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れいちぇるフォトを使ってくださったnote

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みんなのギャラリーに公開している私の写真を使ってくださった方々のnote☺︎
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#旅する日本語

手紙

チェックインを済ませてスーツケースを預ける。 振り向くと、両親は笑顔のような困り顔のような、なんとも言えない表情で私を見ていた。 今までありがとうございました、とか、言ったほうがいいのだろうか。 だけど、とってつけたようなお礼を言うのは気恥ずかしい。来月また結婚式で会うのだし。 逡巡していると、父がいつもの飄々とした口調で言う。 「この前も言ったけど、花嫁からの手紙、あれはやめてくれよ。恥ずかしいから」 「わかった」 「そう言ってて実は読まれたい、とかじゃないか

あのときを、永遠にして

あの日、あたしたちは青春してた。 高校の卒業記念にと、お小遣いをためてやってきたディズニーランド。 ユウコのスカートはシンデレラカラーで、リカはミニーのカチューシャをつけて。あたしの爪もプリンセスみたいに光ってる。 受験のストレスを晴らすように、あたしたちは夢の国を駆け回った。ビックマウンテンの歓声が、卒業式にあたしを振ったサイアクな男の名前をかき消す。担任の口癖で笑い転げて。あたしたち、間違いなく高校三年生だった。 * 「パレード、場所取りしなきゃ」 夜に向かう

You Are My Great Dad 【ショートストーリー】

機内食がやってくると、父は緊張した表情で周囲を伺いはじめた。青い目のCAに「オニク、サカナ?」と日本語で聞かれ、答える父も「サカナ、サカナ!」と片言になっている。 フライトは12時間。 「着くの昼だから、寝てなよ」そう伝えても、『これ1冊で話せる英語!』と書かれた本を父は閉じない。 入国審査に並ぶ頃には、父の本は折目だらけになっていた。ガラスの向こうに座る初老の男性が、手招きする。 「さいとしぃんぐ」父が固い笑顔でパスポートを渡す。審査官は厳しい表情で私達をじっと見てか

きみの背中が、見えなくなっても。【ショートストーリー】

さっきまで何度も保安検査の手順を確認していたきみは、一度もこちらをふり返らずにゲートをくぐって行った。 きみは、リュックを背負いなおして前を向く。 12歳。まだ細く頼りない背中だけど、ずいぶんと大きな荷物を背負えるようになったものだ。 出発ゲートの場所を教えようと携帯を鳴らしても、応答はない。 大丈夫。きっと、大丈夫。 デッキへ行きたい気持ちを抑え、駐車場へ向かった。 さて、今日はなにをしよう。 きみがいない2週間、わたしは十数年ぶりの一人暮らし。 「定刻通りの予

その声、その笑顔

 ロビーには、アナウンスが繰り返し流れている。  アナウンサーの優しくて朗らかな声が、広いロビーに游いでいる。  この朗らかで、柔らかなメロディーの中で、  わたしの意識が、別の時空に飛び込まれそうだった。  ある名もない峰の端っこに、明るく朗らかな声が響いでいる。  それの声の持ち主は、宏大な空を駆ける鷲。  その青くて、ひろびろとした大地を覆う物の下で、  麗らかなくじらの鳴き声は、海の中に悠悠と広がっている。  それに、果てが見えない野原で、きわめて速い足を持つ

お母さん

心細くて、頭がぼうっとしていた。 前日によく眠れなかったのもいけなかった。 ひとりで、子を連れて途立つ。 途方もなく難しいことに思える。 胸に抱いた我が子は、椅子に座ると火が付いたように泣くのだ。 いつもはゆらゆらと歩いてやり過ごすけど、離陸ではそれもできまい。 心が静かに波立つ。 重いリュックを背負い、帆布の鞄を持つ。 搭乗まで、眠る子を祈るように見つめる。 ふと見ると、見知らぬ女性がにっこり笑って私の鞄に手をかけていた。 「機内まで持ちましょうか、お母さん」

ただいまと、さよならの故郷

生まれ育った場所から飛び立って行くのは、何度経験しても、慣れない。 歳を重ねて、住む場所が変わって、自分の生活に忙しくなって。家族や友達が待つ街へはなかなか帰らなくなった。 そうやって生きていくことを選択をしているのはまぎれもなく私なのだけど、たまの帰省に久しく触れていなかった温かさに触れると、旅立ちの日がいつまでも来ないで欲しいと、つい願う。 もちろんその願いは叶うことはなく、帰りのチケットを使うその日はやってくる。 見送られるまでの時間は、なるべく自然に、いつもの