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カラオケでVtuberの曲100曲を歌って、(大体)90点を出した ーー幾多の名曲をレビューする (カット版)


バーチャルユーチューバーの曲をまとめるのは難しい。
それは音楽のジャンルの名前ではないからである。
じゃあ歌ってみればいいじゃない。

今回は、そんな見切り発車で歌を歌いまくった結果、とりあえず100曲90点を出したので、その曲たちをレビューしてみる。


きっかけ ーーVtuberと日常


バーチャルユーチューバーに関する話題が世間一般に浸透していき、日経新聞など大きな舞台で名前を聞くようになってきた。
一方で、近くでバーチャルユーチューバーについて話をしたりすると、複雑な気持ちになることがあった。
それはファンの人の話がどうしても運営やお金や、人気や数字の話になることだった。

運営やお金の話をするのが悪いと言っているわけではない。バーチャルユーチューバーの世界を見れば分かるように、Vが引退する理由のひとつにはお金のことがある。それは心配になることもあるだろう。
ただ……果たして音楽やゲームのことを考えている時に、共通して語れる話題が数字になってしまうのはどうなのだろう。


Vtuberのファンの人と話すようになってから、たびたびVとファンの壁を感じることがあった。仲が悪いわけではない。
例えばあるVtuberを見て、あなたが面白い!と思ったとしよう。その人と同じように何かをやってみようと日常の中で思った時に、それを助けてくれる仲間がいる場所や、出来ることが限られ過ぎているのだ
Vを応援する、で止まってはどんな人も生活があって、限界が来る。


例えば任天堂は、一方でゼルダの伝説のように長ロングスパンのゲームがある一方で、それだけゲームをしていたら絶対太る。明らかに太る。
そうした時に、リングフィットアドベンチャーやニンテンドースイッチスポーツが用意されている。

ゲームやる ⇒ 太る ⇒リングフィットやる ⇒やせた!(達成感)
⇒ゲームやる(しかも健康になって)⇒太る・・・

この全てのループを手中に収めることで、任天堂は生活の一部に溶け込み、しかもかかわった人を幸せにするシステムを作っている。経済のサイクルは、当然人間の生きるサイクルである。
どんなに不健康な生活をしているゲーマーであっても、体が壊れたらげーむができない。
Vtuberは

Vの動画見る ⇒おもろい!いっぱい見る ⇒なんかやってみたい 
⇒ ???

今、この???の部分には恐らく「切り抜き動画」「イラストを描く」「Vになる」などが入ってくる。しかし、これら創作活動は結構敷居が高く、かつちょっと仕事に忙しい社会人が馴染める物事ではない。
ここの???を埋めたい
日常にどうやってVtuberを馴染ませるかを考えてみたい。

今は、あまりにVの人気はファンのクチコミに頼っている。しかし、違うコンテンツで、(きちんと人に癒しや日々の糧を与えながら)こうした日常に馴染む生活習慣はないか?
人は推しの壁になることしかできないのか?
あるいは、人は現実を大事にしたら、Vから離れなくてはいけないのか?
Vとの別れは必然で、終わったら夢は終わって何も残らないのか?

どうやって、自分の趣味や日常にVtuber活動を落とせるだろうか。
そこでいろいろやってみることにした

そこでサッカーの観戦にもいってみた。

イラストを調べて見た。まだ形は見つかっていないが、一つだけ答えがあった。カラオケだった。そもそも私がにじさんじを見始めたのは、カラオケで歌える曲を探していたら、緑仙の歌動画にたどり着いたからだった。
だったらそれを徹底的にやってしまえばいい。

というわけで、とりあえず100曲歌ってきた
カラオケでの私の個人的な目標は、どんな曲でもある程度のピッチがあった状態で歌えるようになることだった。
さらに、歌がうまくなるんだったら、スキキライとか歌える歌えないも度外視して、なじみの深いにじさんじ、ホロライブ、神椿などの曲を歌えばいい。なんならそれで、歌詞も読みこんで、ライバーのことに詳しくなればいい。
そう考えて、200~300曲ほどの曲を聞き込み、90点を出せるよう、去年の8月あたりからちょこちょこ歌を歌い始めた。

今回は、これら歌ってみた曲をレビューしてみようと思う。
注意書きとして、当然、自分が歌いやすかった曲や好きな曲を中心に選んでいるので、偏りは当然出てくる。しかし、全体を見ると、わりと今バーチャルユーチューバーと言われる世界を作った中で有名になった人は網羅的に歌っている。また、にじさんじについては、ソロ・ユニット曲を昔レビューしたので、今回は基本的にこれまでレビューしていなかった曲を狙ってコメントしている。
また、タイトルが「だいたい90点」になっているのは、後述するようにVtuberの曲は非常に難易度が高く、ぶっちゃけるとカラオケ採点向きではなかったので、89.5点あたりも90点にしちゃっているからである(許して)。


こちらのリストに入ってない90点取った曲は

ROF-MAO 「むじんとうのうた」
にじさんじ一期生「1 ∞ color」

となっている。(なんで無人島行きの歌がはいっとんねん)


注釈 この記事について

この記事は、初出の際、強い語気で夢追翔さんのアルバムについて書いてしまった結果、非常に悪い意味で波紋を広げてしまったnoteの部分を削除して再投稿したものになります。

今回の記事では夢追翔さんの記事の部分、そしてこちらも主張の強かったMonsterZ Mateについて書いた末尾の部分を削除しています。

改めてライバーの方、その推しの方、そしてVtuberを支える方々に申し訳なく思っております。

バーチャルユーチューバーのカラオケ事情

去年8月ごろから、段々と増えてきたカラオケのVtuber楽曲。DAMの場合、ここ数ヶ月、ホロライブを中心に、有名事務所に関してはほぼ全てのライバーの曲を入曲する勢いで増え続けている。細かい事情については、上記のkai-youの記事に詳しい。

100曲以上歌ってみてわかったバーチャルユーチューバー楽曲の特徴


「バーチャルユーチューバー」という言葉は、ある程度形式が想像できるJazzやFunkとは違い、歌っている人の属性を表す言葉である。故に、本来は音楽自体の性質を表す言葉ではないのだが、実際に歌ってみてある一定の共通性を感じることができた。


①早い、高い、展開が多い =歌うのが難しい!

これは現代の、ボカロを通った後のJ-POPの特徴かもしれないが、みんなことごとくhiB(レミオロメンの粉雪より高い)を超えて普通の歌う人は出ないキーを出してくる。しかも、ほとんどラップかと見まがうほどの速度でコトバを繰り出してくる。


具体的には

・ぼっちぼろまる『おとせサンダー』はBPMは150を超えている上に、物語りを語るために言葉数もできるだけ詰め込まれている(早い
・加賀美ハヤト『トレモロムーン』の最高音はhiCであり、これは一般に男性にとっては高音の曲と言われるクリスタルキングの『大都会』と同じ高さである。また、町田ちま『6月のプレリュード』は最高音はCメロのhiGであり、これはほとんどLisaの紅蓮華と同じ高さである。男女それぞれ一例として出したが、この二曲と同じ高さの曲が数多く存在する。(高い
・葛葉『コントレイル』は2番の途中で突然曲のリズムごと変わってCメロが始まる。
・白上フブキ『Say!ファンファーレ!』は、PVの時点でコールが指定されていたり、歌じゃなくて台詞が挟まっている。月ノ美兎『みとらじギャラクティカ』に至っては、IOSYSさん作曲ということもあり、曲の5割が口上である。(展開が多い

極端な例だがレミオロメンの『粉雪』やミスターチルドレンの『イノセントワールド』、あいみょんの『マリーゴールド』のように、これまでJ-POPでベタとされていたカノン進行などをそのままわかぐりやすく使っており、また一般の方がカラオケで歌いやすい曲と感じるような曲は正直多くはない。本当はライブの事を考えると、一緒に合唱しやすい曲を一曲は用意したほうがいいかな・・・とは感じる。

展開の多さについて一点だけ面白いポイントを挙げてみよう。ぼっちぼろまるさんによれば、『おとせサンダー』はTik Tokでバズる位置がサビではなくてAメロだったこと、Tik Tokの仕組みとしてショート尺 = 15秒程度の短い時間の中で歌詞のストーリーが伝わるようにしなくてはいけないとみのさんとの対談(上リンク)の中で述べている。

こうした事情があるとすれば、例えば15秒尺の中で「あーこの曲って勇敢なバラード調の曲か~」と思ってクリックしたら、それはCメロだけで、実はめちゃくちゃエッチな曲だった(宝鐘マリン『I’m Your Treasure Box *あなたは マリンせんちょうを たからばこからみつけた。』)ということがあり得るように、Vtuberの曲にはわざわざクリックして3分以上本家のMVを見てくれた人へのご褒美として展開を増やしていることが多いかもしれないと感じた。
しかも、展開を増やすということは、曲調が変わる、つまり展開の数だけ歌っているキャラの多面性を見せることができる。これが、Vtuberの曲を特徴を表現面で作っているのではないか・・・?と邪推したり私はする。


(コラム)バーチャルユーチューバーの歌いやすい歌

ちなみに、今回の記事でレビューはしなかったが、体感Vtuberの曲の中で一番歌いやすかったのは、エリー・コニファー『笑顔の花言葉』だった。MAX98.603点まで出せたのは、この曲のメロディーがひねりがなく、まっすぐだからである。

