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脳卒中の感覚障害は良くなるの?③〜言語を考慮した戦略の提案〜

前回・前々回のnoteで、脳卒中の感覚障害に立ち向かう戦略を考えてきました。

→前々回のnote

→前回のnote

一連のnoteの中で、『認知過程』というものを考慮し、そのうち『知覚』『注意』『記憶』『判断』までを利用した戦略について説明してきました。

今回は残る『言語』について考えていきたいと思います。

一言で言うと、クライアントなりのカテゴライズから言語を作っていくということが必要となります。

どういうことなのか。説明していきます。


『外言』と『内言』

ここでの『言語』は一般的な『言語』とは少しイメージが異なると思います。

私たちが日常生活で用いる『言語』は言葉として口から発する音声言語、ヴィゴツキーの定義した『外言』を指すことが多いのではないでしょうか。

今回考えようとしているのは、ヴィゴツキーの定義するところの『内言』に近いものです。

ヴィゴツキー,L.S.は、人間の発話のレベルを内言と外言という2つに分類しました。内言とは、音声を伴わない内面化された思考のための道具としての言語です。
述語中心の構造をとり、圧縮や省略が多く、単語同士が非文法的に結合しているのが、内言の特徴です。一方、外言は、通常の音声を伴う、伝達の道具としての社会的言語のことです。(心理学用語集サイコタム)

みなさんは日々、考えたことを全て口に出すことはしません。

そんなことしていたら、ケンカが絶えませんよね(笑)

頭の中、もしくは心の中で言葉にする、ということを行っているのではないでしょうか。

これがヴィゴツキーの定義における『内言』です。

認知過程における『言語』として考えた場合、ヴィゴツキーの『内言』とも少し違うのですが、その辺りも含めてこれから考えていきたいと思います。


認知過程における『言語』

ここで言う『言語』はヴィゴツキーの『内言』に近いと書きました。

これは、口に出す『言語』ではなく、頭や心の中で表出される『言語』という意味で『内言』に近いもの、ということです。

認知過程という文脈で『言語』を考えていきたいと思います。

こちらの図をご覧下さい。

スクリーンショット 2020-08-13 14.01.46

人は『知覚』された何かに『注意』を向け、それを『記憶』し、記憶された感覚や情報から『判断』を行います。

判断には様々なものがあります。

これは自分の知る物と同じだという『判断』

これは自分の知るものと違うという『判断』

これは昔触ったものに似ているという『判断』

これは私の好きなものだという『判断』

などなど。

こういった判断の結果、人は世界を細分化していきます。

アレとコレは違う物だ。

ココとアソコは違う場所だ。

コレとソレは似ているけど違う物だ。

といったように。

スクリーンショット 2020-08-14 6.28.00

上の図を見たとき、網膜を通して『知覚』された光の反射率が中央部と周辺部で異なったはずです。

そこに『注意』を向け、それぞれの反射率を一時的に『記憶』し、中央部と周辺部における光の反射率、つまり色が違うということを『判断』したはずです。

そして、日本人であれば中央部の色を「白」、周辺部の色を「黒」と名付けたのではないでしょうか。

知覚された情報を意味付けしていって、別の色としてカテゴライズし、それぞれのカテゴリーに名前を付けた、これが『言語』です。

たまたま日本語では「黒」「白」と言いますが、英語では「black」と「white」です。

少し長くなりますが、認知言語学という学問で『言語』をどのように捉えているかを説明した次の文章を引用したいと思います。

言語は人間の認知が作り上げたものであると同時に,その遂行を可能にする仕組みでもあるところから,言語の構造と機能に,一般的な認知能力が反映されないとするよりも,反映されている方が可能性が高いと考えられる。このような認知能力においてもっとも重要なものの一つは,間違いなくカテゴリー化の能力,すなわち,多様性の中に同一性を見出す能力である。したがって,カテゴリー化のプロセスに関する研究は,言語形式によって表現される意味への貴重な洞察を与えてくれる可能性が高い。さらに,言語自体の構造的カテゴリーは,非言語的世界において知覚に使用されるカテゴリーに多くの点で類似していると人間が予測するに足る十分な理由がある。(ジョン.R.テイラー著: 辻幸夫ら訳: 認知言語学のための14章, p15)

このように、人間の認知機能と言語とは密接な関わりがあると考えられています。

そして、カテゴリーという単語を用いて説明されることからも、認知的なカテゴリー化と言語的なカテゴリー化には非常に似た構造があると考えられます。

ちなみに、こちらの書籍は『認知言語学のための14章』とう邦題になっていますが、原書のタイトルは『LINGUISTIC CATEGORIZATION』、つまり『言語的カテゴリー化』です。

日本語や英語のような同一言語圏で共通認識される『言語』が重要なのではなく、自分の中でカテゴリーを作っていくこと。

これが認知過程で言うところの『言語』であり、一般的に使用される外言としての『言語』の根本を為すものと考えられます。


『言語』を考慮した戦略の提案

ややこしいことを長々と書いてきましたが、「じゃあ、どう使うのよ?」と思われているところでしょう。

ここでは、感覚をカテゴライズする過程をサポートするという提案をします。

ここまで、『知覚』された自身の体性感覚(触圧覚や運動覚)に『注意』を向け、それを『記憶』し『判断』するところまで考えてきました。

『知覚』から『判断』まで認知過程を辿ってきたら、その体性感覚が一つ前の感覚と同じなのか違うのか、似ているのか全然違うのか、といった程度までは『判断』されていることになります。

ここから更にその体性感覚に意味付けを行い、似た感覚をまとめてカテゴライズし、何らかの名前を付ける。(名前はその人の中で意味があれば日本語と対応していなくて良い)

これが認知過程における『言語』の利用であると考えます。

具体例を挙げましょう。

硬さの異なるクッションに触れて硬さを確かめたとします。

クッションは2種類あり、押しつぶしたときに手掌で感じる圧が異なります。

2種類を何度か触り比べて、違いは分かってきました。「何か違う」という段階。

そして、その違いに意味付けを行います。「硬いクッション/柔らかいクッション」という意味付け、つまりカテゴライズが行われた段階。

これで認知過程が一応終結(一周)します。

ここで、クッションを3種類に増やしてみます。

ここまで「硬いクッション/柔らかいクッション」という2種類のカテゴリーを学習していたため、このカテゴリーを基準として3種類のクッションを触り比べます。

2種類のカテゴリーに属さない新たな硬さのクッションがあることに気付きます。

そして、「中間の硬さのクッション」とかいう新たなカテゴリーを作ることになります。

次に触れたときには3種類のカテゴリーを基準として新しいものに触れます。

触れたものが3種類のカテゴリーに当てはまるのか、新たなカテゴリーを作らなければならないのか。

このようにして体性感覚をカテゴライズし、意味付けし、世界を細分化していく。

これが認知過程であり、『言語』の利用です。


まとめ

脳卒中による感覚障害を改善するための、『言語』を利用した戦略について解説しました。

『言語』というのは認知過程における『言語』であり、口に出したりする『言語』とは異なります。

『言語』というのは人間が世界を細分化し、カテゴライズしていくことで産まれるものだと説明しました。

体性感覚を再獲得していく過程も、触れたり動いたりして感じられた感覚を細分化しカテゴライズしていく過程が大切です。

よく「感覚を入力する」という言い方をするセラピストがいます。

入力するのは構いませんが、クライアント本人がその入力された感覚にどのような意味付けをしているのか、どのように違いと類似を判断し、どのようなカテゴライズを作り上げているのか。

そんなことを考慮すると、脳卒中の体性感覚は十分に改善が可能です。


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