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食べたアヒージョが死ぬほどマズかった。多分、コロナのせいだ。


真夏日和な10月の週末、私の身に振りかかった悲劇。


 レストランで食べたアヒージョが、死ぬほど不味かった。

 もう何度目かも分からない緊急事態宣言が明けて2回目の週末、正月ぶりに会う友人と映画を観に行った。
 ターミナル駅近くのショッピングモール。その最上階にあるシネコンで待ち合わせ、「久しぶり」の挨拶もそこそこに、意気揚々とスクリーンに乗り込む。時間は午前10時30分。館内はそれなりに賑わっている。
 休日の映画鑑賞にはいささ か早いが、それには理由があった。

『映画ついでランチしない? 映画の前でも後でも、どっちでもいいから』

『じゃあ、映画を観てからそのままランチにしよう』

 前日の夜、友人の鶴の一声で決まったタイムスケジュール。
 上映時間は80分。その短さなら、お供のポップコーンも要らないだろう。朝ごはんも軽めにしておいて、ランチの味を存分に楽しもうじゃないか。

 そう決めた昨夜の自分を恨むことになろうとは、思いもしなかった。


 午後12時。R18指定ギリギリの作品を楽しんだ私たちは、シネコン階下にあるレストランフロアへと移動した。向かったのはとあるレストラン。大手企業が運営する、全国チェーン店。

「行ったことはないけど、あそこが運営しているなら不味くはないと思うの」

 そう提案したのは私。実際にGoogleマップのクチコミは悪くなかったし、商業施設に入っている大衆レストランなんて何処もそれなりの味だ。一定のクオリティは担保されている。……と、思っていた。

 不味かったのだ。それはもう、びっくりするくらい不味かったのだ。

 頼んだのはシーフードのアヒージョ。海老と貝類とイカ、それに鯖やブロッコリーが入った、ボリューミーなもの。今週は肉ばかり食べているし、魚が食べたい。そう思って選んだメニューだ。

 アヒージョなんて、オリーブオイルとニンニクと鷹の爪、あとは塩があれば作れる。和食のような小難しい味付けは必要ないし、調味料と具材をぶち込めば、素人でもそれなりに美味しくできるってもんだ。

 どう考えたって不味くなりようがない。なのに、不味かったのだ。

 そもそもサーブされた時から様子が変だった。テーブルに置かれた瞬間、辺り一面に漂う強烈な鯖の匂い。若干の違和感を持ちつつ、「まぁ、サバだしね」と気付かないフリをした。いただきます、と手を合わせ、鯖を一欠けら切り取って口に運ぶ。

\コンニチハ! ボク、鯖です!/

 咥内で鯖が大演説を始めた。うららかな午後、昼寝を邪魔する選挙カーの如く。TVの音をかき消すウグイス嬢のように。オリーブオイルとニンニクとその他はどこに行ったんだろう。
 グッと噛み締めてみる。塩味が大爆発を起こした。

 おや、何か雲行きが怪しい。いやいや、判断するにはまだ早い。他の具を食べてみよう。

 海老を食べた。鯖の味に侵されている。
 イカを食べた。鯖味のイカだ。
 ブロッコリーを食べた。鯖だ。

 というか、全部塩辛くて生臭い。塩辛いなんてもんじゃない。塩だ。そして、とんでもなく生温い。

 中途半端に温めたオリーブオイルに生の塩鯖を入れて、大量の塩とニンニクで練りこみました! みたいな味、としか表現しようがない。つまり、クソマズイ。

 楽しみにしていたランチ。なのにやってきたのは魔物。私はコイツを完食しなければならないのか……。
 序盤で心が折れそうになりながら、ひとまず鯖からやっつけることにした。


 強烈な味に耐えつつ、切り身を半分ほど食べ進めた時だったか。舌先にひやりと冷たいものが触れた。

 ――このサバ、まだ凍っている。

 分かっていた。ここは全国チェーンの大衆レストラン。いわばファミレス。提供されるものは調理済みの冷凍食品で、最後の仕上げだけが人力なことくらい、飲食経験者として理解している。
 事情は把握しているけれど、それとこれとは話が別だ。