他には、


(にじさんじ)
全体曲『Trial and Error』『Virtual Strike』
ROF-MAO『知っている手紙』『むじんとうのうた』(短いですがこの曲も入門におススメ)
Rain Drops『ジュブナイルダイバー』
Nornis『goodbye myself』
花畑チャイカ『頬、感じる』 
月ノ美兎『浮遊感UFO』『部屋とジャングル』
樋口楓『Only』
静凛『Aimless Story』
甲斐田晴『ぼくのヒーロー』『cycle』                              (⇒男性の歌い慣れてない人に1番おススメ)
夢追翔『どうせ生きるなら』『命に価値はないのだから』『大嫌いだ』『人より上手に』
(ホロライブ)
星街すいせい『TEMPLATE』『3時12分』、
宝鐘マリン『I’m Your Treasure Box *あなたは マリンせんちょうを たからばこからみつけた。』(恥さえしのげば
尾丸ポルカ『屋根裏のエピローグ』
(神椿)
花譜『アンサー』
理芽『Is It Pain Love or Death?』
春猿火『Gunpowder』
幸祜『Dear』
(その他)
キズナアイ全曲 (⇒メロディがシンプルで初心者向け)
天開司『HOWL』
周防パトラ『ぶいちゅっばの歌』
Gollriaz全曲

このあたりが歌いやすかった。
しかしこの「歌いやすい」はバーチャルユーチューバー基準なのでキーの変更などをして、喉を壊さないカラオケライフを送っていただきたい。
(お願いだからバーチャルユーチューバーの作曲をしている人は、歌が下手な人でもみんなで歌える曲をもっと増やしてほしい)

(追記・バーチャルユーチューバーカラオケ難易度については、いかにスレッドを作って一覧化した。)

こちらは夢追翔師匠の曲の難易度ランキングである


②自分の存在意義を問う曲が多い = キャラクターソング性  ーー星街すいせいと甲斐田晴の楽曲を例に


バーチャルユーチューバーの曲はキズナアイの『Hello,Morning』がそもそも自分の生まれた意味を探すための曲だったように、自分はこういう存在でありたいと宣言するような曲が非常に多かった。自分の名前のルーツを探りに行く『Stellar Stellar』と『透明な心臓が泣いていた』を例にとろう。

星街すいせいさんは、最初期の頃から『NEXT COLOR PLANET』や『天球、水星は夜を跨いで』のように名前の通り星をモチーフにした曲を多く歌っていた。『Stellar Stellar』は、THE FIRST TAKEでも歌唱された星街さんの自分自身の存在理由を説いた曲の集大成である。

星街さん本人が作詞したこの曲は、「星」という言葉から連想される「夜」「(0時になると魔法が解けてしまう)シンデレラ」という言葉を中心に、物語の感触が彩られている。
ポイントは繰り返し同じことを違う言い方で言うことである。1番のシンデレラと王子様の対比は、2番ではヒロインとヒーローの対比へとつながる。
あるいは冒頭にある「陳腐なモノローグ」は、自分が王子様だと気づいた後に「ありふれた話」になり、さらに自分がヒーローだと気づいた後には「夢見がちなおとぎ話」だと再認識される。
それでもその夢見がちな物語を、まるでこの曲を歌っている主人公が信じられているのは「僕は星だった」ことを何度も繰り返すことにより生まれている効果である。どんなに「陳腐」「ありふれた」「夢見がち」という否定的なコトバがうかんでこようとも、彼女が信じ続けたのは自分が星であるという、ウソみたいな物語である。
そして、この人の名前を見る限り、それはウソではなさそうである。


『透明な心臓が泣いていた』は、にじさんじの甲斐田晴の最初のデジタルシングルの楽曲である。

この曲は『Stellar Stellar』とは逆に、「晴」という自分の苗字をわざと伏せて曲が進んでいく。この曲に使われている言葉自体は解釈がひとつに定めにくいが、ポイントは常にこの曲で使われている言葉が「」の方向を向いていることである。
鏡があるとして、それが輝いてみえるとすればその光源が必要である。そして星が輝いて見えるのは、他の強い光を放つ星があるからである。透明な心臓という比喩的なコトバは、実は晴――つまり自分が太陽であることを意味していたのを他の星たちとの交わりの中で見つけ出される。
この曲のちょっと意地の悪いところは、その名前を最後にライブ会場に来たファンに言わせようとする所かもしれない。


この二曲はバーチャルユーチューバーの曲の中でも特に、自分の存在理由を強く意識し、曲の中で見つけ出した曲である。

そもそも若い文化であるため、最初期に歌う曲は自分自身についてが多くなるということもあるだろう。自分に付けられた名前や作られたキャラを確かなものにするような歌詞が多くみられるのは、バーチャルユーチューバーならではだと感じる。

阿斗乃さんの記事では、こうしたキャラクターソング性とは別の方向をバーチャルユーチューバーの曲が見せている様子が伝えられている


③比較的身近な世界や悩みを描いている

これは②の裏側と考えていいかもしれない。
バーチャルユーチューバーの曲を聴いていて感じるのは、その曲たちが比較的身近な世界を描いていることである。
例えば、Bob DylanやThe Beatles、日本では井上陽水や椎名林檎であれば、社会的な出来事や存在しない情景、あるいは他の人の悩みに対して歌詞を書くことがかなり多い。こうしたここにはない世界のことを描くことができる(自分の話から離れることができる)のは、歌や物語りの醍醐味でもある。

ただ、こうした情景や社会の事情をえがくような曲はNornisや理芽の曲を除くとあまり多くはない。どちらかというと、ゲームをやっている日常のことであったり、自分自身が持っている個性に対する悩みを吐露するような曲の方が多い

④恥を捨てないと歌えない曲がある


どないせいっちゅうねん

声優やアニメソングとも親和性の高いバーチャルユーチューバーの世界。となれば、いわゆる電波ソングに分類されるような、ぶっとんだ曲も多い。
こうした曲は、もうなんというか、心を無にして唱えるようにして歌っていた(恥なんかねえ!)

キズナアイの楽曲たち

「AIAIAI(feat.中田ヤスタカ)」
「Hello,Morning」
「the MIRACLE (Prod. 水野良樹(いきものがかり) & Yunomi)」
「future base (Prod.Yunomi)」
「hello,alone (Prod.MATZ)」
「Hello World」

バーチャルユーチューバーの親分こと、キズナアイさんの曲は他のライバーたちとも違う独自の世界観を作り出している。2018年10月から9週連続楽曲リリースが開始され、Yunomi、TeddyLoid、MATZら有名DJ達によるエレクトロニカ楽曲をコンスタントに発表。
バーチャルさんは見ている主題歌の『AIAIAI(feat.中田ヤスタカ)』やレイドバッカーズ主題歌の『Precious Piece』まで、一貫してダンス・エレクトロニカの曲を発表し続けている。

バーチャルユーチューバーの曲の中ではキーは高いものの、比較的捻った曲展開があるわけではなく、歌いやすい部類の曲たちである。
あまりテクノには詳しくないのだが、どちらかというとメロディーを楽しむというよりも、歌とオケが溶け合い、それが1番、2番とオケの音色を変えながら変化していく様子を楽しむような曲が多いように感じる。

だとすれば、この曲で見るべきなのは歌詞だけ切り取るのではなくて、この曲たちの音像の中に、それぞれの作曲家が世界を変える祈りをいかにキズナアイさんのために織り込んだかだろう。



にじさんじ

(にじさんじのユニット曲)

〇全体曲
「Virtual to LIVE」「Wonder NeverLand」「虹色のPuddle」
「Virtual Strike」「Trial and Error」                                                                  〇ユニット曲
▽▲TRiNITY▲▽「PRiSM」
ROF-MAO「I wanna! You wanna!」「むじんとうのうた」
こじらせハラスメント「全力ブーメラン」
cresc. 「エトワール」
Rain Drops「VOLTAGE」「蜜ノ味」「ジュブナイルダイバー」「オントロジー」「雨言葉」
さんばか「3倍!Sun Shine!カーニバル!」
Nornis「Goodbye Myself」
叶、葛葉(ChroNoiR)「Not For You」 (※クロノワール結成前)

にじさんじの特徴は、そのユニット曲の多さである。実際に放送などで仲良くなった人たちや、同期で集まって曲を作る。あるいは、後から突然企画としてユニットを作って、そのグループで頻繁に色々な催し物に出ていく(ROF-MAO)。その関係性と個性のぶつかりあいから出てくるものを見るのが楽しみのひとつである。


アルバム『SMASH The PAINT!!』

アンジュ・カトリーナ/戌亥とこ/リゼ・ヘルエスタ 『3倍!Sun Shine!カーニバル』

「SMASH The PAINT!!」は、にじさんじ楽曲の入門編としても重要なコンピレーションアルバム。それぞれ楽曲が、そのライバーの自己紹介のような意味を持っている。ここでは深入りしないが、是非にじさんじを初期から引っ張っているライバーを知りたい方は手に取られてほしい名盤。


Rain Drops ーー悲しみの雨の中から生まれた虹

Rain Drops『VOLTAGE』『オントロジー』『蜜ノ味』

Rain Dropsは、男女混合6人組グループ。おそらくJ-POPでもメジャーではAAA(トリプルエー)あたりしかやっていない珍しいユニット構成のグループである。Rain Dropsは、1年間の沈黙の後、今年の5月1日に無期限の活動休止を宣言した。特に活動を開始して2枚目のアルバム以降、童田明治さんが引退したのが、やはり活動を見なおす大きなきっかけだっただろうか。

6人編成で、しかも声の低い男性(ジョー力一)から声の高い女性(童田明治)までいる6人組の楽曲は、Aメロ・Bメロ・サビそれぞれで同じメロディーを何度も違うメンバーが、一人・あるいは複数人が歌うことで曲の彩りが毎回変わるようにうまく編曲されている。まさに「おなじメロディが違う形でリフレインしている」のだ。
(逆に言えば、カラオケで歌う時は6人が歌うことを想定されているために息継ぎをする間がない!)

