【冒頭】虚構狩り

 残っていたのど飴を噛み砕き、スイッチを押し込む。
 排出弁が開き、存在圧が徐々に低下していく感覚はビニール風船の空気を抜いていく感じ。身体感覚がしなびていくにつれて眼下、暮れなずむ片側三車線の交差点の横断歩道付近に、ぼんやりと光る『虚構』の輪郭が見えてきた。

「俺より前に出るなよ。巻き込むかも」

 ギンジさんはもう稀薄状態で、得物の柄に手をかけていた。私は遅い。薄くなるのも虚構狩りもこれが初めて。自分が薄まっていくのと同時に腰に下げたルッカ・チェッカ・テスタが実在性を帯びていく。稀薄になった手で握りしめる。安全装置と引き金の場所を確かめる。そしてすぐに忘れる。のど飴の味が急に消える。稀薄になった。

「お前、名前は?」

 わからない。もう思い出せない。

「わかりません」
「よし。お前も俺になんか聞け」
「なんでこんな仕事を?」

 予想外だったのか、厳しい髭面が一瞬、ぽかんとした。
 そしてにやりと笑った。


【続く】

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