回復3

私の回復過程③ーⅰ もう無理して背伸びして生きなくていいんだよ


私の回復過程①私の回復過程②の続きです。

5000字近くの長い文章ですが、もし生きづらさを感じている方がこの記事に足を止めて下さったなら、何かお力になれるメッセージがあるかもしれません。目次を読んで興味のある章だけでも読んでいただけたら、とっっても嬉しいです。



1.体の症状は苦しんできた内なる自分からのメッセージ

入院する前の私は、入院さえすれば楽になれると思っていました。だから、入院することだけを希望に、休学する前の最後のテストもレポートの山も全エネルギーを使い果たして何とか乗り越えました。(大学3年生までは何とか通って、大学4年生から休学しています)

ところが、本当の闘いはこれからだったのです。入院してしばらくすると、今までにはなかった症状が次から次へと出てきました。精神的におかしくなりそうな発狂しそうな頭痛、毎晩パニック発作の一歩手前みたいな呼吸困難、人の会話の声すら頭に響いて耐えられない、音もダメ、光もダメ、匂いもダメ… あらゆるものが刺激となって体のあらゆる部分で症状が出ました。

今まででも苦しんできたのに、どうしてここで こんなに苦しまないといけないのか...とかなり落ち込みましたが、ある時気付きました。


「あ~、この症状は今まで無理して繕ってきたものが剥がれたから色々出てきてるんだ。これがほんとうの苦しさ。ほんとうの私の状態なんだ。
今まで散々自分を責めてきたけど、責める自分がいるということは責められる側の自分もいるということ。これは、責められる側の自分が受けてきた苦しみが痛みという形で必死に叫んでいることなんだ」。


そう気付いたとき、私は自分自身に対して本当に申し訳なくなりました。体のあちこちが耐えられない苦痛に襲われるたびに、私の心はこんなに苦しんできたんだ... 私は自分自身をこんなに痛めつけてきたんだ...ととても胸が痛かったです。その気持ちを隣のベッドの患者さんに話すと、
「自分に申し訳なく思うより、ありがとうって伝えてあげるといいよ」と教えてくれました。

その日 私は自分自身に対して
「今まで沢山傷つけて本当にごめんね。苦しかったよね。ちゃんと感じてる。伝わってるよ、その苦しみ。本当にありがとう。こんなに苦しいのに、今まで生きて来てくれてありがとう。生きることを選んでくれてありがとう」
と語りかけました。

すると、あれほど否定して責めて憎んできた自分自身のことを、なんだかいとおしく思えたのです。温かくやさしい気持ちに包まれて、生まれてはじめて '自分を大切にしたい' という穏やかなやわらかい感情が芽生えました。


この体の強烈な痛み苦しみがなければ、私は自分自身のつらさを受け入れることはできなかったと思うので、本当にきつい日々でしたが、症状が出たことにとても感謝しています。



2.自分の気持ちを信じていい

今まで私は自分の考えも持っているけど、いつもその考えや感じていることに自信がなく、他人に自分と異なる意見を言われると「私は間違ってるんだ」と自分の感じていることを信じることができませんでした。
「私は間違っていて、周りの人は全て正しい」みたいなおかしな感覚があって、自分の感じていることを胸の内に閉まって、声に出さないことがとても多かったです。

そんな私が入院して苦しんでいたことの一つが、治療に対する医師の考え方でした。私は体の治療を進めることも大事だけど、心の治療も同じくらい大事だと思っていました。確かに、体が原因で心が苦しくなってしまう部分もあるけど、幼い頃からの恐怖心とか自分を苦しめる思考回路とか、そういうものは別途心の治療が必要だと感じていました。

しかし、医師は体が原因でそういう心の問題があるから、心の治療は必要ないという考え方を持っていました。私はずっと家庭環境とか色んなことで苦しんできたのに、それはちがうの?この苦しみは間違ってるの…?体が全てなの…?と自分自身の今までの苦しみを否定されたような悲しみが心の奥にずっとありました。

そんな時、同じ病気で入院している患者さんと話す機会があって、その患者さんに自分が感じていることを話したら、「私も同じように考えてるよ。だから、体の治療は病院に任せて、心のことは認知行動療法の考え方を落とし込んだり、自分でやってるよ」と話してくれました。