アルバムの曲を見てみると、一方では『エンターテイナー』や『オントロジー』(存在論!)、『VOLTAGE』のように、自分たちの存在の在り方を力強く宣言する曲がある一方で、『蜜ノ味』『ミュウ』のような暗く沈んだ感情や怨念を詰め込んだ曲、『ラブヘイト』『リフレインズ』『白と嘘』(鈴木勝作詞)のようなまっすぐな気持ちを込めた曲まで幅広いが、それが6人それぞれの気持ちの込め方(かっこよく歌う人、がなる人、裏声を使う人、さびしそうに歌う人・・・)がいることで、聞くたびに曲の表情が入れ替わっていく。

最後の配信で童田明治さんは、自分が憧れだったじんさんにもらった曲『雨言葉』を歌ってにじさんじを去っていた。この曲は、Rain Dropsの名前そのものに捧げられ、そして虹の前には雨があったことをふと思い返させてくれる曲である。



▽▲TRiNITY▲▽ ーーもうポンなんて呼ばせない


金銀銅の三人の女の子が集まって生まれた三角形トリオ。実は、個人的にどのようなスタイルのアーティストかかなり読み取るのが難しかったのが▽▲TRiNITY▲▽だった。
トリニティのアルバムジャケットは、ソリッドで神々しい強さを伝えるように出来ている。例えば『Δ(DELTA)』のジャケットでは鷹宮さんを中心に放射状に光が伸びるようにイラストが描かれており、これは「強さ」を表す印象をもたらすだろう。
しかし、一方で――お三方がポン(すんません)であることに引っ張られてか、例えば『Owlish』のようなカッコいいラップの曲にかわいらしいイラストがついていたり、『Poppin’up!!』のようにかわいらしい曲に跳ねたリズムをかけ合わせた曲があったり、『L♡ファンファーレ』のようにド直球なアイドルソングがあったり結構ブレが見えたように見えていた。
難しいところではあるが、最新アルバム『Δ(DELTA)』を全体的に見ると、ファーストアルバムの『Night Spider』や『PRiSM』のような、ダンサブルな路線をさらに先に進め、K-POPやKendrick Lamarのような節回しを使うようになった。さらに、目の色を赤色にしたり、いよいよ「強さ」「ゴージャスさ」を真ん中に置いてきているように見える。



ROF-MAO ーーない道はガードレールをぶち壊して俺達が作る

ROF-MAO『I wanna! You wanna!』

『Crack UP!!!!』は、破天荒な企画を立て過ぎたどころか、突然ライバーがマネージャーに誘拐されかける治安の悪いユニット、ROF-MAOによるアルバムである。このアルバムは、そんな彼ららしく、自分たちの道を突き進むことを宣言した曲たちである。しかも単に宣言しているだけではなく、加賀美社長に「アタシ」と言わせたり、普段ほとんど歌うことのない剣持が思い切りリスナーを煽り散らかしている(『前進宣言』)様子は、にじさんじリスナーにとっても、大きなエモが生じるところだろう。

『知っている手紙』のように静かな曲を含めて、このアルバムで繰り返し歌われているのは「とりあえず根拠のない自信を持ってみる」ことの大事さである。この人たちのやっている(よくわかんない)ことを含めても、その足取りが止まることはないだろう。

何故かカラオケに入っていたROF-MAOの「むじんとうのうた」は、ROF-MAOの企画一発目でいきなり連れていかれた、名もなき島での生活を甲斐田晴が(おそらく)ほぼ即興で歌った曲。


Nornis『Transparent Blue』ーーこの世界と溶け合っていく青さ

荘厳なストリングスで開幕する曲『Abyssal Zone』は、これまでのVtuber楽曲とは違い、この場にない青い魚や宝石の色までをイメージさせるようである。特にこの曲は一人称を可能な限り意識させず、「泳ぐ」「海」「魚」といったイメージを喚起させる言葉を使っている。

彼女たちの曲は、作詞作曲された人たちの様子から見てもVtuberの曲よりも例えば秦基博さんや山下達郎さんのように、曲で情景やイメージを伝えようとするポップスの中で語った方が得るものが多いように感じる。明らかに山下さんを意識した『Daydreamer』や、亀田誠治さんが作詞作曲した『Transparent Blue』も、曲の写す情景と歌詞が慎重に折り重ねられている。さらに『fantasy/reality』までくると、もう歌詞の意味というよりはその「とける」ような語感と裏声が、リアリティとファンタジーの壁を壊すような陶酔感を与えてくる。
私が歌ったのは、ストレートなバラードである『GoodBye Myself』だったが、このような落ち着いた曲が存在することは、バーチャルユーチューバーの世界が時間が経ち、成熟したことを感じさせる。


にじさんじの個人曲(※過去に多くはレビュー済)

〇個人曲
月ノ美兎「アンチグラビティガール」「MOON!!」「ウラノミト」「それゆけ!学級委員長」「浮遊感UFO」「部屋とジャングル」「みとらじギャラクティカ」「光る地図」
樋口楓「MARBLE」「only」「イロドレ・ファッショニスタ!」
静凛「Aimless Story」
葛葉「コントレイル」
甲斐田晴「透明な心臓が泣いていた」
加賀美ハヤト「トレモロムーン」
不破湊「ラストソング」
三枝明那「はんぶんこ」
緑仙「ステイルメイト」
レヴィ・エリファ「ハーフ・エルアール」
戌亥とこ「初恋」「Engaged Stories」
鈴木勝「平行宇宙の君へ」
町田ちま「6月のプレリュード」
リゼ・ヘルエスタ「Stardust Flow」
周防サンゴ「BORN TO BE PRINCESS」
北王路ヒスイ「スピってる」
エリー・コニファー「笑顔の花言葉」
夢追翔「死にたくないから生きている」「人より上手に」
森中花咲「正六面惑星パンドラ」

実は、にじさんじのソロ曲とユニット曲に関しては個別に感想を書いていた。以前に感想を書いていた曲やアルバムについてはこちらをご覧いただきたい。今回は、この感想記事でまだレビューしていない曲を中心にみていこう

(にじさんじのソロアルバム)

月ノ美兎『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』 ーーもはやこの世の生き物ですらない

2021年に発表された、異様な雰囲気を放った一枚。
一曲一曲ジャンルが違う電波ソングや、アイドル曲、ネオポップス、王道のJ-ROCK、果てはポエトリーに近いラップまでもが入っているにも関わらず、それらの曲を難なく歌いこなしている。
ひとつひとつの曲で出している声がいちいち違うにも関わらず、なんかしらないが全体を通して聞くとひとつのまとまりになっているとんでもないアルバムである。今も数多くの日本、海外のファンに広く聞かれていることだろう。

このアルバムが独特なのは、後述する星街すいせいさんのアルバムが徹底的に星や雨についてのイメージを持っていたのにたいして、『月の兎はヴァーチュアルの夢を見る』は、むしろそれぞれの曲がバラバラであり、それぞれに違う顔を月ノ美兎が声を変えながら見せる、そのある種の節操のなさが逆に月ノ美兎らしさをみせていることである。

このアルバムを言葉で説明するとなると、またnoteが1つ必要になるだろう。まずは、ご自分で月ノ美兎という遊園地で遊んでみてほしい。


森中花咲『下剋上』 ーーお別れの後に

森中花咲の『下剋上』は、petit fleursとして一緒に活動した御伽原江良さんが活動終了した後に出されたメジャーアルバムである。森中さんは、江良さんの引退直後に『ロックな君とはお別れだ』という曲をカバーしており、このアルバムは、彼女のいなくなった後でも一人で立つと言わんばかりに大人のかざちゃんが描かれている。

しかし、実はこのアルバムの曲自体はかなり明るく、ご本人の言う『負けヒロイン感(?)』のようなものも漂う曲が多い作りになっている。個人的に好きな曲は『正六面惑星パンドラ』と『此処に咲いて』である。この人は、別れていったシンデレラのことを笑顔で送り出した。


(にじさんじのソロ曲)

緑仙『エンダー』

※この曲についてはこちらを参照

周防サンゴ「BORN TO BE PRINCESS」

二曲ほど『FOCUS ON』の楽曲でも90点を取っていた。
『FOCUS ON』の曲を視聴していてちょっと気になったのは、確かに各々の曲は間違いなく名曲なのだが、パワーバラード(音圧で推すタイプのバラード)の曲が多く、リズムやテンポ、ジャンルをいじってみてもいいのではないかということだった。
しかし、その中で公式にMVも出た周防サンゴの『気まぐれランデブー』と『BORN TO BE PRINCESS』は、周防さんの妄想がちな感じがよく滲み出た名曲になっている。(音程の上下仕方がエグイ)

『FOCOS ON』の楽曲は、5月10日(水)よりデジタルでもリリースされることが決定している。

ホロライブ

全体曲 「Shiny Smiy Story」「Shiny Smiy Story 2022ver.」
個人曲
星街すいせい「Stellar Stellar」「駆けろ」
白上フブキ「Say!ファンファーレ!」「KONKON Beats」
猫又おかゆ「もぐもぐYUMMY!」
宝鐘マリン「I’m Your Treasure Box *あなたは マリンせんちょうを たからばこからみつけた。」
湊あくあ「#あくあ色ぱれっと」
角巻わため「御伽の詩と永久なるミライ」
さくらみこ「花月ノ夢」
尾丸ポルカ「屋根裏のエピローグ」
天音かなた「別世界」


Shiny Smiy Story

ホロライブは、ユニットではなくホロライブの人々全体で歌う「全体曲」と呼ばれる曲が多いのがにじさんじとは違う特徴である。その中でShiny Smiy Storyは一番思い入れの大きいであろう曲である。2022年バージョンや水着で歌っているバージョンなど、色んなパターンが存在している。
にじさんじの曲の対照的なのは、ユニット曲にせよなんにせよ声の高さのパート分けをせず、基本的に声を合わせて歌われていることである。また、どちらかというと「同じ目標に向かって走る」ことが歌われているのも、ホロライブの箱としての結束力を今見てみると感じる所である。

