見出し画像

5. 旅に効率は必要なのか

 写真は何年か前、秋田県にある乳頭温泉郷の有名宿「鶴の湯」に行ったときのもの。日本各地にある秘湯の中でも特に有名で、なかなかに不便(当時は携帯の電波が届かなかった)な湯治場だけど、普段の旅行とは違った雰囲気で楽しかった。

 まわりにコンビニなんてなく、ただ静かに温泉に入るためだけに訪れる宿。1週間ここにいろって言われたら飽きちゃうかもしれない。でも、たまにはこういうところに行くのも、いいものだと思う。きっと昔の人は、こうやってのんびり旅をしていたんだろうな。


 なんでそんな話をしたのかと言うと、「みんな、旅行にいろいろ詰め込み過ぎじゃない?」と感じるから。旅先って、何もしなくても慣れないことの連続で疲れるのに、そんなに予定を詰めたら倒れちゃうよ、と心配になる。旅というのは、ちょっと時間が余るくらいで計画しておかないといけないものだと思う。


旅の効率を捨てる

 特に海外旅行では、同じ国・都市にそう何度も行けるわけじゃないから、つい朝から晩まで予定を詰め込んでしまう。食事はなるべく早めに切り上げ、移動に費やす時間を最小限に抑えた一筆書きルートで観光コースを組む。複数人で旅をするなら、事前のプラン作りは幹事の腕の見せ所、と言えないこともない(しかし、どんなグループにも必ず、ついて来るだけの人っていうのはいるもんですな)。

 でも、有名観光地を点で繋いで、ガイドブックのモデルコースをなぞるような旅をして、何が印象に残るんだろうか。たとえばパリに行ったとする。「今日は美術館を回ろう!」となったときに、パリにはルーブル、オルセー、オランジュリー、ポンピドゥー、あとは小さい美術館もたくさんある(ぼくが一番好きなのはギュスターヴ・モロー美術館だったりする)わけだけど、ホテルから近いから、あるいは開館時間が早いからと言って、ポンピドゥーあたりをスタート地点にしたら、どうだろう。現代から近代、そしてその前の時代へ遡りながら絵画鑑賞することになってしまう。それはそれで、歴史的な変遷を逆に辿っていくのも楽しいかもしれないとしても、まぁ、普通はそうじゃないよね。ルーブルに入ってすぐ、まずはミロのヴィーナスとかサモトラケのニケを見て、それからだんだん時代が下っていくのが、絵画の歴史に沿った自然な形。ルーブルからオルセーに移動して印象派を目にしたときの感想と、逆の順番でルーブルに入り、急に暗い宗教画に出会ったときの感想は、だいぶ違うんじゃないかという気がする。

 うちの奥さんは新婚旅行が初めての海外で、遠路はるばるベルギーに行った(ぼくは2回目)。ブリュッセルに着いた初日。2月の暗く寒い中、「世界で一番美しい広場」とされるグラン・プラスまで歩くのに、ぼくは「この時間帯なら、この道を通って、この角度から広場に入っていくと、一番きれいな広場を最初に見られるはず」なんてことをいろいろ考えて、ホテルから歩いて行った。その道順は、必ずしもわかりやすい大通りでも、最短経路でもなかったけど、広場が目の前に現れた瞬間をイメージすれば、これしかないだろう、というもの。当然、効率的ではなかった。「グラン・プラスっていう広場に行ってね」という土産話をしたいだけなら、ホテルから一直線に広場に向かい、そのまま横切って反対側を抜ければいい。でも、ここはベルギー旅行のハイライト。どうやって印象に残る観光にするか、というのは、効率よりも大事な要素だと思う。


 秒刻みとまでは言わなくても、分単位でスケジュールを組んでしまうと、近くのカフェでビールを飲みながらちょっと休憩、というのも難しくなるし、いろんな観光名所を見過ぎて、どれがどれだったのか思い出せなくもなる。

 しばらく経ってから旅を振り返ってみて、はっきり思い出せるのって意外に、絶対見るべき有名観光地じゃなくて、ふらっと入ったお店の看板猫とか、変な路地を迷いながらうろうろしたことだったりする。旅の満足度は効率では測れないものだと思う。


旅行会社だって効率重視

 じゃあ、効率を捨てて、ゆっくりのんびり旅をしましょう、と言っても、それを実現するのは意外に難しい。日本人はそこまで長く休めないから、いろんなものを詰め込みがちだし、ずっとそういう旅に慣れていたのに、急に改めろと言われても困ってしまう。モルディブとか、動き回りたくても行く先がないくらいの非日常の世界に連れて行かれでもしない限り、なかなか。

 そういう日本人に合わせているのか、旅行会社が企画するツアーも効率を重視したものばかり。みんなが効率を求めるからツアーがそうなるのか、そういう旅ばかり売られているから効率重視になるのか、鶏が先か卵が先かみたいな話で、どっちが悪いとも言えないけど。たとえば、こんな旅(ツアーのパンフレットに、こんなこと書いてあったな、と思い浮かべながら読んでほしい)。


●日間のコンパクトな日程で●か国周遊します!