その話を聞いて、私は間違ってなかったんだ...!自分がそう感じたなら、自分の気持ちを大事にしていいんだ… 全ての意見を人に合わせる必要はなく、自分の意見というものを持ってもいいんだ…!ととても嬉しくなりました。


それからは、自分が感じていることを押し殺さずに、言葉にして伝えるという練習をしました。もちろん、自分の意見がすべて正しいとは思っていないし、伝えたところで対応してもらえないかもしれない。それでも、自分の心を守るために、感じていることをきちんと言葉にして表現することが大事だと思ってやっていました。

でも、今まで自分の気持ちを言葉にしないことが圧倒的に多かったので、いざ言おうとするといちいち緊張してしまいます。
例えば、同室の人に空調の温度を上げてほしいと言うだけでも、めちゃくちゃ緊張しました。自分は寒いと感じているけど、他の人は暑いかもしれない…私の感覚がみんなと違ったらどうしよう…とか色んなことがグルグル頭を回るので、一言発するのがやっとでした。

看護師さんに薬が切れたから出してほしいとお願いするだけでもこわかったし、痛かったら言ってねと言われる治療では痛くても「痛いです」と言うのがこわくて我慢することが多かったし、本当に重症でした(笑)


自分の気持ちを言葉にして伝える練習をする中で気付いたことがあります。それは、私は自分の思いを言葉にして、それを否定されたり怒られたり反論されたりするのがとても恐くて、ややこしいことになるくらいなら自分が我慢すればいいと、ずっと我慢という名の逃げをしてきたんだなということです。

私にとっては言わないことに慣れているから、その方がリスクがなく結果も分かってるからとても楽です。だけど、我慢するのはとても苦しい。ずっと苦しみが心の底に残って消えないのです。
一方、自分の気持ちを言葉にして伝えることは私にとってはめちゃくちゃきつい。いちいち緊張するし、一言発するだけでもエネルギーをものすごく使うし、どんな言葉が返ってくるか分からないからリスクは高い。だけど、自分の心に苦しみは残りません。我慢せずに言えたから、返ってくる言葉はどうであれ、なんだか胸につかえてるものが取れたようにすっきりしました。


今でも人に自分の気持ちを伝えるのは苦手です。自分にとって大事な悩みであればあるほど、緊張するし不安になるし、やっぱり言わないでおこうかな...と思うことが多いです。言おうと決心して話し出しても、やっぱりこわくて8割話せても2割の核心(一番言いたかったこと)が言えなかったり…

それでも、やっぱり自分の気持ちを言葉にしてちゃんと伝えることは、何よりも自分のためだということを 勇気を出して伝える度に感じるので、これからも続けて練習していきたいです。いつか緊張せずに伝えられるようになることを願いながら。



3.無理な優しさは作らなくていい

今までずっと人の顔色を伺って、相手が何を望んでいるのかを汲み取って行動してきた私ですが、入院中はそういう余裕が全くなくなりました。何よりも自分がしんどい…もう頭も回らないし、自分の症状と闘うだけで精一杯という状況でした。

ある日、私の大部屋に新しい患者さんが入院してきました。いつもの私なら、新しく来たからこれもあれも分からないだろうな...って先に色々考えて、その人が困る前に声をかけていたと思います。挨拶するときも、笑顔で色々お伝えしていたと思います。

だけど、その時は体調が絶不調で挨拶するのも名前を言うだけで精一杯。その人が困っている様子を見ても、他の人が助けてくれるだろう...と何も声をかけることができませんでした。それくらい余裕がなかったというのもあるし、その時は人のことよりまずは自分のことを優先する。人に手を差し伸べる前に、まずは自分に手を差し伸べる。そして、自分がしなくても他に助けてくれる人がいることを信じて委ねる という練習をしていた時だったので、反射的に人を優先する行動を取ろうとする自分をあえて抑えていたというのもあります。


私はそれまで自分がどんなに苦しくてもしんどくても、人のことを優先して生きてきました。でも、それは心から満ち溢れる優しさではなくて、カラカラに乾いた砂漠から必死に水を絞り出したような行為。だから「私はこんなに必死な思いをしてあなたを想っているのに、どうしてあなたは何もしてくれないの…?」といつも心のどこかで見返りを求めていたし、裏切られたような悲しみを持っていました。とても自分勝手、ですよね...

