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2014/8/10「一夢庵風流記 前田慶次」

★宝塚に前田慶次ができるのか?

 隆慶一郎の「一夢庵風流記」を宝塚歌劇団が舞台化すると聞いて私は耳を疑った。主人公の前田慶次は身長2メートル近い大男で豪放磊落、数々の奇行で知られる。それだけでも宝塚歌劇の主人公としては十分に異色。それに、馬はどうするのだ。愛馬「松風」の背にまたがって長い朱槍を振り回す姿なくしては前田慶次足り得ない。

 だが、私はどうやら脚本・演出の大野拓史氏がこの作品に傾けた情熱を、そして日本物の主演としては格好の逸材である壮一帆という雪組トップスターを見くびっていたようだ。希代の傾奇(かぶき)者として知られる前田慶次は、華やかにも美しく、颯爽と愛馬松風の背にまたがって宝塚の舞台に甦ったのである。

★和物の雪組、渾身の配役

 主な配役は次の通り。

前田慶次(天下一の傾奇者)          壮一帆
まつ(前田利家の正妻)            愛加あゆ
奥村助右衛門(前田家の重臣、慶次の友)    早霧せいな
前田利家(加賀の大名、慶次の叔父)      奏乃はると
四井主馬(前田家の忍びの頭)         彩凪翔
加賀(前だけの忍び)             舞咲りん
捨丸(前田家の忍び、後に慶次の家来)     咲妃みゆ
深草重太夫(京の傾奇者)           夢乃聖夏
深草重三郎(重太夫の弟)           彩風咲奈
深草屋しげ(重太夫の姉)           麻樹ゆめみ
雪丸(元前田家の小姓)            未涼亜希
加奈(助右衛門の妹、まつの侍女)       大湖せしる
直江兼続(上杉家の家老)           鳳翔大
黒田官兵衛(秀吉の軍師)           蓮城まこと
北条氏規(北条氏政の弟)           朝風れい
庄司又左衛門(相州牢人)           香綾しずる
庄司甚内(又左衛門の息子)          月城かなと
豊臣秀吉(時の権力者)            夏美よう
二郎三郎(正体不明の男)          一樹千尋

 配役一覧を見ていただければ分かるように秀吉、利家とまつ、直江兼続に黒田官兵衛……と近年のNHK大河ドラマでもおなじみの名前が並ぶ。少しでも観客に馴染みのある人物をという大野氏のサービス精神が感じられるのも何だか好ましい。

 なお、松風(馬)役は松竹から歌舞伎に出演する「馬」を「中の人」ごと借りる、という形をとった。顔こそ見えないが宝塚歌劇の舞台に男性が出演するのだ!

★大野拓史氏の脚色が光る

 この作品を語る上で、まず褒めるべきは大野氏の脚色だろう。原作小説はかなりの長編。これを一時間半の宝塚芝居にまとめあげた手腕はお見事。基本は天下統一に向かう戦国末期という時代を背景に、武将前田慶次郎利益の有名なエピソードの数々を連ねていく形だ。

 叔父前田利家を水風呂に入れてそのまま国を捨てて出奔。京の四条河原で傾奇者たちを叩きのめし、呉服屋の店先で寝そべっている男の足を百貫文で買い上げ、時の権力者豊臣秀吉の前ではわざと髷を横向きに結ってまっすぐ頭を下げない。かと思えば、友情を結んだ直江兼続のため戦場に駆けつけて獅子奮迅の大活躍……といった場面が舞台上で次々と繰り広げられるのは実に痛快で楽しい。

 それぞれのエピソードを物語のよこ糸とするなら縦糸は慶次と奥村助右衛門(早霧せいな)の友情である。国を出奔する慶次のために時間を稼いだかと思えば、京では慶次と直井兼続(鳳翔大)を引き合わせ、そして最後には前田家のために慶次を斬ろうとする。正直者で実直な助右衛門という存在があればこそ、慶次の傾奇ぶりが際立つ。

 慶次のエピソードと物語の登場人物を、巧みに絡み合わせていく手法も面白い。京の傾奇者である深草重太夫(夢乃聖夏)・重三郎(彩風咲奈)兄弟の実家を呉服屋にし、慶次が「足を買う」という有名なエピソードに絡める。原作では重三郎はあっさり慶次に斬られて死んでしまうのだが、大野脚本の重太夫は慶次の弟分となって物語に笑いを添えて、ついには慶次から「友」と呼ばれるまでになる。実に美味しい役どころだ。

 重太夫と共に慶次の側に忍びの捨丸(咲妃みゆ)を配し、性別を女性に変えたのも功を奏した。兄の敵である慶次の家来となって、側近くから命を狙うのだが、慶次は強過ぎて歯が立たない。重太夫らの呉服屋で娘らしい格好をさせられたり、松風の世話をしながら慶次に仕えるうちに捨丸の心は揺らぐ。男ばかりの登場人物の中で、捨丸は一輪の可憐な花を咲かせ、哀しい運命に散っていく。

 雪丸(未涼亜希)に四井主馬(彩凪翔)の兄という設定を加え、前田家や奥井助右衛門兄妹に深い恨みを持つ男としたのも良かった。顔に傷のある美男だが性格は酷薄な男として、原作では助右衛門の妹である加奈(大湖せしる)の気性の強さを示す逸話の中に出て来るだけの人物だが、大野氏はそれを膨らませて敵役に据えた。

 庄司又左衛門(香陵しずる)・甚内(月城かなと)のいわくありげな牢人の父と子を登場させたのも良かった。当初は慶次の味方だったが、一族の念願を果たすために雪丸の陰謀に取り込まれ、又左衛門と慶次は剣を交えることになる。