実はホロライブの曲は、にじさんじ以上に電波曲と呼ばれる属性の物が多く、歌う難易度は高い。ここではおおまかに今回歌ったライバーさんの曲をみていこう。

星街すいせい『Still Still Stellar』『Specter』とMidnight Grand Orchestra

Stellar Stellarについては語りつくしたので、星街すいせいの他の曲に目を向けてみよう。
動画の見方を間違えると、テトリスのトッププロ扱いされてしまう彼女の曲は、その多くの一人称が「ぼく」で歌われるナンバーが並んでいる。
もしもお時間があれば、星街さんの初期の曲『comet』と2022年3月の曲『TEMPLATE』、そして今年のエイプリルフールで歌われた『スイちゃんのメンテナンスソング』を聴き比べてほしい。その歌い方の広さに驚かれるだろう。
おそらく現在の歌い方の中心点は『TEMPLATE』のようなごり太のギター音にも負けない太い声だが、一方で初期のころには、どうもかわいい曲を歌うべきか模索の時期があったように聞こえる。


自分の存在に気づいて欲しい存在のことを幽霊に仮託した『GHOST』、雨の日の暗い気持ちを振り切るような『バイバイレイニー』『駆けろ』以外に、『天球、彗星は夜を跨いで』『NEXT COLOR PLANET』『Andoromeda』『Starry Jet』『Stellar Stellar』と徹底的に「」のきらめく様子について歌った曲がアルバム『Still Still Stellar』には並んでいる。
PVやジャケット写真には、星街さんの髪の色である水色と紫の間の色が使われており、ぼんやりとアルバム聞いたり、ジャケットを見た時にも星の瞬く様子や真夜中のうすぐらい様子が、歌詞やジャケットから伝わってくるようなイメージングが徹底されている。
ブランディングと言ってしまえばたやすいが、これがくどく感じないのは、アルバム全体のそれぞれの曲の音の抜けの良さが編曲者たちによりバランスがとられており、聞き返しやすく覚えやすいサビのメロディーをそれぞれの曲が持っていて、ポップスとして強く成立しているからだろう。
キャラクターソングを超え、星や雨の粒の情景が見えてくる名盤である。


2ndアルバムでは、1stアルバムで出てきたモチーフは若干息をいそめ、むしろ自分の内面を掘り下げていくような曲が目立っている。このアルバムについても、また時間をかけて丁寧に掘り下げたい。

『Stellar Stellar』や『3時12分』などで、強力な曲を提供し続けるコンポーザー、TAKUINOUEと星街すいせいのユニットがMidnight Grand Orchestra。ここでも一貫して星の題材が使われている。


白上フブキ ーー正直者キツネの元気印


『Say!ファンファーレ!』『KONKON Beats』『Hi Fine FOX』『KING WORLD』といった白上フブキの曲は、Vtuberの曲には珍しく底抜けに明るい
白いキツネであり、猫であり(?)、配信者であるキツネさんの曲が伝えるメッセージは、一語にしてしまえば「ずっと見守っているよ」である。比較的世界の裏側を見に行くような歌詞になりがちなsasakure.UKさんの曲ですら明るくするのだから、とんでもない光属性である。この人ほど「ずっと見守っている」という言葉を、直接言葉にするわけではなく、曲や声にのせて体現出来ている人もいないだろう。

明るい曲は、一見すると何も考えてないように見える。
しかし、白上さんの曲を聴く時には、例えば『Say!ファンファーレ!』で使われていたコール(Fuwa Fuwaとかイェーイ!)が3年後の『Hi Fine FOX!!』で出てきたり、口上のようなメロディのような歌いにくい節回しの部分で、いかに難しいことをやっているかをいろいろ考えてみてほしい。

一言で言えば簡単な言葉に収まってしまうかもしれない。でも変わらないパソコンの前の毎日を守るために、彼女が人に見せない場所でさりげなく行っている努力は一言で言い表せないものである。

猫又おかゆ ーーかわいいネコさんと思ったらケガをする

『flos』の歌ってみた動画の頃から、そのハスキーな声で他にはない存在感をはなっていた猫又おかゆの曲は、恐ろしいことに曲ごとにはっきりとキャラクターを変えていく。『毒の王子様』では王子様に、『もぐもぐYUMMY!』では混沌とした世界をのらりくらり生き延びるきまぐれ猫さんに、『カミサマ・ネコサマ』では謎の全肯定系猫神様を、『毒杯スワロウ』では毒すら飲み干してしまうような女王様の歌を、『デタバレネコ』ではすなおな気持ちを歌っている。
猫又おかゆ自身を歌っているというよりも、むしろ作曲者が得意なジャンルに寄り添う歌詞にそって、自分を次々変化させていけるのはとんでもない声優的才能である。
もぐもぐしているだけの猫さんと思っていたら、取って食べられそうな恐ろしい深さを持ったシンガーである。


宝鐘マリン ーー このコメント欄は削除されました

エロい・・・。
『Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆』『I’m Your Treasure Box *あなたは マリンせんちょうを たからばこからみつけた。』『Unison』と、どの曲も東方やゲーム音楽を作曲されているDJの方を作曲家として招いているが、一方でこの人ほどキャラクターの尖った曲を歌っている人もいない。『マリン出航!!』では、うって変わっていかにも懐かしいアニメのOPを思わせる王道の曲も歌っている(がやっぱりエロイ)。
全ライバーの中でもトップレベルに楽曲の音の重ねている数と、展開の多さを誇り、聞いていると悪酔いをするほどの情報量で、こちらに迫ってくる。この人はネットの海のセンサーシップも何もかも勢いでぶち抜いてくれるのだろう。


湊あくあ ーー陰キャ天使は、ステージの上で変身する

自らのことを陰キャだと言い続けるゲーマーである湊あくあの楽曲は、私が聞く限り、実はホロライブの中でも一番王道のアイドルらしい曲たちである。『あくたんのこと好きすぎ☆ソング』『海想列車』『きらきら』という曲たちも、歌詞だけみると現実離れしたバーチャルの世界を映しているといよりも、やはりアイドルとして頑張っている自分を見て!というメッセージを強く感じる(特に『君の最推しにしてよ!』はその典型。)

普段言えないことを、ステージの上ではまっすぐ言うことが出来て、その言葉が「もっと私を見て」だったなんて、これほどまっすぐアイドルらしい人もいないだろう。


さくらみこ ーーしゃべるように歌う

元から、特徴的な甘え声を武器に登録者が数人の所から駆けあがっていったさくらみこの歌声は、驚くべきことにしゃべっているときと歌っている時の印象が変わらない。
特に『マイネームイズエリート☆』『ベイビーダンス』といったボカロPとの共作の曲では、メロディを歌いながらそこに色々な表情をつけることに成功している。『サクラカゼ』のような歌い上げるような曲もある一方で、ダンスに関する曲を多く提供されているのは、その歌声が強いドラムビーツに負けない特徴を持っているからに他ならない。


尾丸ポルカ ーーピエロが屋根裏で笑った


実は、尾丸ポルカさんの動画をはっきり見たのはむしろこのカラオケ挑戦を連続で見たあとであり、多くを知らなかった。サーカス団の一員ということで、ジャズやスイングの曲が多いのかな?とも考えたが、むしろストレートなJ-POP調の曲が多かった。

『ぽ』なんていうぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽな曲がカラオケに入っているのはぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽである。


天音かなた ーーVtuber世界で最も怨念のこもった曲

天音かなたの「別世界」は今回の企画をやる中で聴きこんでて一番本人の印象と曲の中身が違いすぎてびっくりした曲である。某有名女優さんを、某有名歌手に奪われた怨念によってつくられたとも言われるこの曲は、なんと天音かなた本人により作詞作曲されている。歌詞と曲と文脈を合わせて聞くと、恐ろしい気持ちになってくる。なにしろ、この曲以外は天使としての天音さんを出した曲ばっかりだからである。

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ホロライブの楽曲については、まだ視聴が追いついていない部分も多く、全てをカバーできていないことをご理解いただきたい。特にときのそらさんやAzkiさんの曲が自宅のカラオケに入ってないのは、きちんと言葉をなぞることが出来ずつらいところだったが、また曲を聴いていったときにすこしずつライバーさんごとの曲感想を書いていくかもしれない。



神椿(V.W.P.全員)

V.W.P「輪廻」
花譜「畢生よ」「未確認少女進行形」「アンサー」
理芽「ピロウトーク」「食虫植物」「甘美な無法」
ヰ世界情緒「物語りのワルツ」「シリウスの心臓」
春猿火「Gunpowder」
KOKO「Dear」

花譜 ーーただ理由もなくそこにいる花のように

花譜の曲については、むしろ以前書いたカンザキイオリの曲レビューの方に詳しく書いているが、一点補足をしよう。

実は、花譜さんの話をするときになんというか、ひとりの人の思想の純真性・孤高性(つまり、他の人の思想に影響されていない独自性)の素晴らしさを謳う人が多かったのだが、カンザキイオリさんやPIED PIPERさんがマネジメントしている花譜さんにそれを見るのは難しいのではないか・・・?と私は考えていた。
何より人は誰かに影響されながら生きている。

花譜の代名詞とされてきた曲『そして花になる』は、歌を歌うことに理由なんてないことを繰り返し説く曲である。
この曲を「私が私であるための意地」として聞くことは確かに出来る。でも、よく考えてみたら、「好きなこと」も実は「嫌いなこと」もこの世の中を冒険してきたら、いくらでも出てくる。そして、この曲は花譜が変わっていく予感も、よく見たらその歌詞に書き込まれているのである。なぜなら、歌を聴くあなたの気持ちにまざっていきたい(これに根拠はない)とこの曲の歌い手は言っているのだから。

