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笑うバロック展(164)  センペのシャンボニエール・ブレンド

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さてこれから、シャンボニエール(1601/2-1672)についてのセンペの解説を読みましょう。翻訳者がいかに感動をもってCDを傾聴したかが伝わってきます。
キーワードは「ブレンド」です。実際にはセンペのシャンボニエールについての表現ですが、現代にバロック音楽を専門にするセンペが「ブレンド」という言葉を使用しているのが印象的です。

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スキップ・センペ氏がトマス・メース氏と、この Chambonnieres について話す
:1992年、春、パリにて。
(翻訳 : 大橋敏成)

Mace(メース): 音楽史は、シャンボニエールを「フランス・クラヴサン楽派の父」という古臭い(一応、そう言っておく、みたいな)称号を与えていますが、どうしてだと思いますか?

Sempe(センペ): 彼はたくさんのことの「父」でした。彼は独奏・作曲家として、聴衆を魅了した最初のクラヴサン奏者の一人でした。独奏家として、彼は、彼の楽器を聴衆に語りかけ、心を揺さぶることが出来るかを発見した最初の演奏家でした。彼は、それまで語られることがなかった彼独特の鍵盤に触れる技術を見つけたのです。彼の同時代者は、彼の演奏から、他の人が真似の出来ないものを聴いたのです。 Mersenne は彼のクラヴサンを聴いて「ここにクラヴサンは最後の名人に遭遇した」と言ったし、ヨーロッパの国々を歴訪した Christiaan Huyghens は「彼に匹敵する人はいない」と言っています。
しかし、彼の「父としての役割」は、神話(作り話?)です。シャンボニエールは、長いルネサンスからの鍵盤音楽、弦楽器の合奏音楽、リュート演奏、表現的な歌唱などの伝統、の終わりの時期にあった。彼の芸術と、いわゆるフランス様式の間にはかなりの隔たりがある。それは、彼の弟子であったルイ・クープランとの間にもある。

Mace: 彼の舞曲についてはどうですか?これらの作品を考えると、ダングルベールやルイ・クープランとともに、彼をフランス・クラヴサン音楽の主流に加えることになりませんか?

Sempe: 私は、彼の舞曲には踊りのエッセンス以上に詩的なものがあると感じています。彼はアルマンドやクーラント、サラバンドを書いたけれども、彼にとってそれは、一般の人が思うような踊りの曲を書いたのではなかった。事実、シャンボニエールや、ダングルベールやルイ・クープランの高い演奏では。ダンス・リズムの影響による " notes inegales " や、他のフランス音楽の演奏習慣などを試みればよい、というだけにとどまらない、はるかに内容のあるものでなければならない。シャンボニエールの作品はエール・ド・クールとイタリアのレチタティーヴォ(モノディのデクラメーションと修辞法、その例をあげれば、アリアンナの嘆き、ペネローペのモノローグなど)の「鍵盤上での統合」と言えるでしょう。
シャンボニエールは踊りにも精通していた。彼は " Ballet Royal de la Nuit 1653 " では、演奏に加わった。しかし厳格な意味での舞曲 dance music は、リュリによって育てられたようなオーケストラ独特の影響によるものである。シャンボニエールは独奏の分野に魅きつけられていたのであって、オーケストラの仕事は反独奏的であることを知っていた。独奏者の自由は、第一に極度に不規則なフレーズの長さ、不規則なアクセントの音型で作曲できること。そして第二に、自由に解釈できること、例えば、あるジェスチュアのために、特別の音符のために時間をとる taking time などだが、それは特定の効果や細部の最適な美しさを保証するものである。装飾は、この時期には独奏者にとって、欠かすことのできないもっとも基本であった。シャンボニエールはリュリのやり方を受け入れなかった。それが、宮廷でリュリのオーケストラの通奏低音に加わることを拒絶したという話で伝えられることになった。

Mace: シャンボニエールは丁度、フランスのクラヴサン製作法が根本的に変化する時期に生きた。イタリア型と以前のフランス型 native French のクラヴサン(軽い構造、ショートスケール、ブラス弦)は、新しい型(フレミッシュ型に倣った、ロングスケール、アイロン弦)の楽器にとって変わられた。この楽器の変化は、シャンボニエールの音楽と関係があるのですか?

Sempe: 全くそのとおり!シャンボニエールは、この新しいタイプの楽器で作曲し、演奏した最初の偉大なクラヴサン奏者だったのです。この新しい北ヨーロッパ型の楽器は、 Ruckers や Couchet のワークショップで発展してきたものです。そしてフランスのクラヴサン音楽は、この種の楽器のもつ音に根源的に因っているのです。例えば、彼は、このクラヴサンの低音の持つ力と鮮明さを使った最初の作曲家なのです。それは、人が、恐らく、次の世紀に聴くことになるようなものです。この北ヨーロッパ型の楽器は、弾く感じが(以前のものと)全く違うのです。それは以前には存在しなかったタッチの感触に表れます。このタッチの感触は高貴で豪奢です。シャンボニエールも、リュリも Chinoiserie に装飾されたクラヴサンを所有していて、この豪奢、異国風にたいする(盲目的な)崇拝は、彼等にとっての様式に欠かすことの出来ない要素だったのです。

Mace: シャンボニエールは、謂わば、彼以前にはリュート奏者の間でしか使われなかったような、素晴らしいタッチによって称賛された。貴方は演奏家として、このタッチの理想に近づこうとしているのですか?

