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再発見と書きかえ

再発見と書きかえ、とは

ヒレ・パールのサント・コロンブのCDがでて、同じころ彼女のグラウンの協奏曲もでていて、大橋先生と情報交換しました。パールはガンバの最初の巨匠と最後の巨匠の録音からスタートしました。大変なキャリアです。現代に古楽を演奏する演奏家は大変です。今でも、この二人の巨匠を並行して取り上げるのは、大変なのではないかしら。
先生は2003年10月30日に亡くなりました。そのあと奥様からサントコロンブという名の赤ワインを頂戴しました。もう今ではお酢になっていると思いますが、ソースにするもよし、ドレッシングにするもよしです。ワインから酢を「再発見」です。でも、食品として「書きかえ」られながら維持される、というのもまた暗示的です。ビンテージのバルサミコのようには到底ならないでしょうけれど。
映画「めぐり逢う朝」でサント・コロンブとマレがワインを飲むシーンがありますが、お金もちではなさそうなので、きっと渋いのだろうな、ちょうど届いたサントコロンブくらいの普通の味だろうな、と。リュリやドラランドは結構お高いはずなので、むしろ サントコロンブが普通なのは本望?かしら。

以下、先生から頂戴した手紙の中の「再発見と書きかえ」の説明の部分を引用します。

 古楽部門の大橋です。ビオラ・ダ・ガンバのほか、バロックの装飾法、音律論、室内楽などもを担当しております。大学にはルネサンス・バロック音楽の演奏法を研究する古楽研究室というのがあって、その主任もしております。この研究室は昼に古楽演奏室で小演奏会を「随時」しています。
 こういうことをいうと、ずいぶん古臭いことをしているのだな、と思われるかもしれないけれども、古いものの中から今まで知られなかった、新鮮で大切なものを発見する喜びがたくさんあるのが、この分野だと思います。もちろん、これは古楽学生の占有物でなくて、みなさんとしては、この際ブラームスだって、結構古いではないか、と「開きなおる」ことが大切だと思います。
 さて、最近とても意欲的な、フランス・バロック音楽のCDを聴いたのですけれども、それには「再発見と書きかえ」という題がついていました。この二つの言葉は、じつは、このCDの中で演奏している曲名でもあるわけですが、この演奏家たちの曲に対する演奏姿勢を、この言葉で表しているのです。再発見はルトルーヴェで、これは英語のリトリーヴです。リトリーヴーという盲導犬がいますね。もともとは猟犬で、打たれた獲物を探して持ってくる犬だからこう呼ばれます。原曲には、どうしてこの曲に、このニックネームがついたか、という注釈がついていて、それによると、長い間、ほっておいたものを、写譜した人が、再発見したから、とあったのです。私は、この音楽も素晴らしいと思ったのだけれども、この言葉もとても気に入っています。
 何故かというと、作曲する人がもっともしたい事、というのは、おそらく、自分のその時のイメージを音にして音譜に留めたい事、だと思うのですが、そのオリジナルのイメージを探してきて、それを、私たちの今に、再現するのが、私たち演奏家の役割だからです。それをすることは、実はとても難しいことで、音楽の知識だけでは、とても足りないでしょうし、音楽の技術だけをとっても、とても大きな勉強が要求されます。このCDはその演奏家のように、無伴奏の音楽に鍵盤の伴奏をつけてみると、かえって元もとの深さが出てくるかもしれないのです。
 ちょっと難しい話になりましたが、私が伝えたいことは、いつも探して来よう、retreiveして来よう、再発見したい、という姿勢で、勉強していると、人の心を動かすような演奏家になれるだろう、という話です。
 先ほどの盲導犬ですが、彼に会うと、何かは見る人を聳動(しょうどう)するような感じを受けるのですが、それはもしかしたら、困った人を助けているからではなくて、昔、たくさんretreiveしたから、人を感動させるのかもしれませんね。 (1997年6月3日のお便りから)


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