人はよく、作品を見る時に自分と作品を隔絶された向こう側のものとして扱う。しかし、もしその作品を見て、自分が変わってしまう感覚を持ったら――その感覚を大事にしてほしい。

少なくとも、カンザキイオリが花譜に託した最初の祈りは、精神とか真理とかそういう難しいことではなかった。

歌を聴いた人が少しだけ音楽がすきになったり、ちょっとだけ苦しんでいる人の横にいてあげるような、そんな小さなところから始まっていたはずだから。

理芽 ーー世界の裏側を覗き込む不安系

笹川真生さんが主に作詞作曲されている理芽さんの曲は、Vtuberの楽曲の中でも、あくまのゴートさんと並んで現代社会への鋭い目線が含まれている。しかし、その表面はぱっと聞くと非常に浮遊感があり、うまく形にならない感覚がそのまま伝わってくる。例えば『食虫植物』であれば、過食と嘔吐をする様子を、容姿に対する満たされない不満と噛み合わせ、しかも主語述語を曖昧にすることで、「理解されないことへの苦しみを、理解しにくい歌詞で描く」ことに成功している。(わかりにくさのわかりにくみを伝えることができている)
笹川さんの言葉は、主語が逸脱し、なにを言っているかわかりにくい四文字熟語や流行りコトバで囲まれているように見える。しかし、それはこの曲の作者がそうした面倒な迂回をしなければ伝わらない音像・イメージがあることを知っているからそれを選んでいるように見える
アルバムのタイトルにもなった曲『NEUROMANCE』は、小説の『ニューロマンサー』も下敷きにしながら、現代社会の人々が神経ごとつながったかのうように携帯で繋がって共感の渦に巻き込まれていく様子を、断片的なレトリックをうまく用いて描き出している。
この息苦しい時代に、ひとりの人として心と体を持つこととは、どういう意義をもてるだろうか。


ヰ世界情緒 ーー まるで琥珀のように研ぎ澄まされたこころ

ヰ世界情緒の曲を実際に歌ってみて、気づいたことがある。
最初曲を聴いていた時点から、非常に調律の取れた、ある種機械的な声をしている印象を持つことがヰ世界さんの声にはあった。さらに、彼女に渡されている曲は、カラオケの採点バーで見ると、字余りがほとんどない。ブルースやロックなど、文字の語感を強く優先すると、楽譜には32分音符のような細かい音符がでてきてしまうことがあるが、それが彼女に与えられた曲は相当排除されている。amazarashiの『アンチノミー』なども、曲の題材がロボットだからか、フォークから来た人にしては字余りがなかったりする。

整った音符の長さで歌われる曲は、整った心の印象を伝えることができる。『シリウスの心臓』や『物語りのワルツ』の歌声が、どれだけ感情を込めていてもクリアに聞こえるのは、こうした作曲者が「伝わる」音の置き方の仕方をしているからだろう。

春猿火 ーー湧き上がる感情の業火

春猿火に多くの曲を提供しているたかやんは、いわゆる「ヤンデレ」とか言われるタイプの人に依存したり、自分を傷つけてしまう癖のある女の子について多く曲を書いている。
しかし、春猿火に提供している曲たちは、驚くことにそうした要素が徹底的に排除され、むしろ落ち込んでいる人たちを励ます、強くドライブがかかったような歌詞を書かれている。たかやんさんのポエトリーの範囲に驚くとともに、『哀愁さえも仲間』のようなスウェイするリズムの曲でも、『オオゴト』のような、熱く前ノリなリズムの曲でもきちんとのせきる春猿火さんの歌の力にも改めて驚く。


幸祜 ーー闇を切り裂く弾丸のような叫び

おそらく神椿スタジオの歌手の中でも、最も太く力強い声で歌うことが出来るシンガーの幸祜。代表曲の『the last bullet』の頃から、その力強い歌声は耳に残るものだったが、彼女の曲を聴けば聞くほど、その叫びが力押しではなく、微妙なニュアンスを伝えるところまで考えて歌われていることがわかる。
Monark曲の『Dear』や『harmony』のような静かな曲でもはっきり言葉が伝わってくるし、『レイヴン・フリージア』のような英語でも、『ミラージュコード』のような速い曲でも、クリアに何を言っているか聞こえるのだ。例えばエレファントカシマシの宮本浩次さんは、一見すると暴れて歌いたいように歌っているように見えるが、いくら叫んでもその言葉が異常にはっきり聞こえる。音としても美しく、言葉としても伝わる。これに近いものを感じるのだ。

「伝えたい気持ちを言葉にして伝える」と言われると、当たり前に聞こえるかもしれない。しかし、そんな当たり前を突き詰めた彼女の歌声は、どこまでも世界中に届いていくだろう。



KAMITSUBAKI × Monarkのアルバムは、彼女たちの曲をより深く知りたい方たち向けのアルバムである。


V.W.P

V.W.P.は、KAMITSUBAKI STUDIOに所属する5人のアーティストによるプロジェクト。2023年8月には初のオリジナルアルバムが予定されている。

個人勢やその他事務所

バーチャルリアル「あいがたりない」
ミライアカリ「Fly to NEW WORLD」
えなこ、P丸様「アイデン貞貞メルトダウン」
周防パトラ「ぶいちゅっばの歌」
VESPERBELL「VERSUS」
富士葵「Eidos」
天開司「HOWL」
ぼっちぼろまる「おとせサンダー」

バーチャルリアル「あいがたりない」

中田ヤスタカによる、TVアニメ『バーチャルさんはみている』後期のオープニング曲。アニメの方は賛否が溢れる内容になったが、この曲は中田ヤスタカらしいコロコロした音使いが溢れている。2番の後にはきちんとブレイク(一瞬音数が減るところ)も用意されており、DJプレイにも使えるはずだろう。Perfumeと同じく、女性ボーカルの声を重ねて作られた曲だが、曲間で電脳少女シロさんや猫宮ひなたさんの声が入ってくるのがかわいらしい。

一見、歌詞の意味を考えさせるようには作られていないこの曲の歌詞が、今のバーチャルユーチューバーの世界に足りないものを示しているように見えるのは、私だけだろうか。


ミライアカリ「Fly to NEW WORLD」


先日、バーチャルユーチューバーとしての活動を休止したミライアカリさんのメジャー第一作目。

この曲のジャケット写真のコスチュームは、虹色に輝く蝶々の恰好をしているが、同曲のPV動画の概要欄には謎の2進数バイナリコードがついており、これを読み解くと「butterflyneedsflowers.」という文字が浮かび上がってくる。

「FLY to NEWWORLD」の歌詞のみを見ていると、蝶々も花も出てこない。そのモチーフがはっきり出てくるのはPVの方である。PVの方で出てくる花たちが出した花粉は、ミライアカリの羽根となって集まっていく。だとすれば、PVの中に登場する「flowers」の意味はリスナーの事だとわかってくるだろう。彼女は、曲の概要欄に、そっとわかる人だけが分かるメッセージを残していたのである。

ミライアカリさんは、バーチャルだからどんなところの魂でものっとって、目に見えなくても存在していると力強く宣言した。たとえその羽根がバラバラになっても、彼女が受け取ったものは、おそらくこの曲とカノジョの活動を見守った人の心に受け継がれている。

周防パトラ「ぶいちゅっばの歌」

こちらも、先日ななしいんくからの卒業、独立を発表された周防パトラさんの代表曲。1stアルバムの「あいあむなんばーわん!」に収録されており、作詞・作曲・編曲・歌全てがパトラさん本人によるものになっている。

この曲の1番は、デビューした直後の2018年に作られたものであり、活動の2年後に2番以降が作られた。1番が「みんなにこっちに来て欲しい」という歌詞だったのに対して、2番の歌詞はリスナーが調子が悪い時の様子を真っ黒な魚に例えている。
最初の歌詞も、2番以降の歌詞も、はっきりとした文意を捉えるのは難しいが、伝えたいことはよくわかる。それは「君が忘れなければ私はいる」ことである。
現実という恐ろしい場所と少しだけ違う場所でずっと見守っていることを誓った、バーチャルユーチューバーのための歌。


えなこ、P丸様「アイデン貞貞メルトダウン」


P丸様も、さまざまなことがあったが、自ら望んでバーチャル世界に帰ってきた一人。2年前に発表したアルバム『Sunny!!』収録の『シルヴ・プレジント』『メンタルチェンソー』と言った楽曲は大ヒットしており、再生数も1000万を軽く超えている。いわゆるアニメ声と形容されそうな声で歌われている『シルヴ・プレジント』の歌詞の中には、実はふんだんに女の子のとんどもない嫉妬心が含まれており、甘さの中にとんでもない毒が混ざっている。

普段は、自作の勢い成分1000%で構成された紙芝居マンガ動画に、自ら声を当てたものを投稿している。この動画、自分で絵を書いていることも含めるとドンでもない速度で投稿されている。


『アイデン貞貞メルトダウン』は、2022年冬アニメの『お兄ちゃんはおしまい!』のOP曲である。PVを見てみると、あくまでP丸様は壁の中のキャラクターとしてしか出てきていない。これをバーチャルに含めるかは人によってわかれるだろうが、顔を出さないアーティストが一般的になっているのも不思議な感じがする。
女性二人組で歌われるこの曲は、二人の声が次々に交差してやってくる掛け合い方式になっていることによって、楽しい感じが伝わるようになっている。ジャンルで言うのが難しいが、意外とパラパラダンスに使われている曲っぽさも感じる電波ソングになっている。
電波ソングと言えば電波ソングなのだが、実は3番の歌詞に結構直球のメッセージが含まれているのにはびっくりした・・・。


