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「装具なしで歩きたい」と言われたら

「装具なしで歩きたい」

理学療法士を続けていたら、脳卒中者に関わる領域で働いていれば、何度か言われたことがあるのではないでしょうか。

そんなとき、あなたなら何と答えますか?

「わかりました、そのために一緒に練習しましょう」と、すぐに答えられますか?

今回は、どうすればその希望を叶えられるか、考えてみたいと思います。


装具を外すということ

装具には大きく分けて治療用装具更生用装具の2種類があります。

治療用装具についてはこちらの記事でも書いたので、興味があればご参照ください。

治療用装具は、基本的に外すことを前提に処方されます。

身体機能や能力を改善するために作成・使用し、必要がなくなれば外します。

そして、改善せずに残存してしまった問題がある場合、日常生活に戻るために作成されるのが更生用装具です。

更生用装具は、残存してしまった身体機能の問題を補うために作成・使用され、修理や作り直しを行いながら装着し続けるというのが一般的な考え方かと思います。

今回のテーマである『装具を外す』というのは、この更生用装具を日常生活で不要とすることを指しています。

私自身、訪問看護ステーションに勤務する中で、何度もこんな希望を持つ方と出会いました。

残念ながらその全てを叶えることはできていませんが、叶えることができた経験もあります。

成功事例について、何をどう考え、『装具を外す』に至ったのか、臨床のアイディアとしてお伝えしたいと思います。


装具は外すのか外れるのか

ここで1点お伝えしたいのが、装具を外そうとすべきではないということです。

矛盾してるようですが、大事なことです。

目的や目標が『装具を外す』ことになってはいけないのです。

私がよくクライアントに聞くのは、

■どうして装具を外したいのか?

■装具を外して歩けたら、生活がどう変わるのか?

といった点です。

「装具を外したい」「装具なしで歩きたい」といった希望は、何らかの不便や煩わしさを感じているからということが多いものです。

大切なのは、装具を外した後の生活がどのように変化し、クライアントにどのようなメリットがあるのかを考えることです。

そういう意味では、『装具を外す』のではなく、より良い生活を目指すために身体機能が変化する中で『装具が外れる』という感覚が大切であると感じています。


装具が必要な理由を明確にする

そもそも、なぜ装具が必要なのでしょうか。

更生用装具として処方されている装具の多くは、足関節底屈を制動するものです。

Shoehorn Brace(SHB)やオルトップ、RAPSなどの短下肢装具が多いですね。

これらが処方される目的は様々かと思いますが、大きく分けて次の二つの問題に分類できるのではないでしょうか。

①立脚時に前方へ身体を移動していくことができない

②遊脚時のクリアランスが確保できない

この二つの問題が生じている原因を足関節が底屈してしまうこともしくは足関節を背屈できないことに帰結するから、足関節底屈を制動する装具を使用して問題を解消しようとするわけですね。

こう考えると、クライアントに生じている①か②いずれかの問題、場合によっては両方の問題を解決することができれば、装具は不要になるわけです。


本来の足の動き

本来、歩行中の足関節はどのような動きや筋活動をすれば良いのでしょうか。

いわゆる正常歩行における足関節の動きについて,いくつか引用したいと思います。

まず立脚期の足関節についてです。

荷重応答期における5°底屈位から立脚中期,立脚終期にわたって15°の背屈方向の運動が起こる.(J.Perry著: 武田功監訳: ペリー 歩行分析 正常歩行と異常歩行, p35)

立脚期の足関節は5°底屈位〜10°背屈位の15°の範囲で動きます。

立脚中期に,脛骨が静止した足部の上を前進することによって,足関節は5°背屈する.(中略)相の終わりまでには体重ベクトルが前足部まで前進し,踵が上昇し始める.(J.Perry著: 武田功監訳: ペリー 歩行分析 正常歩行と異常歩行, p35)