Sempe: タッチはアーティキュレーションの問題ではない。そうではなく、タッチは一つの音から次の音に移る問題である。即ち、それは一つの修辞的な意思表示から発して、次の音に移る問題である。それは、[或る音符に使う]時間とブレンディング Blending にかかっている。音符を、書かれている音価より、如何に長く保持するか、そしてこれらの音に、次にどの音 notes をブレンド Blend するかを選ぶことである。同じ和音のもとに一つにまとめようとしたり、または、同じ和音でないものを区別したりして。これは楽器の響きに耳を傾けることでしか、これを行うことは出来ない。これは演奏者の想像力で行うべきことだが、楽器の能力の可能性がそうするように仕向ける。北ヨーロッパ型の楽器には、鈴のように鳴る性質、非常に長い保持する音質があり、それが音を混ぜる Blend ことを可能にする。ショートスケールの初期の楽器では、出来なかったことである。共鳴 Resonance は、演奏の技術を変えさせた不思議なもので、それまで全盛であったリュートを越え、打ち勝ったことになったのだ。最大限の共鳴こそ、その当時の作曲家が探し求めていたものだ。シャンボニエールの作品でも、記譜法の中に「混ぜ合わせ Blending 」を見つけることが出来ます。記譜法の幾つかの重要な局面に従うならば、演奏者は、至る所で、指を置き換えてゆかなくてはならない。

Mace: 貴方のシャンボニエールの録音では、即興でリュート伴奏をつけた曲が含まれていますが、これの正当性は、どこにあるのですか?

Sempe: 現代では、誰も、リュートと共に" en concert " でクラヴサンを演奏しようと試みた人はいません。だけれど、私は、正当性という言葉よりも「思い出させるもの reminder 」という言葉の方が好きです。このような演奏が行われていたことを、その同時代者である Le Gallois などが呼び覚ませてくれたのです。リュート奏者はクラヴサンの譜面台の側にいて、素直に独奏楽器のための通奏低音を弾くのです。17世紀をとおして、クラヴサンとリュートは2つの室内の最上の楽器であったのです。2つの楽器ともに、即興的な伴奏を担当し、また、素晴らしい独奏のレパートリーを持った楽器でした。クラヴサン奏者とリュート奏者は、彼らの楽器から適切な「響き Resonance 」を醸成させるかを理解する、ということにかけては、兄弟のような間柄であった。特にリュートの " baigne " " campanella " では、隣接する音や、繰り返される音が、別の弦で鳴らされるので、2つめの音が弾かれているのに初めの音は未だに響いている、というような効果がある。記憶しておいて欲しいことは、これらの演奏家は、みな作曲家でもあり、皆が、どうしたら、この上なく美しい、そして繊細な音を作ることが出来るかを理解していた、ということです。

Mace: シャンボニエールの作品は出版譜と手稿譜で残っていますが、しかしどれも、ダンス組曲としては組まれていません。この録音で、貴方はどのようにして、これらを組曲に仕立てたのですか? また、ノン・ムジュレのプレリュードを加えていますがそれについても。

Sempe: 私は、プレリュード、独立した小曲、そしてそれらを組曲として編集した。それはバロックの伝統である小さなスペースが所々にあるやりかたに意味を見い出しているからである。このアイディアに忠実であるためにノン・ムジュレのプレリュードを加えた。その或る曲は自分で即興したものであり、或る曲は作者不詳のノン・ムジュレのプレリュードを借りた。シャンボニエールのノン・ムジュレ作品は、今日まで残されているものはない。シャンボニエールの作品は、さまざまなソースに分散しているので、[それを丹念に研究しにくいが]しかしそれは17世紀フランス・クラヴサン音楽を理解する上でのロゼッタストーンのようなものと言えよう。この録音は私自身が原資料を編集したエディションである。だけれどそこで、私が試みたことは、説得力のある、人の心を動かすプログラムを作ることだった。そしてそれは、シャンボニエールが演奏した時も、そうしたことだったと思う。

CD data:
Jacques Champion De CHAMBONNIÈRES(1601-1672)
シャンボニエール
Pièces de CLAVECIN
クラヴサン作品集
Skip SEMPÉ: CLAVECIN Flemish1680
スキップ・センペ(クラヴサン・1680年製フレミッシュタイプ)
DHM 05472 77453 2



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