VESPERBELL「VERSUS」

VESPERBELLは、今回カラオケで歌うに際して初めて聞いたVtuberデュオのお二人だった。ヨミ・カスカのふたりで構成されているユニットであり、メインビジュアルはイラストレーターのるろあさんが担当している。
パワーバラードともいえる、サビのアタマで強烈なロングトーンを響かせる曲(『RISE』『VERSUS』『ignition』『EX MACHINA』)曲は、聞いたひと のアタマに忘れられない感情をもたらすだろう。

Vtuberの他の曲に比べて、わかりやすいストーリーラインではなくて純粋な音楽としての魅力に賭けているのは、その曲や表現主義的、抽象的なイラストや3Dエフェクトの描き方にもよく現れている。


富士葵「Eidos」


富士葵さんのチャンネルを見に行くと、意外にも再生数上位の曲はカバー曲である。しかし、彼女の曲もまた、富士葵がどうして歌を歌っていくかを教えてくれる。
Eidos(形相)は、哲学で「外からみた姿」という意味の言葉である。この歌を見てみると、何べんも白と黒、愛と哀という二つの概念が言葉の中でいったり来たりしている様子が分かる。さらに、この曲で歌われている「キミ」は、滅茶苦茶やさしい人である。
曲の冒頭で出てくる「箱」は、解釈が分かれるところだが、「人もどき」だとすれば、私の解釈はこれはVtuberの大事な商売道具であるスマートフォンとVtuberの身体の事を指していると思う(見た目を意味するタイトルともつじつまが合う)。

富士葵さんは、初期から何度も見た目がモデルチェンジして、キクノジョー(相方)と時にはお別れしたりもしながら、前に進んできた。
綺麗になるその度に忘れそうになるが、いくら変わっても最初にやりたかったことを忘れないという決意を、彼女はこの曲に込めているように思う。

富士葵の最初期の自己紹介動画。


天開司「HOWL」

さっきまでウマ娘と一緒にパワプロをしていた畳部屋に住む賭け事好きこと天開司。個人的なイメージは、あくまであっくん大魔王や因幡はねるさん、MONSTERZ MATE、そしてにじさんじの麻雀や甲子園をやっている人たちとわきゃわきゃやっている印象を持っていた。

しかし、この曲を聴いてかなり言葉にならない衝撃を受けた。100曲カラオケで歌った曲の中で一番心に刺さった曲である。そして、もっともバーチャルユーチューバーの、なんとなくうまく行かない奴らが集まって、何とか居場所を模索していた、その雰囲気が丸ごと一曲に詰め込まれていた。
説明もいらない、バーチャルユーチューバーの世界の中でもっともまっすぐな曲である。

天開司は、表では口も悪いし、賭け事で失敗して金切り声を挙げている変なおっさんである。そんな一人がとんでもない熱い心をふと見せてくれた名曲。



ぼっちぼろまる「おとせサンダー」


ぼっちぼろまるさんは、2016年の超初期からバーチャルユーチューバー活動をしながら、コンスタントに曲を発表し続け、去年ついに『おとせサンダー』がTik Tokで大ヒットして、大きくメジャーシーンでも活躍を飛躍させたアーティストである。
KAI-YOUのインタビューで自分がVtuberではないと言われたりしてしょぼくれている時期もあったという彼は、これまで緑仙や卯月コウ(特に『アイシー』は、その記憶を心に刻んでいる人も多いだろう)に曲を提供しており、意外とどんな人なんだろうとはっきり知ることがなかった。

『おとせサンダー』は、公式のPVを見るとわかるように、踊りやすいダンスが設定されており、これがバーチャルユーチューバーとはまた違うtik tokで人気のダンスとなった。
しかし、この曲が面白いのは全体を聞いてみると、どちらかというと少し前に流行ったアジアンカンフージェネレーションの『君という花』や和田アキ子/フレデリックの『YONA YONA DANCE』に共通するような邦ロックのダンスチューンに共通点を感じるところである
イントロの入りの、キャッチ―なギターリフ、AメロBメロ共に(おそらくあえて)同じメロディーを何度も繰り返す。そして「魔法陣」「情報戦」のように、ライブでも掛け声が入れやすそうなコーラスが設定されている。

これは確かに売れそうだ・・・と感じる一方で、ぼっちぼろまるさんの曲を聴いてきた人なら、この曲が彼のこれまで書いてきた、「ひとりぼっちの人」によりそう(けど必ずしも暗くはならない)曲たちに変わりないことを、一方で感じるだろう。

この曲の歌詞は、いきなり主人公が死んだり、委員長やイケメンやモブキャラや弟や兄がすさまじいスピードで登場する。そのわけのわからないドタバタ感が、実は曲全体の展開の激しさとよくマッチしている。
しかし、ドタバタしているのは、何か自分の心の事で悩んでいる・・のではなくて、この歌い手が好きな「きみ」のことを「ぼっち」な奴が、なんとかサンダー(そんなものあるのか?!)を落としたいと延々と妄想しているからである。実際にサンダーを落とせたわけではないのがミソである。

この主人公がサンダーを落としたがっているのには、多分、「キミを守りたい」以外の気持ちがない。
というか、好きの気持ちにはそもそも理屈はいらなかったはずである。

この曲は、自分の気持ちに前のめりになりがちで、突っ走ってしまう人たちを、暖かく見守っている目線に満ち溢れている。

『シン・タンタカタンタンメン』は、メジャーデビュー後に新録されたっぼっちぼろまるさんの代表曲


特別枠(ウタ・ウマ娘・Golliraz)

Ado「新時代」「逆光」「私は最強」「風のゆくえ」「世界のつづき」(ONE PIECE FILM REDより)

バーチャルユーチューバーは時代の人となった。その活動の様子は、日本を代表するマンガ家のところにも届いていた。特にP丸様の映像なども見られていたらしい彼が、ワンピースのヒロインに歌うネットストリーマーのような少女、ウタを登場させたのは時代を見てのことだと思われる。

アルバム『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』は、2022年8月に発売され、オリコン、ビルボードチャートの1位を独占し続け、日本レコード大賞のトリプルプラチナにも認定された。まさに2022年の目玉となるアルバムであり、曲も中田ヤスタカ、Mrs. GREEN APPLE、Vaundy、FAKE TYPE.、澤野弘之、折坂悠太、秦基博という時代を彩るアーティストが、それぞれFilm Redの物語りを強く意識して作詞作曲している。

この曲を歌うadoさんも、Syudouさんに提供された『うっせえわ』をはじめ、この時代を代表する曲を歌うインターネット初の歌姫であることを考えると、いかにこのアルバムが時代を象徴する記念碑的属性を持っているかを感じさせられる。


ワンピース公式の動画では、なんとウタがVの姿で配信を始めていた。そして他の動画では麦わらの一味の声優の皆さんもバーチャルユーチューバーとなってマンガの宣伝を頻繁に行っている。こうした姿から、「ウタもバーチャルユーチューバーである」と考え、今回歌ってみるリストに入れた。


曲や公式がYouTubeで解放している程度の情報からわかることを元に、かいてみよう。(とはいえ、映画のネタバレ気味なので、ご注意を!)

ウタはやさしい娘である。
M1.『新時代』という曲は、この曲だけ聞くと、つらい現実に悩んでいる人に「逃げてもいい」と言ってあげ、そして一緒に逃げるための夢と未来と、全てを変えてしまう音楽の到来を告げている。

一方、M2『私は最強』では、たしかにみんなの理想を引き受ける覚悟を見せている。しかし、2番に入ると「引くに引けない」とか「私の思いは皆には重いのか」という疑念が明らかによぎり始めている。作曲者の大森さんは、テレビの生放送でhiEの高さもあるこの曲を軽々歌って見せるド級の歌唱力である。


このあたりから段々と曲の暗さは深まっていく。
M3『逆光』は、ウタが持っていた孤独について歌われた曲である。CMやFilm Redのポスターを見た人なら、この曲で言われている「赤」がシャンクスのことでもあるだろうことはわかると思われる。この曲が「眠くはない」と言っていることや、「悪党」は誰かは、映画を見た人にのみ強烈な意味を持って明かされる。

M4『ウタカララバイ』では、M1の『新時代』で言われていたユートピアへの夢が、スイングの楽しげなオケと共に怪しい形で歌われている。
この曲は繰り返し「私を信じて」という言葉を使う。しかし、使えば使うほど、怪しい感じが深まってしまう(「私を信じて」と繰り返し言う人ほど、怪しげな人はいないだろう)。
人を助けたいと思った綺麗な心から始まったはずの言葉たちは、言葉が増えれば増えるほど、「詐欺のように」聞こえてしまう。
ウタに現代の配信者の姿が重ねられてしまうとすれば、Vtuberにもよく曲を提供しているFAKE TYPE.のこの曲の持つ意味は、ぐっと広がってくる。

M5の『Tot Musica』は物語の核心に触れる曲である。(というか、解説を書こうとするとネタバレが避けれない曲である)adoが歌う聞きなれない言葉はルーン文字と呼ばれ、これもまたきちんと解読すると意味がある。
FAKE TYPE.の曲で既に詐欺のような空気すら出ていたが、この曲でついに本当に宗教的なモチーフが大きく持ち出される。この曲は、混沌とした時代を終わらせる救世主の曲のように聞こえなくもないが、明らかに曲がト長調の重々しい澤野さんのアレンジで作られており、そうは聞こえない。
夢の世界の果ては「忘却」で、全てを破滅させるところだったのか。