ここで大切なのは,立脚中期の終わりまでに体重ベクトルが前足部まで前進することです。

立脚終期において,足関節はゆっくり背屈し続け,45%GCで10°のピークに達する.立脚終期の最後の5%の間は,この肢位が維持される.(J.Perry著: 武田功監訳: ペリー 歩行分析 正常歩行と異常歩行, p35)

つまり,立脚期における足関節の背屈は,前足部へ荷重していくために必要な役割を持っているということです。

次に,遊脚期の足関節の動きについて見ていきましょう。

遊脚初期の開始時において,足関節の急速な背屈によって足部が持ち上げられ,床クリアランスが起こる.遊脚初期で足関節は中間位になっていないが(75%GCで5°底屈位),遊脚下肢が反対側の立脚下肢を通過する際の足指の引きずりは起こらない.(J.Perry著: 武田功監訳: ペリー 歩行分析 正常歩行と異常歩行, p35)
一般的に遊脚中期の初期(79%GC)に中間位となり,その後わずかに背屈する(背屈2°).(J.Perry著: 武田功監訳: ペリー 歩行分析 正常歩行と異常歩行, p35)
遊脚終期において,下肢を前方に伸ばして歩幅を完全に獲得するとき,足関節は中間位に達するようにみえるが,わずかに足部が底屈方向に落下する可能性がある(100%GCにおいて2°底屈).(J.Perry著: 武田功監訳: ペリー 歩行分析 正常歩行と異常歩行, p35)

気付きましたか?

遊脚期の足関節って,最大で2°背屈位までしか背屈しないんです。

しかも,理学療法士が感覚的に考えてしまいがちな『クリアランスの低下』も,5°底屈位で十分解決可能なんです。

では、クリアランスの確保のためには何が重要なのでしょうか。

足を床から離し前方へ動かすためには,足関節の背屈方向の動きだけでは不十分であり,基本的に股関節と膝関節の屈曲によって初めて可能になる.(K.Gotz-Neumann著: 月城ら訳: 観察による歩行分析, p44)

つまり、足関節を背屈するようにばかり頑張っても仕方がないということです。


立脚の問題を解決して装具を外す

クライアントに、装具を外して歩いてもらってください。

立脚期に足関節は背屈しますか?

荷重は前足部まで移動できているでしょうか?

背屈が不足していたり、後方重心になってしまっていたり、極端な例では反対の足が前に進めなかったり。

そのような場合は立脚の問題を解決する必要があります。

ここで注意して観察したいポイントは2点です。

①つま先と踵の違いがわかるか

②そもそも足関節が動くことがわかるのか

それぞれ具体的に考えていきましょう。

①がわからなければ、踵に荷重しているのもつま先に荷重しているのも、クライアントにとっては同じことです。

そもそもつま先への荷重も踵への荷重も同じものなので、こちらが「つま先に体重を載せてください」などと言っても、本人にとっては「え?載ってないの?」「いや、載せてるつもりだけど」「つま先に載せるってどういうこと?」という感覚かもしれません。