 店員を呼び、恐る恐る事情を伝える。平謝りされ、食べかけの皿がドナドナされていった。

「えー……解凍されてへんのはアカンなぁ」

 ドリアを貪っていた友人が、困ったように笑う。

「キッチンの人手、足りてないのかもねぇ……」

 雰囲気を壊さないよう、力なく眉を下げた。キッチンどころか、ホールの人数も足りていない。満席の店内に対し、ホールスタッフが2人しかいないのだから。
 コロナ禍での人件費削減。緊急事態宣言明け。日曜日。お昼時。満席で待ちの行列。最悪の状況が重なり合って、店内スタッフのキャパシティはパンク寸前だ。

「お待たせしました、大変申し訳ございませんでした」

 数分経って、再び運ばれてきたアヒージョ。いや、サバージョ。今度はグツグツと煮立っているように見える。
 二度目のいただきますをして、口に運んだ。


\鯖と塩デ―――――――――――――ス!/


 もう、何を食べても魔改造された鯖と塩の味しかしなかった。

 正直残したかった。食べ続けるのが苦痛で仕方なかった。せっかくのランチタイムに、私は何を食わされているのだろう。
 でもこの店に決めたのも、このメニューに決めたのも自分自身なのだ。目の前で楽しそうに食事している友人を見ると、自分だけ食事を残すことがはばかられた。
 変なところで気を遣ってしまう私は、自分から誘った店で「美味しくない」なんて言えなかったのだ。

 味わうのをやめ、水で流し込むように鯖味の具材たちと戦う。オプションで頼んだ焼き立てパンは美味しくて、それだけが唯一の救いだった。

 「ごちそうさまでした……」

 涙目になりかけながら、一片も残さず魔物との格闘を終える。私は食材と作り手に敬意を払った、払えたのだ。けれど、テンションは限界だった。
 お会計をしにレジへと向かう。無人だ。キッチンスタッフが慌てて出てきてくれる。会計の金額を間違えられた。仕方ない。忙しさで右往左往する店員を誰が責められようか。

 店を出て数歩進む。意を決して、私は口を開いた。

「あのアヒージョな……くっっっっそマズかってん……」

 堪えきれなかった。あの不味さをひとりで抱えるのは辛い。そっと胸の内にしまっておくには、あまりにも衝撃的すぎたのだから。
 申し訳なさそうに友人を見つめると、彼女は目と口をあんぐりさせていた。

「だから様子おかしかったんか! えらい静かやなー思っててん!wwww」

 腹を抱えて笑い出す友人。「え、無理して全部食べたん? 残せばよかったのに」と言われ、「アンタは美味しそうに食べてたから、残したら気ぃ悪いな思って……」と答えると、「何でそんなとこで気ぃ遣うんwwww」と返ってきた。
 他人行儀な仲でもないのだから、その場で素直に告白すれば良かったのに。

「えー、災難やったなぁ。凍ってるわマズイわ……口直しにお茶行こか……」

 おーよしよし、かわいそうに。そう慰められながら、人でごった返すレストランフロアを後にする。めそめそする私。その私の背中をぽんぽんする友人。

「それにしても……」

「「アヒージョがマズいなんて、ある!!???」」


 久しぶりの楽しい外食をぶち壊された悲しみで、その日は午前2時までこのnoteを書いていた。どうしたらあの絶望と悲しみと不味さを伝えられるのか。「私は何をやっているんだ……」と我に返るまでの約3時間、PCと向かい続けた。
 

 食べたアヒージョが不味かった。この話題はそれから暫く私の生活の中心となる。会う人会う人に同じ話を繰り返し、「元を取ってやろう」と画策し続けること数日。返ってきた反応は、全員同じだ。

「どうやったらアヒージョがマズくなるん」

 間違いない。

 この件でレストランを責める気は無いし、あの状況では仕方ない。きっと普段は美味しく提供してくれていたんだろう。現に、友人が頼んだドリアは美味しかったと言うのだから。
 悪いのはコロナだ。飲食店を窮地に追いやったコロナが悪いのだ。コロナパンデミックさえなければ人手は足りていて、半生の鯖が乗ったアヒージョが来ることもなかったのだ。

 鯖に裏切られた私には、このnoteをどう締めるべきなのか分からない。何なら1ヵ月近く下書きのまま放置していて、悲しみの涙も引いている。

――こんな訳の分からないnoteを書いたのだって、コロナが悪いんだ。


<了>




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