと、今になって思い返すと、後悔がとても多いです。

高校生のときに付き合っていた彼女が「短気は損気だよ」と言ってくれていたのですが、それを心の底からそう思えるようになるまで10年以上もかかってしまったことに自分の情けなさを感じます。

とはいえ、寿命まで生きるとして、このまま対処しないで「情けないな~おれだめすぎだな~」と思い続けていたら50年くらい損をすることになってしまうので、意を決して読んでみました。

この著者の田村さんは、強靭な精神力を持っている方で、この肩を真似するのはなかなか難しいと感じました。

しかし、「驕り」と「プライド」がいかに人生を生きにくくしてしまうかということと、「人脈」がいかに重要かということを、田村さんのご経験から学ぶことができる、素敵な本です。

なかなかプライドを捨てきることは難しいです。
プライドを捨てきってしまうと、自分を失ってしまうような気がしてなかなか変えられません。

ただそれは、結局自分の信念がまだまだ成熟しきっておらず、自分で自分の信念を信じ切れていないからなのだと思えるきっかけをもらえました。

自分が信じているものが本当に正しいと思っているのであれば、相手をねじ伏せる必要なんてないはずなのです。

そう思って、本格的に内省できるようになりたくて買ってみたのが次の本です。


「内省」の促進

この本は、メモの魔力の「事実を抽象化し転用する」ということはどういうことなのかを、より詳しく知ることができる本なのではないかなーと私は思っています。

「メタ」とは「高次な」という意味があるので、「メタ思考」とは普段の思考よりも「高次な思考」ということになります。

この本には「メタ思考ではない状態」を知るために「自己矛盾に気づく」というフェーズがあり、その「自己矛盾」の例としてこんなことが書かれていました。

「批判する人って生産的じゃないよね」という批判

自分が「他人に対してネガティブに感じていること」を実は自分がしているのではないか、ということを見直さなければならないと強く感じることができました。自分自身の甘さに対して向き合うことができ、さらに今後どのように思考していけばいいかを示してくれる本だと感じました。
そして、見直してみたときに、やはり自分はしてしまっているなと、認めざるを得ませんでした。

このように、自分自身の甘さに対して向き合うことができ、さらに今後どのように思考していけばいいかを示してくれる本だと感じました。

そうして、最後、この自分の甘さを受け入れながら、これから先どういう姿勢で生活をしていくかを学びたく買ったのが、次の本です。


「課題の分離」の理解

これも超有名な本ですね。

この本は、今を悩む「青年」と「哲人」の対話を通して、「アドラー心理学」を知ることができる本です。

この本は、読み返す度に「あーそうか…」となる本です。

この本には「怒り」について、「自身の振る舞い方」について、「物事の捉え方」について、などなどと、さまざまな考え方を大きく変えてくれる本だと感じています。

主治医の先生に言われた「本当に変わりたいのであれば、もう変わろうとしているはずだよ。」という言葉を大きく裏付ける話が、この本には記されています。

嫌われる勇気に、イギリスのことわざが紹介されています。

馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない

このことわざの「馬」を「私」に置き換えると、私が水辺の水を飲むかどうかは私自身の話になります。

本当に水を飲みたければ、もう飲んでいるわけです。

きっと、この本がベストセラーだということは、いろんな人が「頭では分かっているのに、なかなか行動を起こせない」という体験をしているからなのだと思います。

社会の多くの人たちが悩んでいることを、重複して自分の力で答えを導き出すのは遠回りすぎる気もしますよね。

私は散々悩んできてしまいましたが、似たような悩みに対して書かれた本があるのなら積極的に活用し、自分が停滞している状態を最小限にしていきたいと感じました。

そして、それを糧に、自分の次なる一歩を進めるために悩んでいきたいなと、これらの本を読むことで感じさせられました。

復職に至った経緯

いろいろなことをやり、考え、悩みまくった3ヶ月でしたが、いよいよ復職する日がやってまいりました。

なので、そもそも職場に対して不満を抱きながら休職をしていったひらやまが、最終的になぜ「復職をしよう」という考えに至ったのかをお話しようと思います。

私は、ECサービスのフロントエンドエンジニア/デザイナーとして会社に籍を置いています。

今、新卒6年目です。
新卒で入ってから3ヶ月の研修期間と休職している期間を除き、ずっとそのECサービスをやり続けているので、5年くらいは同じサービスにいることになります。

IT業界だと、一つのサービスにこれほど長く関わっているのは、結構珍しいと周りの方には言われます。

正直、自分でもそう思います。

そして、私はそもそも、教育業界に関心があります。
教員免許を取得しており、バイトももともと塾講師をやっていて、そんな背景から教育問題にアプローチしていきたいという思いが強いです。

そんなことを胸に抱えている私は職場で、

「なぜECサービスを作っているのかわからない」
「やりたいことができない」
「職場は全く評価してくれない」

と嘆いていたわけです。

そうして、私はうつ病になっていったのです。

これを、みなさんはどう捉えますか?
「なんてひどい職場なんだ!」と思いますか?