②がわからない場合は、足関節が底屈していようが背屈していようがクライアントにとっては同じことです。

極端な言い方をすると動くものだと思っていないので、動かそうとするはずがありません。

①も②も、足底内での荷重の移動や足関節の動きという体性感覚情報が処理できていない状態です。

処理できない情報というのは本人にとって不要どころか、混乱を招いてしまう邪魔な存在でしかありません。

その結果、不要な情報が入ってこないように、荷重は踵に、足関節は底屈位に固定して歩行しようとしてしまいます。

なぜなら、脳卒中片麻痺では底屈筋の筋緊張を高めることがより容易だからです。


立脚のための練習アイディア

前述の①と②を解決するための練習について、いくつかのアイディアを提案します。

非常に単純なものから、少し応用的なものまで、クライアントの状態に合わせて選択・変更していく必要があります。


立脚のための練習①

主に前足部と後足部を分けるために行う練習のアイディアです。

非常に単純な練習です。

まず、クライアントには背もたれのある椅子に深く腰掛けていただき、可能であれば足底が床から浮いた状態にします。

椅子の高さが足りなければ、大腿の下にタオルなどを入れても良いでしょう。

座位が安定した上で、クライアントには閉眼してもらいます。

療法士はできるだけ一定の強さでつま先もしくは踵に触れ、「今触れているのは踵ですか?つま先ですか?」と質問します。

一定の強さで触れるのが難しければ、板や棒などの物品を足底に当てるようにすると良いかもしれません。

この質問をしたとき、クライアントは正解することができるでしょうか?

正解できたとしても、どのように考えて答えを導き出したのでしょうか?

大切なのは、つま先と踵に触れた感覚(触圧覚)の違いが分かることです。


立脚のための練習②

主に足関節の動きを認識してもらうための練習です。

クライアントには背もたれのある椅子に座っていただき、可能であれば足底が床から浮いた状態にします。

椅子の高さが足りなければ、大腿の下にタオルなどを入れても良いでしょう。

セラピストは不快にならない程度に下腿を把持して固定し、もう一方の手で足部を把持します。

クライアントには閉眼していただいた状態で、足部を上下のいずれかに動かし、他動的な足関節の底背屈を行います。

このとき、「足首はどちらの方向に動きましたか?」と質問します。

この質問にクライアントは答えられるでしょうか?

足首が動いたことはわかるでしょうか?

足首が動く方向が複数あることを理解できているでしょうか?

背屈方向と底屈方向の動きを混同していないでしょうか?

正解できたとしても、何を、どんな感覚を手がかりにして考えて回答したのでしょうか。

大切なのは、足関節の運動覚に注意を向け、知覚することができるということです。

繰り返す中で注意を向けて回答することができてきたら、より小さな動きを認識できるよう、運動範囲を小さくしながら繰り返していきます。


立脚のための練習③

足関節の動きと足底の感覚とを関連付けるための練習です。

クライアントには椅子に座っていただき、足底は床に接触するように椅子の高さや座りの深さを調節します。

座位が安定したら、クライアントには閉眼していただきます。

療法士はクライアントの足部を両手で操作して膝関節を他動的に屈伸させ、足底の床への触れ方を様々に変更します。

このとき、「つま先と踵のどちらにより圧がかかっていますか?」と質問します。

そして、足底にかかる圧の変化と同時に、足関節の動きが生じていることへの気づきを促します。


立位のための練習④

クライアントは立位にて、非麻痺側上肢で手すりなどを把持します。

非麻痺側下肢を一歩踏み出すようにステッピングを行います。

このときの麻痺側下肢について、①〜③で認識・識別できるようになった足底と足関節の動きを確認します。

ここで大切なポイントは、

療法士による運動観察の上で足関節背屈と前足部への荷重が行えていること、

クライアント本人が足底圧の変化と足関節の動きをどのように感じているか、

の2点です。


遊脚の問題を解決して装具を外す

次に、遊脚の問題について考えていきます。

クライアントの装具なしでの歩行を観察してください。

足底は床から離れることができているでしょうか?

足尖が床に接触しているのであれば、足関節は何度くらい底屈しているでしょうか?

また、クリアランスを確保しようとして、どのような戦略をとっていますか?

腰で持ち上げているでしょうか?

膝は曲がっているでしょうか?

前述したように、遊脚中の足関節は最大でも2°しか背屈しません。

クリアランスを確保するためには、足関節の背屈よりも膝が曲がるかどうかが重要ということでした。

ここで膝が曲がっておらず、腰を持ち上げるようにしてクリアランスを確保しようとしている、そもそもクリアランスを確保できていないといった場合には、遊脚の問題を解決する必要があるでしょう。

ここで確認したいのがポイントは2点。

①前遊脚期(P.Sw)で踵が床から離れることがわかっているか?