 新婚旅行の定番、ドイツ~スイス~フランスの旅、あたりだろうか。あらすじとしては、成田からフランクフルトに着いて、バスでロマンチック街道を下り、ローテンブルクとノイシュヴァンシュタイン城を観光。ミュンヘンでは本場のビアホール体験。その後、スイスで山と湖を眺めながら軽くハイキング。ジュネーヴからTGVに乗って一気に移動し、最終日はパリで終日自由行動もつけときましょうか。いや、忙しい。「往復直行便で移動の負担を軽減!」とか書かれてても、毎日移動ばかりですよ。何と言うか、とにかく有名観光地を繋いで詰め込んだ感じで、全体的な起伏がない。きっとバスの中ではみんな疲れて寝てるんだろうなぁ。

 ヨーロッパに限らず、東南アジアのツアーでも、やたら訪問国数を競うような企画が多くて、パンフレットを見ているだけで胃もたれしそうになる。


ツアー中に世界遺産を●箇所訪れます!

 いや、いいんですよ。世界遺産になるってことは、見どころとしての価値は高いんだろう。でも、数を自慢して何になるんだ。大事なのは、そのツアー全体の流れの中で、必要な観光地への訪問予定が組まれていることじゃないか。大自然を巡るツアーの中に唐突に遺跡が入っても戸惑う。

 ぼくが昔働いていた旅行会社のライバル社(と、相手が勝手に思っていただけという気もするが)はいつも、こっちより2~3万円安くて、訪問する世界遺産が1か所多いツアーを作って売っていた。実際、「あっちの方がね、いろいろ連れてってくれるでしょ」と仰る方もいて、それはそれでひとつの判断基準だとは思うけど、移動が長時間になって大変そうだったり、「ここ、そんなに大事?」という微妙な世界遺産が組み込まれていたりして、なんだかな、と思うことも少なくなかった。


一筆書きの効率的なルートで周遊します!

 日本人は一筆書きという言葉が好きなのか? 同じところを何回も通るのは気に入らないらしい。いちいち移動の無駄があるんだったら、そりゃ避けるべきだけど、一筆書きにこだわるあまり、見るべき順番が崩れてしまうのは、本末転倒。

 ちょっと古い博物館とか美術館で、順路が一方通行になっていなくて、しょっちゅう中央のホールに戻ってこないといけないような造りのところがある。そこで、順路を無視して端の部屋から隣に移動して見学していったら、順路が想定する全体の流れと変わってしまい、理解が深まらない。旅も同じで、一見無駄と思えることにも、ひとつの物語を成り立たせるための要素が隠されていたりする。ただ点と点を線で繋ぐのではなく、ときには余白も必要だ。


寝ている間に効率的に移動!

 夜行列車を使うコースとか、クルーズによく出てくる言い回し。クルーズを効率で語るのは話にならない(移動時間も楽しむのがクルーズの本質だと思っているので)として、なぜ夜行列車を使うのかと言うと、多くは、

・宿代を1泊分浮かせることができる。

・長距離移動の飛行機/バス代を節約できる。

 という旅行会社の都合によるところが小さくない。エジプトやトルコのツアーで見かけるかな。ちょっと考えてほしいんだけど、気候の厳しい中東やアフリカで日中ずっと観光して、疲れてゆっくり休みたいのに、シャワーもない部屋の、狭くて硬いベッドで、しかもよく揺れる、うるさい。そこで「はい、また明日」と言われて、休まりますか。無理でしょう。かえって疲れるわ。寝るときは、効率という言葉を横に置いて、ゆっくりしたいものだ。


 余談だが、この手の詰め込み日程をごまかす謳い文句として「ゆとりの2連泊!」というのがある。そうですか、連泊ですか。そりゃよかったね。と言うのは気が早い。夜遅くにホテルに到着してチェックイン。翌日は朝から観光(滞在都市に関わらず大抵は、市内観光半日と、郊外の観光半日の組み合わせになっている。ただ、午後はオプションかもしれない)。夕食後にホテルに戻ってきて、翌朝早くに次の目的地に向けて出発。ゆとりは一体どこに。一般的なツアーでゆとりを感じるためには、3連泊以上するか、半日以上の自由行動がなければいけないと思う。


 念のため言っておくと、ツアーが全部ダメということではない。よく考えられたツアーもある。あとは自分との相性の問題もあって、行程の良し悪しは捉え方次第。たとえばエジプトのツアーで、カイロの考古学博物館をツアーの冒頭に持ってくるか最後にするか。前者は、まず大きな流れを理解してから個別の遺跡(ギザのピラミッドとか、ルクソールの神殿とか)を訪れるって展開だし、後者だと、いろいろ見たものを振り返りながら博物館を見学して終わる、という話で、どっちの方が自分に馴染むかは、人それぞれ。もっとも、その辺のツアー作りの思想を盛り込んだパンフレットというのは、本当に少ないのだけど。


個人旅行じゃないといけないのか

 昔から、個人旅行派とツアー派の対立というものがある。ツアーの安心と手軽さに比べ、個人旅行は自由度が高く、ツアーでは回らないような田舎にも行ける。自分で何でもできるなら、個人旅行を積極的に選ぶのもいいだろう。

 ただ、ぼくはここまで日本の旅行商品の悪い点を書いておいて、実はツアー派だ。同じ内容なら、個人手配ではなくツアーを選ぶ。なぜか。ツアーならではの利点や、ぼくが旅行を計画するときに考えていることなんかを、次回は書いていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?