M6『世界のつづき』は、うって変わって身近な一人の「あなた」へと捧げられたバラードになる。最初、冒険や不安を意味する海や星の存在を「信じられる?」と問いかけていた少女の言葉は、何回も何回も歌いなおされるうちに「信じてみる」「信じられる」と、どんどん断言に近づいていく。この曲は、他の曲と違い、実は歌われている「あなた」との別れを感じさせるものになっている。しかし、不思議なことに、悲しい状況にもかかわらず、その言葉はどんどん明るい方向に展開していく。

M7『風のゆくえ』は、M1~M5まであなたと一緒にいたいという言葉で自分の孤独を隠していたウタが、ついに勇気を持つことが出来たことが宣言されるような力強いバラードである。
歌も風も、どこに届くかは誰もわからない。ある人は海の向こうグランドラインを目指し、ある人は歌となって人々の心を照らすことを選んだ。
歌は、歌った人がいなくなっても誰かの心の中で響き続ける。
この言葉だけ聞けば陳腐かもしれないが、ワンピースのスタッフたちは映画を見る子供達に、この言葉を届けることを選んだ。


「遊ぶように仕事をする」と思われている(実際はそうでもないのだが…)配信者、あるいはバーチャルユーチューバーを考える目線でこの曲たちを聴くと、実はかなり残酷で重い現実を描いていると言える。
ウタが目指そうとした現実と隔絶された、みんなでずっと遊んで、悪い事を忘れられる新世界なんて存在しない。それを現実化させようとすれば、タチの悪い宗教か詐欺のようなものになって、人の命をコントロールしようとするところまで行ってしまうだろう。


人は別れて、いつか夢は終わる。
ワンピースという漫画が最終章になったように、夢にはいつか果てがある。
でも人は友達やどうしようもない現実を、それでもウタにする。


アルバム『ウタの歌』の最後には、ワンピースを象徴する『ビンクスの酒』という曲が入っている。この曲は、ワンピースという壮大で実は陰鬱な作品ですら――笑って過ごそうと祈った人々の力強さを、物語という次元を超えて普遍的な人間の祈りの力として示している。

Film Redの曲は、作曲者によるカバーも随所で披露されているため、聞いて見て欲しい

『ウマ娘 プリティーダービー』より「うまぴょい伝説」


ソーシャルゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』は、現実のウマを女の子のキャラクターに見立てて大ヒットした作品である。その中に出てくるウマ「ゴールドシップ」はその疾風怒涛丁々発止どんがらがっしゃんなあらゆる行動が取りざたされる超問題児である。

しかし、ソシャゲ版のゴルシがいなければこのゲームは実はそもそも存続すら危ぶまれていた。ウマ娘は元々アニメが先行して2018年ごろから放送され、2021年にシーズン2が放送された。しかし、Cygamesが発表すると思われたゲームはなかなかリリースされず、大ヒットすることなく終わってしまうのかとプロジェクトの存続も危ぶまれた。

この3年間の間、ずっとウマ娘の人気を裏でも表でも支え続けたのがゴールドシップ(CV.上田瞳)だった。

2018年3月にぱかチューブを開設したゴルシ様は、Vの姿で活動を開始。実はにじさんじ1、2期生と並ぶ世代の古参のバーチャルユーチューバーである。おそらくはゲーム会社のモデラ―さんの力で、当時でも明らかにクオリティの高い3Dで登場したゴルシは、スペシャルウィークやハルウララのモノマネやリアルアテレコ、謎の密室に閉じ込められたり他のウマ娘とコラボしてゲームしたりと、ゲームのキャラの枠を超えた涙ぐましい努力と体当たり精神をもって宣伝し続けた。

そして2021年にゲームがリリースされると、彼女の奇想天外な性格も話題となり、ウマ娘は社会現象となった。先月ついにぱかチューブ!も100万人登録者を達成している。


うまぴょい伝説』は、そんなウマ娘を代表する一曲である。
ゲーム内では、メインボーカル、サブボーカル2人、バックダンサーが、全てのキャラ分振付と歌が用意されており、プレイするプレイヤーの数だけあなたの『うまぴょい伝説』が存在している。そしてこの曲は、皐月賞などの実際のレースを走った後に演奏されるわけで、それだけで文字通りの「ワシが育てた」を体験することができるだろう。

この曲は一人で歌うことが難しい、サブボーカルや声かけの存在が重要になる一曲である。アイドルマスターであれば夢見りあむの『OTAHENアンセム』のように、みんなで難しいことを考えず合いの手入れてぶちあがるタイプの曲であるようにも感じる。
サビの「あたしだけにチュウする」の所のキスシーンでどっきりさせたり、いつもははちゃけているウマ娘のカッコいい姿も一瞬映ったり、ありとあらゆる要素がラーメン二郎ばりに詰め込まれているのに、全体は綺麗に統一されている恐ろしい一曲である。


Golliraz「Melancoly hill」

バーチャルユーチューバーどころか、パソコンがまだ普及しきってもない90年代に、「バーチャルバンド」を標榜して活動していたバンドがいた。

Gollirazは、1998年にイギリスのポップロックバンドblurのボーカル、Damon Albarnと、画家のJamie C Hewlettが中心となり結成されたバーチャルバンドである。ギターのNoodleは、大阪出身の日本人。
彼らメンバーには、それぞれ現実と妄想がごっちゃまぜになったような、不思議な設定がつけられている。


彼らのアート活動や音楽は、ひとことで片づけるのが難しいのだが、ボーカルのDamonの活動を中心に説明してみよう。90年代、彼のバンドblurは、イギリスでOASISと常にチャート1位を争う、スターバンドだった。
blurの歌詞は、比較的ストレートなOASISの歌詞とは対照的に、世界を斜めから見て、そのおかしいところを綺麗につつくような部分があった。
当時流行していたグランジロックをパロディしたはずが、彼らの一番のヒット曲になった『Song2』、多くの人々が効率化しすぎた社会に適応しようとする人々を面白く(しかし悲しく)歌い上げる『Parklife』『Country House』、全ての人類が未来を捨てた後の様子を絶望と奇妙な希望を歌う『The Universal』のような曲が代表曲である。
(個人的には、これほど社会を見通す力を持ち、しかも暗くならずに歌詞を書く力は唯一無二であると思う)

このOASISとBlurの対立は、今でもNetflixのドキュメンタリーが作られるほど苛烈なものだった。チャートのランキング含めて、多くの人がOASISの勝ちを言い出すなど、あまり純粋に音楽が出来る様子ではなかったDeamonは、バーチャルバンド・Gollirazを立ち上げ自らステージの前に立つパフォ―マンスを辞め、覆面ライブをするようになった。

Gorillazは、束縛を作らず自由に実験をすることをモットーとしており、初期から、特にHIP HOPやシンセロックの方向に舵を切ることになった。そして生まれたのが、GTAや当時のipodのCMとして使われた名曲『Feel Good Inc.』である。

入門におススメの二枚。2005年発売の2ndアルバム『DEMON DAYS』と、2010年発売の3rdアルバム『Plastic Beach』は共にヒット曲も多く、どこかで聞いた曲が見つかるはずである。


Blurの頃には、「スマートに社会を見通す」英国式ジョークっぽさがあったが、Gollirazの頃になると、バーチャル世界やゴミ捨て場、パルプフィクション、鬱などをモチーフにするようになり、いよいよ楽曲の治安の悪さが爆発し始めてくる
全ての曲を触れないが、2曲紹介しよう。
『Feel Good Inc.』は、Aメロで「変われ…変われ…変われ…」と小さく言葉が入ってくるように、気分が良い状態(Feel Good)に無理やりさせられるこの現代社会についての歌である。サビでは、実は主人公が思っているのは大衆に迎合するのではなくて、「愛こそが自由」だということが明かされる。
しかし、その声もゲストのラッパー、デ・ラ・ソウルの狂暴な声にかき消されてしまう。
・・・こんな大衆社会批判の曲をよりにもよってiPodのCMに使うのはいやはやすごいことである。

私が今回歌った『Melancholy Hill』は、どことなくアンニュイなオケに、非常に小さな声でデーモンが声を吹き込む曲である。曲の歌詞も、強引に要約すると「プラスティックで出来た偽物の世界があったとしても、それが満ち足りてないように感じていても、俺には君がいる。だから一緒に世界を潜水艦で見に行こう」と静かに歌うラブソングである。
この曲が入ったアルバムのタイトルが『Plastic Beach』であることや、アルバムの流れから考えると、この曲の主人公は全てがニセモノの世界であり、クソッタレであると考えている。
でもこの曲は、少しずつ、ほんの少しずつ、いまはまだバーチャル(架空)の存在であろう、絶望の淵にいる歌い手に寄り添う自分が勝手に脳内で作り上げた「キミ」を想って、少しずつ世界に旅立とうとしている。

日本の曲で皮肉をぶつけようとすると、自分の内心の吐露の形になり勝ちである。
しかし、Gorillazの存在は、どうしても周りと馴染めない自分の存在を、馴染めないだけで終わらせない。
彼らはきちんと世界の様子を観察して、新しい発見をしていくことが、いかに暗がりにいる人々の心に光をともしてくれるかを感じさせる。皮肉だって、すこし見方を変えれば世界を面白おかしく見る方法の一つ、なのである。


2018年には、G-Shockの社長とのインタビューで、なんとアニメーション姿で登場。


2023年3月に登場したアルバム『Cracker Island』は、イギリスで初登場1位を獲得。未だにデーモンアルバーンの言葉は、鋭く社会を突き刺している。
今回のモチーフはカルト宗教。



歌うのが難しかったで賞

ここでは、歌が難しすぎて、そもそも歌えなかったアーティストたちを軽く紹介する。バーチャルユーチューバー的にすごく存在感がある方々で惜しいのだが、このレビューの趣旨的に、今回はあまり多くを紹介しない。
(もっと点が取れるように精進します)

