連作50首「不可逆の卵」

第63回角川短歌賞応募作品「不可逆の卵」です。



年上の人を大人と呼んでいる 火災保険の更新はがき


交流が推奨される飲み会でオレンジジュースを動かしている


自らに掛かる重さを理解した人が駅前で潰れていた


確固たる事柄を遠ざけているガチャガチャ回して変な消しゴム


帰宅してからも帰りたいと思うしばらくただいまを言っていない


不可逆の半熟卵ぬるま湯で中途半端に固まっている


手遅れの一歩手前で生きている修正液の跡が汚い


将来を考えるとき壁越しに夜を営む声が聞こえる


寝る前にやろうと思っていたことがまどろみに紛れ込んでしまう


背を伸ばす成長痛は拷問でこんな景色は見たくなかった


乗客の気持ちと会社との距離が反比例する満員電車


くもりのち雨だったのに出たら雨でたらめな確率が邪魔する


挨拶をキャッチボールに例えるなせめてソリティアとかにしてくれ


説明がめんどくさくて休日はずっと寝てるということにした


いますぐに高性能なイヤホンになってノイズをキャンセルしたい


笑ったら負け 行儀良くパソコンの時刻表示を見つめ続ける


腫れ物として扱われる方が楽だから消毒液を向けるな


昼休みスマホとパンで忙しい他に空いてる席があるだろ


渡された会話は時限爆弾でいつも爆発して終わらせる


空欄に入る言葉を答えなさい空欄なんてどこにあるんだ


そうこれはあなたが打たせている釘だタイピングがうるさくてすみません


プロ野球楽しみですかそうですかそれではお先に失礼します


ただ五日耐えるみたいな生活が生活とされているみたいで


置き傘がなくなっている 傘立てにささっていたい 刺さって痛い


内側に発煙筒を使用して泣けば誰にも見つけられない


長時間アットホームに曝露したせいで免疫力を失う


親戚が架空の交通事故に遭う 神様と同じことをしている


限られた命に彫刻刀を立て徐々に完成図から遠のく


脳みそを帽子で隠す本当のことは誰にも知られたくない


丁寧に宝の地図を用意して埋まる 昨日の投稿を消す


友達と会って中断してしまうくせに呪いだなんて笑える


芽を摘んでしまうし蝶を踏んでしまう最初から知らなければよかった


からあげも床に落ちたらごみ 何のために死んだのか分からない


給湯器が点いてないのに冷水の温度をずっと確かめていた


走るのは意味がないから大丈夫放置自転車錆びついている


カップ麺ねぎ塩とんこつしょうゆ味何も出来ない人もいるのに


目を閉じて遊んでいたら電球が死んでいることに気付かなかった


アイドルとインターネット触れないものほど強く掴んでしまう


先行きが見えない鍾乳洞にいてゆっくり尖っていく石がある


必要になると思ってごみ箱に隠しておいた宝石がない


手探りでスイッチに手が触れただけそんなに明るくしないでほしい


脳内に流れる音楽が急にアコースティックバージョンになる


閉じ込めた嵐が部屋を散らかしてこんなところにいてはいけない


なんとなく裸足で歩いて怪我をする合わない靴は捨ててしまった


くだらない映画が上映されそうでこども一枚お願いします


憧れの人がやさしくなっていて自分の武器が恥ずかしくなる


笑い声 鎧を脱げば楽になるなんて知らないわけがなかった


猫の死を参考にしたはずなのに送別会を開かれている


コンパスがずっと自分を指していたことに最近気付いたんです


消えないでほしい 大人の階段を二段飛ばしで駆け下りていく


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僕だけがインターネットの亡霊で他のみんなは居酒屋にいる

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