それは、相手を本当に愛しているのではなく、相手に映る私自身を見ていたということです。私は、相手を想っているようで実は自分のことしか見ていなかったのです。「相手に嫌われないように」それが私の全てだったと思います。優しくしたらきっと嫌われない、それを自分の信条として生きていたのです。

だから、もう嫌われないために人に優しくするのはやめようと決めました。本当に心から「この人のためにこうしたい」そう湧き上がる感動があった時にだけそのようにして、無理に「優しくしなきゃ」と義務的に私が考える”優しさ”を振りまくのはやめようと思ったのです。


新しく入院してきた人にも、できれば嫌われたくないし良い印象を持ってもらいたい... それは本音です。だけど、もう無理な優しさは作らないと決めたから。たとえ良い印象を持ってもらえなかったとしても、優しくしない。まずは、自分がしんどいんだから誰よりも自分のことを大事に思って過ごそう。そう心に決めて、その患者さんとはほとんど何も言葉を交わさずに過ごしていました。

きっと私って素っ気ないよな~。優しさのかけらもないよな~。と にがい感情を抱きながら、それでも訓練だと言い聞かせて過ごしていたある日、その患者さんが話しかけてくれました。

「hamiiちゃんにほんとうに癒される。初めて話した時から、とても癒されていたし、優しすぎて変な人に騙されないか心配だわ~。ふふ 
きっと、今までhamiiちゃんの優しさに救われた人は、たくさんいると思いますよ。だから、自分を責めないでくださいね」。

もう私は衝撃的すぎて自分の耳を疑いました。自分史上、最も人に優しくしていなかったのに!?自分では素っ気なさ120%だと思っていたのに?!ええええ~~~ほんとうに?!
と脳内はプチパニック状態でした。

でも、その言葉をいただいて、素直にとてもとても嬉しかったです。そして、生まれてはじめて自分は優しいのかもしれないと思えました。無理につくらなくても、私の存在自体から流れ出ている優しさがあるのかもしれないと感じることができました。自分の持っているちからを信じられた、そういう感覚だと思います。

「もう無理してつくらなくても、そのままのあなたで十分素敵だよ」そう言われた気がして、ありのままの自分でいることを許された気がして、とってもうれしくて、心があたたかいぬくもりに包まれました。



本当は③の中でもっと書きたいことがあったのですが、とても長くなってしまったので、もう1つの記事に分けることにします。

全部読んで下さった方がいるのかな...?と思いますが、こんなに長文読むだけでも疲れるのに、大切なお時間を使って、私の紡いだ言葉を読んで下さって、心からありがとうございます。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

カタツムリのように ゆっくりゆっくり日々を歩んでいます。 もうすぐ暖かな春がやってくるのが とても楽しみです。 最後まで読んで下さって 本当にありがとうございます。 読んでいただけて、とても嬉しいです。 素敵な1日になりますように^^

とっっても嬉しいです!ありがとうございます^^
16
やわらかく、ほっと安心できて、スーッと解かれていくような、心の感覚を大切に 𓍯 ┊︎ 今 感じること/ 自分と向き合うこと/ 素直な気持ちを綴っています ┊︎ 女子大学生(心身の療養のため休学中)┊︎ 淡い色、空、写真がすきです𓏭 フィルムカメラはじめました 𓏬𓆸

コメント5件

いつも温かいコメント、本当にありがとうございます。
このようなお言葉をいただけて、書いてよかったと思えました。
hamiiさん、こんばんは。
今日もお心を感じるnoteをありがとうございます。
過去の、最近の心情を思い出しながら、私もきっと同じような気持ちの時があったのだと共感しながら、心の氷が溶けるのを感じながら拝見していました。

沢山の方が、佳境の中のhamiiさんにも癒やされている…その温かな雰囲気に、文章を通じて触れられて幸せです。
ありがとうございます💗(*^^*)
佳境…間違えたかも知れない…
大変な最中に、と、書き添えたかったです(*^^*)
間違えたままに、どうぞ受け取って下さい~💗
ますみさん、こんばんは。

読むだけでも大変なのに、さらにこんなに温かくやさしいコメントを送って下さって、本当にありがとうございます。涙

ますみさんにも同じように感じる時があったのですね... 心の氷が溶けると言っていただけて、わたしの言葉をそのように受け取ってくださったこと、本当にうれしいです。

いつも、ますみさんの言葉、そこから溢れるあたたかさ、大切に受け取らせていただいております^^
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。