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追っていた可児壮隆の影。 「14番・脇坂泰斗」を待ち望んでいた理由


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「大学に来てもスカウトの方やサポーターの方が、大阪までわざわざ来てくれて本当に感謝をしているし、それに恥じないように自分が結果を残していかないといけないなと思っています」
(脇坂泰斗 / 2014年インカレ2回戦)


一昨年いっぱいで引退した“川崎のバンディエラ” 中村憲剛が長らく背負った14番の後継者が決まった。U-18出身、阪南大学を経て2018年に加入し今年で5年目を迎える脇坂泰斗が、その人だ。


個人的には昨年の段階で14番になってほしかったのだが、8番が続いたことで少しがっかりしたのが正直なところである。ただ、思い返せば彼は阪南大時代も1年で8番を背負い、その後、阪南大のエース番号である14番を背負っていた。

“フロンターレの14番”については語るまでもない。J2時代に入団し、18年間移籍することなく川崎一筋でプレーをした中村憲剛を象徴する番号だ。数あるJクラブの背番号の中でもその重みはトップクラスである。

そんな中村憲剛の引退後に14番を引き継ぐ選手については誰もが関心を寄せるところだったが、自分の中ではずっと、脇坂泰斗一択だった。

その背景には、可児壮隆の存在もある。

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