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人はなんのために生きるのか

 お腹に5ヶ月いた子供が亡くなることがわかってからというもの、私はずっと「なんのために人は生きるのか」ということについて考えていた。

 初めて死に触れて号泣したのは小学生の時に飼っていたジャンガリアンハムスターのビッケが、非業の死を遂げた時だった。当時ハムスターが回し車のように、中に入って部屋中を走れるような、透明のプラスチックボールが流行っていた。ビッケもその中に入って、部屋でのランニングを楽しんでいたわけだが、エアコンを修理にしにきた電気屋があろうことか、キャスター付きの椅子に乗って、修理を始め転倒した。不幸にも、丁度その真下にビッケはボールを走らせており、その上に電気屋のオヤジが落ちて、多分ショック死してしまったのだ。広いリビング、よりによって真下に!!あまりに不幸な展開に子供の私は号泣。ボールで走らせたことに後悔をして、その日はおいおいと泣いた。母親が庭にビッケを埋めて手を合わせて言った。「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ビッケは仏様になったから悲しくないよ」母方の家は奈良の浄土真宗の寺で、うちの禿げた座敷童みたいな爺さんは寺の住職だった。その日だけは自主的に先生に毎日、提出していた日記をサボった。 

 次に死について考えたのは学生の頃だった。彼氏と行った旅行の帰り道の成田エクスプレス、母親から携帯電話に電話がかかってきて「落ち着いて聞いて。Aちゃんが亡くなった。」と突然告げられた。Aちゃんは小学校受験の塾が同じだったことをきっかけに、仲良くしてきた幼馴染で、彼女は中学からイギリスに留学していたが、ことあるごとに日本に帰ってきては、私と悪い遊びを一緒にする悪友だった。晴天の霹靂とはこのことだ。全然知らなかったのだが、Aちゃんは癌で、当時の医療では早期発見ができず、10代の若さで亡くなったのだった。その時まで、親戚が誰一人亡くなっていなかった私は、初めての身近な人間の死に直面して、とてもショックを受けた。その時「人はなぜ死ぬのか」ということについて考え始め、思い悩み、意を決して母親に聞いたら「アホなこと言うな」と無視された。
仕方がないので坊さんの爺に電話をしたら、「じじの立派な本がたくさん出てるから読んでみろ」と言われて実家の本棚を漁った。しかしながら毎日の
「養老の滝」の鏡月で偏差値15くらいになってる私の脳にはちょっと難しく、代わりに手塚治虫のブッタを読んで、自分で自分を納得させた。

 2019年、父親が亡くなった。7年間癌だったし、亡くなった後は正直事務的なことに奔走して悲しむ暇もなかった。むしろ、亡くなる前がひどくしんどかった。私は顔も性格もどっちかというと父親似で、間違いなく、母の浮気相手の子供じゃないことが一目瞭然な子供だった。だからなのか、父親が死のカウントダウンがはじまること、なかなかそれと向き合えずにいた。おそらく、他の家族以上に心の準備が必要だった。これについてはうまく説明ができない。
 彼は肺癌になってもタバコをやめない快楽主義者で、子供の私にカニパンひとつ買ってくれないケチで、深夜まで帰ってこず土曜も会社に行くワーカホリックで、頑固者だったが、教育費に金をかけ、誰にも頼らず一軒家を建て、海外旅行にも連れて行ってくれる家族想いの立派な父親だった。死は私たち家族を悲しみに包んだが、やはり母親の強い宗教観で周囲が心配するほど、逆に早く立ち直った。むしろ家族の結束は強まり、弟も私も結婚した。父親が死ななければ間違いなく二人とも今も独身だ。

 前回書いた通り、自分の子供の死に直面して、不安を手放すことは大変だったが、「死」について受け入れることは私にはそんな難しくなかった。私も一応、宗教家の爺さんの孫なのだ。よく言われる「自責感」というものはなく、自分のせいだとは、全く思ってないし、命あるもの、誰しもに死は等しく訪れるものだとすぐに思った。ただ、誰もいない病室の硬いベッドで一人、毎晩考えていたのは「人はなんのために生きるのか」ということだった。死と生というのは一心同体であり、表裏一体である。高校生の頃は、アジア思想や哲学が好きだったので、よく本を読んだが、存在論よりも、死生観について扱う宗教哲学が一番好きだった。いわゆる世界宗教といわれる宗教で死を扱っていない宗教はない。浄土真宗の考えでは「南無阿弥陀仏」と唱ることで人は死後仏様になる(めちゃくちゃはしょったけどまあそういうこと)。だからハムスターが死んだ時母親は念仏を唱え「仏様になるから寂しくないよ」と言ったわけである。

 多分今回も誰も答えはくれないと思ったので、爺さんの本を読むことにした。その名も「命ひとつーよく生きるヒント」。Oh My Buddha!!!今の私のためにあるような本じゃないか。何を隠そうこの本は爺さん最後の著書であり、まさかの私が働く会社から出版されている。(私が転職する4ヶ月前に発売されていた・・縁がありすぎる)。「人はなんのために生きるのか」ということの答えは・・・詳細は本を読んで欲しいが、まあ、つまり「生きているから生きる」そういうこと。私の理解では、すべては起きることは自分の解釈だって、ことだな。
 
 子供は21週を越えていたので、火葬して西本願寺系の浄土真宗のお寺さんに納骨した。火葬までは涙が出たが、寺に行って住職と話したらなぜか気持ちが落ち着いて、悲しくなくなった。世界では今も悲しい宗教戦争が起きてるけど、こういう時、宗教があることは本当にありがたい。あと、大きな声じゃ言えないけど、もう二度とお祓いとか安産祈願とかで、神社には行かないなと心に決めた。

 


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