 そしてなぞの男二郎三郎(一樹千尋)。この人物、最初は狂言廻しの様に振る舞っているが、物語の後半には徳川家康として再登場する。実はこの二郎三郎は、隆慶一郎作「影武者徳川家康」の主人公で「影武者…」では密かに暗殺された家康に代わって天下を統一していくのだ。もっとも今回の舞台に限って言えば、単に二郎三郎=家康と見ることができる。

★宝塚ならではの恋愛要素もたっぷり

 とはいえ、慶次の奇行や武将たちの権力争い、忍びの暗躍といった要素ばかりでは宝塚歌劇らしくない。そこに色を添えるのがヒロインのまつ(愛加あゆ)だ。宝塚版では慶次とまつは幼なじみでかつて尾張の荒子城で共に育ったことになっている。織田信長の命令で慶次は父と共に国を追われ、残されたまつは利家に嫁ぐが、今も慶次を憎からず思い、慶次もまつと交わした「ある約束」が守れなかったことを悔いているという設定が加えられている。

 秀吉(夏美よう)が利家(奏乃はると)に慶次を連れてくるよう命じたとき、まつは進んでそれを引き受ける。慶次はまつのため、自らの命をかけて傾奇者としての意地を通す。後でそれを知ったまつは慶次の心意気に思わず涙して、焼け木杭に火が付くのだ。まつと慶次の恋愛は「不倫」ということになるが、背景を丁寧に作り込むことで、その思いを純粋な「恋」に見せる。その匙加減が絶妙で心憎い。

 それでも慶次の恋は最後には破れる。たとえ純粋であっても道に背く恋には終わりがあるときっちり見せるのは道徳的だ。宝塚は基本的に良妻賢母のための娯楽であり、不倫を奨励したりはしないのだ。

★クライマックスは秀吉暗殺未遂事件

(ここからはネタバレがあります)

 芝居の大きなヤマ場は、遊郭での秀吉暗殺計画。天下を狙う二郎三郎(=徳川家康)の意を受け、雪丸率いる忍び集団偸組(ぬすみぐみ)が秀吉暗殺を企む。同時にまつをおとりに慶次をおびきよせる雪丸。慶次を前田家の当主に担ぎ上げて利家を排し、あわよくば慶次もろとも前田家を家康派に取り込もうとする。

 しかし、慶次は「大名に興味などない」と雪丸の誘いを一蹴。それならばと慶次とまつに襲いかかる忍びと庄司又左衛門父子。慶次の味方は後を追って来た松風と重太夫、捨丸だけ。大立ち回りが繰り広げられた後、絶体絶命のピンチに。だが、そこへ駆けつけた助右衛門と鉄砲隊の活躍によって暗殺計画は頓挫し、雪丸は企みの発覚を恐れた家康に斬られるのである。

 まつ誘拐を手助けしたのは雪丸に籠絡された加奈。が、兄助右衛門に雪丸たちの企みを知らせたのも加奈。つまり「加奈が二重の裏切りを行った」ことで暗殺事件は未遂に終わるのだが、元々人間関係が込み入っている上、展開もスピーディーなので、ストーリーを追いきれない観客も少なからずいるのではないかと思う。大野脚本、ここはちょっと惜しかった。

★壮一帆の当たり役、前田慶次ここにあり

 だが、ストーリーの細部がわからなくても「一夢庵風流記 前田慶次」は十二分に楽しめる。それは、雪組トップスター壮一帆が、前田慶次という一風変わった主人公を実に見事に演じきっているからだ。 

 壮一帆の慶次は、自由で大らかで美しく、それでいてスジが通っているのが見た目にもはっきりと分かる。立ち上がれば背筋がすっと伸びて、剣を構えれば腰が座る。壮の最大の長所は目が効いて表情が豊かなこと。敵に向かえば眼光鋭く、友と女性には優しいまなざしを向ける。きっと口を結んで意思の強さを示すかと思えば、口を開けて豪快に笑う。見ているだけで楽しくなってくるほどだ。

 その上、立ち回りも上手い。宝塚で「剣の達人」とか「絶世の美女」というのは「そう思ってみてね」という観客との約束事で成り立っていて、そうは見えないこともよくあるのだが、壮の剣さばきは見事。(先日、インタビューを受けているのを見たが、本人によれば雪組は日本物の演目が多く、「斬られ役」の人も上手い人が多いそうだ。)

 その演技を助けるのが華やかな衣装。傾奇者というだけあって、慶次の着物は通常の武士の姿に比べると派手派手しい。白地に花丸柄の着物の上に真っ赤な裃に白抜きで梅の花の絵が描かれているのをつけているかと思えば、紫の着物と袴にえんじ色の陣羽織、戦場では赤い鎧に黒地に金で百合を描いたマント。秀吉に対面するシーンではドクロ柄の白黒の着物だったりするのだが、どれもよく似合う。衣装を着こなすというのはこういうことかと感心した。

★日本ものは永遠に不滅です

 宝塚の日本物には独特の美学がある。美しく華やかで、それでいてどこか懐かしく心に染みる。昨今、テレビの時代劇でも現代風の物言いや立ち居振る舞いの役者さんが増えているが、宝塚歌劇の日本物にはまだまだ古き良き時代劇の香りが漂う。人気という面では、アメリカやヨーロッパ発の輸入ミュージカルに押されつつあるのかもしれないが、ぜひこれからも日本物の上演は続けて欲しいと願うばかりだ。

【作品DATA】原作は隆慶一郎「一夢庵風流記」。脚本・演出は大野拓史。宝塚大劇場で2014年6月6日〜7月14日、東京宝塚劇場で8月1日〜31日に、グランド・レビュー「My Dream TAKARAZUKA」と共に上演された。この公演は、雪組トップコンビ壮一帆と愛加あゆの退団公演となった。

#takarazuka #宝塚 #雪組


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