②膝が曲がることがわかっているか?

それぞれ具体的に考えていきます。

①に関しては、そもそも立脚期に前足部へ荷重が移行できている必要があります。

ここが不十分なら立脚期の練習を考慮する必要があるかもしれません。

①がわからなければ、足底全体が接地した状態から足底全体を一度に離して遊脚しなければなりません。

そうなると、腰を持ち上げるなどして上方向に足を持ち上げようとしてしまいます。

②がわからなければ、膝以外の動きでクリアランスを確保する必要があります。

この場合も①と同様、腰を持ち上げるなどの戦略で上方向に足を持ち上げようとする動きにつながります。

ここで考えておきたいのは、いわゆる『伸展パターン』です。

腰を持ち上げると、膝関節が伸展し、足関節は底屈します。

腰を持ち上げてクリアランスを得ようとする戦略をとっている限り、クリアランスが得られないという不幸な結果になってしまいます。


遊脚のための練習アイディア

では、遊脚期にみられる①と②の問題を解決するための練習について、いくつかのアイディアを提案します。

ただし、①の問題に関しては、そもそも前足部への荷重ができていない場合は立脚期の問題および練習を考慮してください。


遊脚のための練習①

クライアントには椅子に腰掛けていただきます。

両足底は床に接触した状態で構いません。

座位が安定した上で、クライアントには閉眼してもらいます。

療法士は片手でクライアントの麻痺側下肢大腿部を持ち上げるように支え、反対の手で足部を操作して膝を他動的に屈伸します。

このとき「いま、どこが動いている感覚がありますか?」と質問してみてください。

膝が動いていることを認識できているでしょうか?

膝の動きを認識できていれば、非麻痺側足部の位置を基準に、麻痺側足部の位置を質問していきます。

例えば、「(麻痺側の)足は、反対の足よりも前にありますか?後ろにありますか?もしくは揃っていますか?」といった質問ができます。

重要なのは、膝の屈伸によって足部の位置が変化することを、実感を伴いながら理解していただくことです。


遊脚のための練習②

材質は何でも良いのですが、3〜5mm前後の厚さの板を3〜5枚を用意してください。

クライアントには非麻痺側上肢で手すりなどを把持し、立位をとっていただきます。

そこから非麻痺側下肢を一歩前に出し、麻痺側の前遊脚期の肢位をとっていただきます。

この肢位の保持が難しければ、座位で同様の練習を行うことも可能です。

上記の肢位がとれれば、麻痺側踵部の下に板を入れます。つま先の床への接触は維持します。

そして、クライアントには板の枚数を識別するよう求めます。

クライアントは板の枚数を正確に答えることができるでしょうか?

正解できたとき、どのような情報から答えようとするでしょうか?

踵の高さ?

膝の曲がり具合?

腰が高く(低く)なる?

これはクライアントに聞いてみてください。

ここで重要なのは、前遊脚期に膝が屈曲し、これに伴って踵が床から離れることを認識できることです。

ここを理解できていない方は、とにかく足を床から離そうという意識で遊脚しようとしてしまうため、骨盤の挙上やぶん回しといった戦略で遊脚を行ってしまいます。

この戦略が本来のクリアランスの確保とは全く異なる戦略だということは、前述の通りです。


まとめ

今回は『装具を外す』というテーマで、歩行の問題を解決するための練習について考えました。

バイオメカニクスから歩行を理解すると、歩行に必要な動き、その動きが持つ機能を理解することができます。

ここを理解することで、立脚期の問題と遊脚期の問題をそれぞれ明らかにし、必要な練習を導き出すことができるようになります。

立脚期と遊脚期のための練習をいくつか提案しましたが、クライアントの抱える問題によって非常に多くのバリエーションが考えられます。

今回のアイディアはほんの一例でしかありませんが、みなさんがクライアントの希望を叶えるための一助となれば幸いです。



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