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虚偽の友

まずは疑問提起から。

友達とは何か?

どこからが友達でとこからがそうでないのか?

消しゴム貸してくれたら?何度か会話したら?共に遊んだら?

やはり中学生は人生で初めにぶち当たる人生の転換点というか難所というか、この時期は難しい。

“成長”という厄介者がついてくる。

小学生の時はなんの重み(肉体的・精神的なありとあらゆる重み)無く過ごしていた。

”友達”と呼べる人たちとたくさん遊んだしたくさん話した。

しかし中学生になり他小学校出身の人達と無理やり一緒にさせられ環境も大きく変わる。

人間は成長の過程でこんなにも大きく変わってしまうものなのか…。

私はふと思ったのである。

「今まで友達とどう会話していただろうか?」

「クラスメートの奴と会ったら何話せばいいんだ?」

今まで当たり前のようにしていたことを改めて考えてみると苦悩に陥るという謎の特性が私にはある。

例えば(ここで例を示すと読者が私と同じようにそれについて苦悩に陥ってしまわないか心配であるが)

「どうやって息していたか?鼻?口?順番は?うんリズムは?」
「あれ?話す時相手のどこ見てたっけ?」

などである。

私が人と喋れなくなったのもこれが原因だと自分で思っている(私自身も定かではない)。

えぇ!小学生の時あんなに人と喋れたのに。女子とも自然に話してたのに。

小学生の時は話題なんぞ考えもせず、気楽に思ったことを話したいようにベラベラと話していたんだぞ!

それからというもの人と同じ空間にいると、複数人ならあまり感じないのだがこれが二人きりとなると辛い。

それ故そもそも人と一緒に行動したり一緒にいたりすることを嫌うようになった。


さらに私自身も驚いたことがある。

私は小学生の頃から家が隣の同級生と毎朝一緒に登校していた。

それが気付いた時には毎日無言で登校していたのである。

本当に覚えていないのだ。いつから無言で登校するようになったのか。

その同級生とは、小学生の頃頻繁に遊んでいたしもちろん会話もしょっちゅうしていてた。

なのになぜ?そしていつから?

そんな登校をしているとたまに、お互いの共通のクラスメートに出会うことがある。

まぁ言われるだろうな。なぜ無言なのにもかかわらず一緒に登校しているのかと。

もう手遅れでいつの間にかこの状態になっていた。しかし、毎朝の登校は小学生以来の習慣になっているためそれが今も続いているという状況である。

― シュンゴ。毎朝毎朝「喧嘩した?」のセリフ。お互いもうそのセリフには飽き飽きしていたがそのお陰で貴重な朝の笑顔が生まれた。―

今考えてみればクラスメートに「お前と話ししてると会話のキャッチボールが続かないんだけど?!」と言われていたなぁ。

自分がいわゆる”コミュ障”であることにやっと気づいたのは高校生になってからだった。


私は馬鹿だった。

高校に入学後なぜか友達をたくさん作ろうとやけになっていた。

無理矢理テンションが高いのを装って、初対面のクラスメートに軽く話したり面白いことを言ったりした。

私の中学校からは私一人しかその高校に入学しておらず、本当に他人状態の他校生が大勢いる状態だったためか何か振り出しに戻った気持ちがあったのである。

部活にも入って”友達の輪”を広げた(私に似つかわしくない言葉だ。吐き気がする)。

また私の家の方向と同じ人がいたから長い電車での帰宅も一緒になった。

化けの皮が剥がれるのも時間の問題。

学年が上がるにつれてだんだんと限界が近づいてきたのである。

あぁ今日もか。

部活が終わっても一緒に帰るから無理矢理でも会話をしなければいかん。

特に夕暮れどきになると酷く冷え込む冬。

部活でくたくたに疲れた体に鞭打って、かじかんだ動かしづらい口に力を入れるのである。

本当なら動かす必要の無い口をマフラーで覆い、もっと早歩きで黙々と駅まで行き、そしてさっさと暖かい電車に乗りたいのだ。

各個人で帰る自転車登校者が酷く羨ましい。

”どうすれば一緒に帰らずにすむか?”私はそればかり考えるようになっていた。

苦労したぁ…。

一緒に帰らないように様々な努力をした。

先に帰ったり逆に遅くまで時間を潰したり。しかし歩きが速いため追い付いてしまって…。

とにかく大変であった。

二年の後半あたりからか、すっかり”隠キャ”の立ち位置にピットインしたのは。

もう何も演じなくてよい。


楽だぁ~。

三年生になると進路関係などで元々多かった集会がさらに増える。

かつてはその度に無理矢理一緒に行くクラスメートを見つけて体育館に向かっていた。

その時もわざわざ頭を絞って話題を引っ張り出す。

それが今はもう必要ない。なんて楽なんだ。

嬉しいことに三年生になると受験のため理系・文系が分けられてクラス編成された。

そのため私と同じような感じの人がクラスには多く、一・二年生の時に比べだいぶ過ごしやすかった。

「失敗は成功のもと」ではないが、大学ではむしろ”友達”なる存在を作らないと決心した。

そのことは先の文でも述べた通りである。

言うまでもないが楽である。もう息苦しい思いをせずにすむ。

私がその様な人間、性格の持ち主だと気づいてからは親にも素直に話すのだが、親は決まって言うのである。

「よく友達と話してたじゃん。」

それくらいは出来る。母国語の言語力には長けているのだから。

友達?日々一緒に過ごしているわけでもなく、昼食を共にとるわけでもなく、学校以外で繋がりがあったわけでもない。

ただ話しかけられたから喋るだけである。

言うなれば ”友達もどき” か?

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