MonsterZ Mate

Vtuber界最強のラッパーと、最強の高音系男子が組んだユニットであり、特にコーサカのラップ部分の難易度はダンチ。

長瀬有花

『とろける哲学』を歌おうとしたのだが、あまりにリズムが独特過ぎてできなかった・・・。

叶(ソロ)

叶のソロ曲たちは、非常に早口が多く、歌い切ることが難しかった

角巻わため

『My Song』を歌おうとしたのだが、サビの音量が角巻さんのように出ずに沈没。

終わりに ぼっちたちがつくった虚構の場所、そしてその崩壊 



ジョンレノンは、自分の曲をプロテストソングとして、人々が歌ってくれることに、人と人の繋がりや世界の平和をもたらす力があると考えていた。しかし、晩年の彼は、ある種人の気持ちを揺さぶることを重視しすぎていて、かなりやつれていた。

ま、世界平和とか愛とか恋とか、難しいことを言っても、いくらものをこだわっても基本的に何かのネタになるか、人のうわさのタネになるだけかもしれない。(男女恋愛のもつれとかメンドーなだけだしね)
残るのは、そんな大スターの曲だけであって、僕らに残っているのはただの日常、それも果てしなく続く終わりなき日常である。


この文章の序文では、バーチャルユーチューバーと日常について書いた。それは、結構それなりの問題意識を持っていることだった。
それはこのままVtuberのファンを続けると、実はファンが自分の無力さを繰り返し繰り返し教え込まれてしまうのではないかという問題だった。



にじさんじ、ホロライブ、神椿の3つの大きな事務所は、以前記事にもしたように、基本的に「共創」というここ数十年で経営学の分野の中で出てきた用語を中心に、コミュニティのデザインをしようとしている。

この数ヶ月ほど、あえていろいろなバーチャルユーチューバーのファンの人と話してきたが、まだこの「共創」の試みは発展途上であると感じる。
多くのバーチャルユーチューバーの卒業や事件が起こっている。ポイントは、これらは一方ではライバー側に起こった事件だが、やはりファンもそうした事件や誹謗中傷が起こるたびに傷ついていることだ。
そして、卒業したライバーを推していた人々にはほとんど何も残らない。アカウントが全削除される例だってある。
推し活や二次創作は、なかなかの苦行ではなのだ。「好き」の気持ちをギアに、自分の心身を危険においやってしまうこともある。
これは、ある種、インターネットがある時代であり、企業やライバー側が演劇とは違い、双方向の交流を積極的にはかったからこそ起こる問題である。





しかし、これらの活動をやってみた人たちが集まって、居酒屋でどんちゃんさわぎをするような場所が流石に少ない双方向に意味のある体験を起こすには、バーチャルでもいいのだが場所が必要だ。卒業で傷ついた時、面白いことがあった時に、文字だけのコミュニケーションでは相当限界がある。元々「サービスデザイン」や「共創」は、モノを提供するのではなく体験・出来事を提供することに主眼を置いた思考法であり、概念である。となれば、Twitterという文字媒体だけでは厳しい

もしもバーチャルユーチューバーの「共創」が、奴隷労働や感情労働のようなものを極端にファンに強いるのであれば、私はそっとこの場を離れざるを得ないだろう。ファンも、ファンという名前の謎の集合体や数字じゃなくてそれぞれの人が働く場所や衣食住のある人間であるからだ。(少なくとも今は)一方で、ネットでは匿名 vs Vtuberで喋るのが限界である。

ファンの「~~がしたい!」という関心を、果たしてバーチャルユーチューバーは、拡張できるのか。


僕が潰れようが潰れまいが、他人を巻き添えにしていい理由はどこにも無い。人生の貴重な「若い期間」を割いてくれている彼女達に、僕は少なくとも何かを残さなければならない。僕は前述した通り自分が潰れてしまうリスクを承知の上で活動しているが、彼女達にその覚悟はあるのだろうか。たぶん、「無い」のが当然だ。実際どうかはわからないし確かめる術もないが、少なくとも僕はそう仮定しているからこそ頭を悩ませている。
総称して「バーチャルYouTuber」と呼ばれる彼女達が、いつかその終わりを迎えるとして、その手元に一体何が残ると言うのだろう。経験は確実に残るものではあるが、それが「失敗としての経験」であって欲しくないのは、ひょっとすると僕のワガママなのかもしれない。勝手に自分で活動を始めて、勝手に辞めていくのならば知ったこっちゃないが、そうではないパターンもある。構造上、実績も残りづらいかもしれない。そして何より厄介なのは、「前例」が少なすぎることだ。最低限どこを目指すべきなのか、結果的にどうあるべきなのか、そんなことすらもぼやけている。これが独特な悩みなのか、あるいは他のコンテンツにおいても似たような状況がままあるのかすらわからない。それでも「頑張ってやっていく」のだが。

エハラミオリ『何が残せるか』

バーチャルユーチューバーのプロデューサーをされているエハラミオリさんのように、バーチャルユーチューバーの子たちが消えていく様子に何を出来るかをずっと悩んでいるひとだっている。
ただ、一方でこれってファンだってある程度同じじゃないだろうか

この文章を書き始めたころから、黛灰さん、鈴原るるさん、メリッサキンレンカさんといった、引退されたライバーさんの絵をずっと描き続けていたり、この人たちがいたことを、ずっと動画を引っ張ってきて宣伝している人たちがいる。
加えて、この文章を執筆している最中にも、ミライアカリさんの卒業、周防パトラさんの事務所卒業が、しかもそれぞれ重い理由を持って発表されている。
エンタメは無駄で、何も残らない前提でみるものかもしれない。だが、あまりに終わったあとに、いなくなった人の事を想う場所もなにもない。(都市よりも地方でライバーのファンになった人が深刻だろう)



さて、カラオケのレビュー記事で何故こんなことを書いたのか。

今回、100曲ちかい曲をレビューして感じていたのは、みんなどちらかというとアイドルと同じように、自分の内面の吐露するような曲がどうも多いことである。おそらく、ライブにいってみんなでフックアップするタイプの曲はまだ多くはない。

本当に体調を崩されている場合は、精神の体調を直すことを優先だとして――そうでない場合、音楽の力はもっと広いんじゃないか・・・?と考えているからだ。

亡くなった人によりそうための歌、不安な挑戦を後押しする歌、頭がおかしくなって踊りたくなる歌・・・

その音楽家が出会ったものについて、感じたことを記したのが音楽になる。アイドルですらそれはある程度一緒であろう。アニメのタイアップやライブも出会いの場所だからだ。


David Bowieは、若いアーティストに「絶対に他人のためだけに働いていけない」こと、そして「最初は自分の心の中の何かからはじまったことを忘れてはいけない」といった。
この言葉は、アーティストはもちろん、ファンの人にも意味がある。
もちろん迷うこともあるし、人は個人では生きられない。ただ、バーチャルユーチューバーの世界が、ファンや一般社会の人の心と本当は自分を大事にするためにあるべき時間を押しつぶす場所にはなってほしくない。
誰だって周防サンゴや月ノ美兎みたいに、世界を変えて冒険しまくったっていいのだ。


バーチャルユーチューバーの原風景とMonsterz Mate



最後になんと大脱線をしてみよう。
私がカラオケで90点を取れなくて白旗を挙げた、ある二人組バーチャルユーチューバーの話をしよう。

MONSTERZ MATEはコーサカとアンジョーのふたりにより結成された音楽ユニットである。音楽ユニットではあるのだが、普段の動画ではひったすらよくわからないポケモンやエロゲのネタを持ってきて、わちゃわちゃし続けている。

「共創」の前になにがあったか。それは、欲望と遊びである。
それぞれの人が自分のやりたいこと、言葉にできないけど、なんかやりたくなった。


ワニがトラックを作って歌ってコーサカがラップしてエハラがギターを弾いてツラニミズが酒を飲んでふじきが遅れて来てネオンが良い奴で立花は昼に起きて谷田は舞台を見に行った日曜日の曲

MONSTERZ MATE『透明な日曜日』概要欄

カラオケにはまだ入っていないが、MONSTERZ MATEの『透明な日曜日』は、どこのだれとも知らない奴らがみんなで適当に集まってどんどん出来ていった曲である。
地方住みの私はライブにいけていないのだが、この曲はMZMのライブにおいても重要な曲として、みんなで歌われる曲だと聞く。

この曲が、それぞれ忙しいVの人たちと、社会人も多いだろうリスナーの間で創られたことを思い浮かべれば、この曲にはみんなの思いがそっと詰まっている。普通にVの子がしゃべっていて、心のぐちゃぐちゃが現れていくようだ。


彼らの放送には、事務所とか場所とかを超えて、みんなが集まってくる。

今、「ファン」にないのは、こうやって日常的にメンツとかそういうことを抜きにお酒を飲みながらどんちゃん出来る場所である。
そして、私の願いはそこにVがいるいないは別にして、とりあえずこういう風に遊ぶ場所を作ってあげて欲しいということである。
一方では画面のVの人たちは楽しそうに遊んでいて、Vに入れ込んだ子が実は友達を無くしているとかいう事態はマジで避けたい

そして、なんでこの人たちに人が集まってくるかは、恐らく簡単に言えばこの人たちの目線が常にあくまで外に、そしてまっすぐ向いているからである。
目の前に泣いている人がいたら悲しいから手を差し出す。
みんなで踊ったら楽しいから踊るための曲を出す。
WBCやサッカーが好きだから無限に話す。

確かにみんなと一緒にいるのだが、あくまで自分の趣味のためから、MZMの企画は始まっているのだ。そのまっすぐ相手に向かう姿勢を、彼らの放送に来ている人たちは思いだしているように見える。

そして、その姿勢は、彼らの音楽に対しても間違いなく現れている。






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