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2011佐久本歩夢(君津新体操クラブ)

佐久本の全日本ジュニア最後の種目となったのはロープだった。途中で少し投げのコントロールミスがあり、あわや場外! という場面もあったが、なんとか処理して、持ちこたえた。ほかの種目に比べると、ロープの出来は決してよくなかったようにも思う。点数も8.875と、4種目の中で唯一、9点台にのせられなかった。
しかし、私は、彼のこのロープの演技には、泣けた。なんだろう。とても気持ちが伝わってくる演技だったから、だろうか。
これはほかの種目にも共通していたが、とにかく彼の演技からは「新体操大好き!」な気持ちが伝わってくる。今大会、技術や実施で彼を上回っていた選手はいたが、この「思いを伝える力」という点では、私は佐久本歩夢が一番だったと言えると思う。

あゆむ

2010年のユースチャンピオンシップで、私は初めて彼の演技を見たが、そのときから達者ではあった。とくに手具操作はかなり卓越したものがあったと記憶している。しかし、「美しく動ける」というタイプではなかったと思うのだが、今年になってユース、関東ジュニア、全日本ジュニアと見るたびに、動きが洗練されてきていることに驚く。去年からすでにジュニアではトップレベルの選手だったが、それにあまんじることなく、自分の欠点を客観的にとらえ、修正していく意識をもてる選手なんだな、と彼を見ていると感じる。

手具のうまさにもさらに磨きがかかっていた。
とくにクラブは、小さく手から離す回数がやたらと多いが、それが気持ちいいほどピタリピタリと決まるのだ。彼のこの手具のうまさは、彼の練習環境によるものもあるのではないか、と私は思う。
君津新体操クラブは、マットのない体育館で練習している。だから、四角いフロアマットで演技を通すという練習の量は圧倒的に少ないはずだ。それなのに、試合会場のフロアマットでの彼は、ほかの誰よりも通し練習をしてきたかのような動きを見せる。じつは、タンブリング抜きでの通しがほとんどで、タンブリングは体育館の脇に敷いてあるマットの上で別にやっている、なんて彼の演技からはとうてい思えない。
おそらく。いつでも思い切り練習できるのは手具操作しかないのではないか。それも大きな投げではなく小技。小さな投げや回し、そしてロープのエシャッペなど。おそらく彼は練習時間の多くを、そうして「できることをやる」で過ごしてきたのだと思う。そうしかできない環境にいたから。
それなのに、なぜ、こんなに試合でのびのびと、気持ちを込めて演技できるのだろう、と不思議な気持ちになりながら、ふと「そういうものなのかもしれない」とも思った。

千葉県の袖ヶ浦高校も、君津と同じような環境で練習している。そして、君津から袖ヶ浦に進学する選手は多いのだが、袖ヶ浦高校時代の斉藤剛大(現・国士舘大学)に、話を聞いたときに、彼は言っていた。「この環境で練習しているからこそ、どんなところにも対応する力はついた気がする」「フロアマットがあるとうれしくなって動きすぎてしまう」と。佐久本もそうなのかもしれない。
彼はきっと、試合だということや、現在の自分の順位などよりも、「四角いフロアマットの上で、ちゃんと通せる」ということがうれしくてたまらないのだ。だから、その気持ちが見ているほうにもしっかり伝わってくる。

佐久本は、3位に入り全日本選手権に出場することになった。
小さいころから新体操が大好きで、いろいろな選手にあこがれて、ずっと新体操のことばかり考えていた少年が、まず、憧れの舞台で踊る権利を得た。あこがれていた先輩たちと同じ舞台だ。
11月の幕張メッセで、彼がどんなに楽しそうに演技するか、楽しみでならない。初出場のプレッシャーなどおそらく彼にはないだろう。
きっとただうれしくて、うれしくて。自分のやってきた新体操を、自分のやりたい新体操を、見せてくれるはずだ。

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