いやいや、これどう考えてもやばいのはひらやまですよねw
やりたくないならやめろよって話じゃないですかw

普通にただのわがままだなと思いますし、恥ずかしさで消えてなくなりたくなりますw


「一つだけ」残る疑問
ただ、そう思いながらも、自分でも疑問に思うことが一つだけありました。
それは、

どうして、これほどまでにヘイトを撒き散らしながら、そしてうつ病になりながらも今の職場にしがみついていたのだろう?

という疑問です。

そうしたら、遠い上司の方に、こんなことを言われました。

「おれは、サービスのために働くというよりかは、隣にいる仲間が働きやすくなるために働きたいと思えるから頑張れるんだよね~ お前もそういうタイプなんじゃないの?」

これもかなり驚愕した一言でした。
全く持ってその通りだったからです。

自分をここまで追い込んでしまった、大きな原因の一つとして、

「職場の人が好き」

というのがあったことに、気づかせてもらいました。


「気づき」からの内省

つまり、今までヘイトを撒き散らしていた原因は、好きな人に自分をただ理解してもらいたかっただけということになります。

好きな子に振り向いてもらえない小5の男の子かよw
もう27歳だぞw きっついw

さらに思い返すと、私は教育業界への転職活動をしてきていませんでした。

これは、教育業界へあえて踏み込まずに、自分に教育業界への可能性を残しておくことで、「自分は、本当はまだまだやれるけど、実はやれる状況にないだけなんすよね~」と胸を張って言える状況を作り出していたことになります。

つまり、すべてを人のせいにして、自分は何もしていなかっただけでした。

これに気づいたのはつらい。
本当に惨めで悲しくてつらいです。

ただ、このことに気づいたことで落ち込んでいるかというとそういうわけではありません。

これに気づけていなかったら、今もなお、そしてこれからもずっと右往左往したままどこにも向かえなかっただろうなと心から思えたからです。

「職場の人が好き」と思っていることに気づけたので、まずは「帰ろう」と思えました。

これは、ひとまず一歩を踏み出せたのだろうと思います。

ヘイトを撒き散らしていた当時とは違って、今なら今まで見えていなかったことが見えるようになり、何か心境が変わるかもしれません。

逆に、戻ったとしても自分の軸がぶれず、やっぱりやりたいことに突き進みたいという気持ちが湧き、前向きな気持ちで外に飛び出せるかもしれません。

この先どうなるかは全く分からないですが、次のステップをどうするかを考えられるようになっているので、割と良い傾向なのだろうなと思っています。

また、一旦「帰ろう」と思えた理由として、職場の人たちが自分を心配してくれていたのも大きいです。

先述しました通り、もともと職場の人と会ってはいなかったのですが、心が穏やかになり始めてからはちょっとずつ職場の人と会うようになっていました。

職場が原因で休職している自分と一緒にお酒を飲んでくれて、しかも話まで聞いてもらって、自分はなんて人に恵まれているのだろうと心の底から感じました。

もちろん、職場の人だけでなく、久々に会った方やほぼ初対面の方もたくさんいて、会ってくれたことを思い返す度に、人脈ほど大事なものはないなと、強く強く感じます。

最後に

まだまだ、今の段階では大きく成長したとは言い切れないと思います。

怒ってしまうだろうと思いますし、盲目的になると思いますし、また自分を見失ってしまう日が来るのだろうと思います。

ただ、今回のこの3ヶ月を通して、それをいかに対処するかという方法を学ぶことができました。
そして、それを学ぶことができたのは、いろんな方が優しくしてくれて、笑ってくれて、話を聞いてくれて、何度も何度も助けていただいたからだと思っています。

それぞれの方々が、それぞれの形で私を水辺に連れてきてくれたからこそ、私は自分で水を飲もうと何度も思うことができました。

なので、これからは私も、その恩返しとして、悩んでいる方を水辺に連れていけたらなと思っています。

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気に入っていただけて生きていた甲斐がありました!母に伝えます!
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フロントエンドエンジニア デザイナー