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アメリカで手話通訳は放送されるか

アメリカ大統領就任演説に手話通訳がついていなかったことで騒然となっていたか?

アメリカの大統領就任演説に手話通訳がついてたとかついてなかったとか問題になっているようだけれど、アメリカにいて、手話通訳養成をしている大学にいて、それが話題にはなっていなかったのでどういうことだろう…と思った。

なんと1/21~24の間で6000RTに届くかという勢いのこのツイート、私は疑問を持ちました。「アメリカのみならず世界中のろう者が騒然としている」というのは、自分の観測の範囲で観察できなかったからです。

現地、DCでASLを教えるのを仕事にしているろう者ですら、Women's marchのことはシェアしていても、そんなこと言ってなかったんだから、アメリカのろう者が騒然としていたというのは、たぶんない。

私のホストの手話研究者の先生に聞いてみると「これから悪くなるだろうというのはあるけど、そもそも今までだってそんなに良くなかった」という。当日の様子については、くらげさんの次の記事に詳しいので読んで欲しい。

実は、大統領就任演説のテレビ放送に手話通訳がついていたことなんて、今までもなかった……というのが正解っぽい。(もしつけているテレビ局があったとして、それはみんなが見ている大手のCNNとかではない)ヒラリーの演説会に手話通訳がいたとか、ピンポイントで目撃情報はあるけど……テレビには映ったり映らなかったり、だ。

日本では「アメリカにはADA法もあるし、ろう者への情報保障は充実しているんだ、日本はまだまだだ」と聞かされてきた気がするのだけれど、現地に来てみると、放送ということに関しては、実際のところはそうでもない。

アメリカのテレビ放送は、キャプションはかなりの割合でついている。映画館では字幕デバイスが借りられるところが多い。しかし、手話通訳については、放送で見ることはほとんどない。地域によっては、手話の放送があるところがあるかもしれないが、私のいるニューメキシコ州にはそういうのはない。

NHKのEテレの手話ニュース(1日合計20分:多くのキャスターがろう者)とかBBCの朝のニュースに手話通訳がついていることとかは、まれに見る好例なのだ。

ちなみにアメリカの手話事情のほうが進んでいることをあげておくと、

・アメリカ手話で大学院までの教育が受けられる高等教育機関がある(ギャロ―デット大学とか)
・先生の半分以上がろう者というろう学校がいくつかある(ただし、そうでない教育方針の学校もたくさんある。日本はトータルコミュニケーションといって、しゃべりながら手を動かす先生は増えているらしいが、半分以上の先生がろう者という学校は、全国約100校のろう学校のうち、東京にある私立のろう学校1校だけだ)

・手話通訳の待遇がよい(1人の収入で子育てできるくらい)
・医療通訳はかなり保障されている(手話通訳の勤務形態として、24時間体制で医療機関からのオンコール待ち、というのがあるらしい)
・テレビ電話での通訳がメジャー
・アメリカ手話が高校や大学で第二言語として単位になるので、第二言語学習者が結構いる
・手話通訳の資格は更新制(日本は1度手話通訳士試験に受かるとずっと有効)
・手話通訳の資格が大卒以上になり、手話通訳の教育機関がコミュニティカレッジ(短大的なところ)から大学へ移行。(日本では、手話通訳養成課程は、社会福祉協議会的なところか、短大的な扱い)
・よって、通訳の質が高そう
(ちなみに、資格がない人が通訳をすることは違法)

・生放送でもテレビ放送の字幕はほとんどの番組についている

トランプ政権がこれからどうなるかはわかりませんが、ざっくりとこんな感じのようです。

アルジャジーラと手話通訳の放送

ちなみに、アラブの春のときなど、アルジャジーラにも手話通訳がよくついてるぞ! というのもすごいな! と思っていたのだけれど、あれはあれで、少し問題がある。アルジャジーラは、産油国カタールの首長が出資していて、主にアラビア語圏に向けて情報発信をしている衛星放送だが、英語も流している。

放送で使われている手話は……なんと、パン・アラビア手話という、アラビア語対応手話なのだ。手話というのは周りの音声言語がみんなアラビア語だろうが、土地によって方言とか言語とかいろいろあるのに、アラビア語対応手話を広めたい! という聴者の願いによって、そんなものが流されているのだ。当然、アラビア圏のろう者たちは「手話通訳はついているが、何を言っているのかわからん」となるばかりなのであった……というオチ。(もちろん、この手話を学んだ人には役に立つ情報だったろうが……)

[参考文献]Wilcox, S. E., Krausneker, V., & Armstrong, D. F. (2012). Language policies and the deaf community. In B. Spolsky (Ed.), Cambridge Handbook of Language Policy (pp. 374–395). Cambridge University Press.

まとめ

手話の放送については、標準語がないとか、勝手に決めるなとか、新語はどうするなど悩ましい問題がいろいろ出てくるのだけれど、「ただ外国の放送の画面に手話通訳がいた」から「すばらしい」とか思ってたら実は…というのは南アフリカの偽手話通訳問題もあったし、気をつけたいものです。

実態についてよく調べずに、イメージで「あそこはニッポンよりいい」などといっていると、実はそうでもなかったことがよく発覚しがち。情報が少ないというのもありますが、つまるところ、マイノリティへの施策というのは、情報も少ないし、イメージで語られがちだし、情報の裏付けにあたってから発信した方がいいですよね、ということでした。



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